90:全部この人のせい
王城での謁見は、予想外の方向に進んでしまった。
いや、私が迷い子であることを明かすのは、あらかじめ考えてはいたんだけれど……
ライオネル殿下とジェロームお兄様、二人は一体何を口走っているんですか???
おかげで、もう、帰りの馬車の中で顔を上げられない……!
元々お母様の顔は正視出来ないと思っていたけれど、お兄様の顔も、お父様の顔さえも、まともに見れないというか……顔を上げるのすら恥ずかしい……。
「まるで庭に咲いたカーネーションのような色だな」
ガタンゴトンと揺れる馬車の中。
お父様はそんな私を見て、声を上げて笑っていた。
うぅぅ……。
「もう、そんな風に揶揄わないであげてください。殿方からの求愛は、年頃の女性にとっては一大事なのですから」
そんなお父様を、お母様が窘めている。
……お母様、怒っていないのかしら。
声を聞いた限りでは、いつも通りのお母様に聞こえるけれど……。
怖い。
怖くて、顔を上げられない。
これで目が合って、他人を見るような視線だったらどうしようって……そんなことを考えてしまう。
お母様は優しい人だ。
それは知っているけれど、自分が隠し続けてきた真実を思えば、怯えてしまうのは仕方が無い。
「まったく、これからは王城にルーシーを近付けないようにしないと」
お兄様はと言えば、いつも通り……なのかなぁ?
ライオネル殿下に対し、すっかり警戒心を抱いてしまったようだ。
「そうねぇ……殿下も悪い子ではないと思うのだけれど、ルーシーの気持ちが一番大事だし……」
お母様も、どうしてこの状況でさらりとお兄様の話に乗っているのですか。
分からない。
お母様が今何を考えているのかが、分からないよ。
顔を上げる勇気も出ない。
「やっぱり、ジェロームとルーシーが一緒になるのが一番よね!」
「えええええ!?」
そう思っていたのに、お母様の口から飛び出た爆弾発言に、思いっきり顔を上げて声を上擦らせてしまった。
「ねぇ、貴方もそう思わない?」
お母様はどこか上機嫌な様子で、お父様に話を振っている。
お父様ったら、困ったように目を逸らしているわ。
お母様……怒っていないの?
私が自分の子供ではないと知ったのに……
どうして、そんなに普通で居られるの?
あまりにいつも通りなお母様の様子に、どうしてか、じんわりと目の端が熱くなってきた。
「そうすれば、ルーシーだってずっと家に居られて……って、あら」
名案だとばかりに手を叩いていたお母様が、ふとこちらに視線を向ける。
真っ直ぐに私を見つめる、深い海の色をした瞳。
ああ、お兄様と同じ色だ。
ぽろり……と、涙が頬を伝う。
私の向かい、お父様の隣に座るお母様が、身を乗り出して私の頬をそっと撫でた。
「どうしたの、ルーシー」
「どうしたの……も、何も……」
喉がひりついて、声にならない。
両眼から、ボロボロと涙ばかりが溢れてくる。
「あらあら、どうしたのかしらこの子ったら……」
「ルーシーを泣かさないでください、母上」
ぐいと身体が引き寄せられて、隣に座るジェロームお兄様の腕にすっぽりと抱かれる。
「ちがっ、お母様のせいじゃ……」
首を振ってお兄様の腕から逃れようとしたけれど、がっしりと肩を抱いた腕は、とても振りほどけそうにない。
「じゃ、どうしたんだ?」
「だって……」
「だって?」
私の言葉を待って、お母様が首を傾げている。
私がこの世界に来て、約十八年。
お母様の美貌はいまだ衰えを知らない。
こんな素敵な人を、お母様と呼べるだなんて……今思えば、なんて幸せなんだろう。
「私、ずっとお母様のことを騙していたから……!」
その幸せが、崩れてしまうかもしれない。
そう思うだけで、怖かった。
次々に涙が溢れて、今ではもう、お母様の輪郭さえ定かではない。
お兄様がぐいと引き寄せるものだから、お兄様の服で涙を拭っているみたい。
それでも涙は止まらなくて、両眼から零れ続けている。
「ルーシーが騙したも何も、騙したとしたら、この人だと思うのだけれど……」
お母様が、さらりと言った言葉。
朧気ながらにお母様が指さす方向を確認したなら……。
「わ、私か!?」
「そうよぉ。他に誰がいるの?」
動揺するお父様に、お母様がビシッ! っと指を突きつける。
「言葉を喋れない赤ん坊のルーシーが、騙しようもないじゃない。私を騙していたとしたら、貴方だわ」
「確かに」
お母様の言葉に、お兄様まで頷いている。
え、二人はそう思っているの……?
「し、仕方ないだろう、あの時はああするしか……」
「あーら、一言くらい相談してくれても良かったのに」
お母様は拗ねたように言うけれど、本気で怒っている訳ではなさそうだ。
むしろお父様に甘えて、お父様を悪者に仕立て上げているみたい。
……そうすることで、私の気持ちを軽くしようとしてくれているのかな。
お母様らしいや。
どこまでも優しくて、どこまでも温かい、私の家族。
「……本当言うとね。なんとなく、そうじゃないかって思っていたの」
「え……?」
ぽつりとお母様が零した言葉に、今度はこちらが首を傾げる番だった。
「ルーシーったら、時々凄く申し訳なさそうな顔をするんだもの。ああ、何かあるんだろうな……って、察してしまうじゃない、そんなの」
考えてみれば、当たり前の話なのかもしれない。
皆から迷い子ではないかと疑われていた時……お母様だって、その疑惑を耳にしていたはずだ。
ティアニー公爵家の夫人が、情報に疎いはずもない。
お母様が疑問を抱く機会なんて、何度もあったはずだ。
「でも、貴女が実の子だろうと迷い子だろうと、そんなことはどうだっていいのよ」
いまだ涙に濡れた私の頬を、お母様の指先が撫でる。
「何年貴女の母親をやってきたと思っているの。血が繋がっていようがなかろうが、大事な娘なことに変わりは無いんだから」
「お母様……」
そんな風に言われたら、ほら、また涙で前が見えなくなってくる。
「う……」
もう、無理。
こんなの、我慢出来るはずがない。
「お母様ぁぁぁ!!」
私はお兄様の手を強引に振り解くと、お母様の膝に抱きつくように顔を埋め、泣きじゃくった。
「あらあら、甘えん坊なんだから」
お母様の優しい手が、髪を撫でる。
ずっと、怖かったんです。
貴女に嫌われるのが。
貴女はそんな人じゃないって分かっていたのに、それでもなお嫌われたらどうしようって、不安を抱き続けてきた。
その恐怖から、一気に解き放たれた気分。
優しい手に、ゆっくりと解されていく。
「ねぇ、お母様……」
「なぁに、ルーシー」
声を掛ければ柔らかな声音で返ってくるから、つい、甘えたくなってしまう。
「今夜は、一緒に寝てもいい?」
「もちろんよ」
……良かった。
言いたかったこと。
言えなかったこと。
これまでの想いを、たっぷりと言葉にしよう。
きっと、お母様なら全て受け止めてくれるから……。
「母上ばかり、羨ましい……」
「ジェローム、貴方はもう少し我慢を覚えなさい」
それはそれとして、私が迷い子であることを公表してからのお兄様……ちょっと壊れすぎじゃないかしら???









