219話 付与魔法の実演
ティアラ冒険者ギルドの本館前の広場。
アルナーは無事に大役を果たせて満足そうである。
「またぜひ領主の館にいらしてください。お待ちしております」
そう言って馬車に乗ると、護衛と共にギルドをあとにした。
一行を見送ったカートン隊長は、馬に乗ると、
「クールミン、時間は気にせず瑞樹に付き合ってやれ」
「了解しました」
「すみませんね、クールミンさん。お忙しいのにお願いしちゃって……」
「いえ。私でお役に立てるなら喜んで」
カートン隊長は馬上から俺をじっと見つめると、くるりと馬の向きを変えて本部へ戻っていった。
「……隊長、何か言おうとしてました?」
「たぶん、瑞樹さんが侯爵の客人になられたことに一言、祝いを述べようかなと思ったんじゃないですか?」
「えーマジで! 苦言じゃなくて?」
ハハハと笑うクールミン。
見送りが済み、二人してギルドの一室に向かう。
「隊長……瑞樹さんには当たりが強いですが、あれで感謝はしてるんですよ」
「ホントにぃ~!?」
疑いの眼差しを向ける俺にクールミンは言う。
私的に裏でこっそり事件を解決する俺をカートン隊長はよく思っていない。
けれど、ダイラント帝国兵の潜入事件や第一王子の逮捕などを処理した手腕は評価している。防衛隊では対処が難しい案件だ。
なので俺の功績を認めつつも、立場上褒めるわけにはいかないという。
「……あと生意気だって!」
「…………サーセン」
うーん、やっぱり物言いが失礼なのか? 目上に対して敬語で話しているはずなんだがなー。翻訳が上手くいってないのか?
いや、おそらく俺の性格だろう。過分に嫌味や小馬鹿にしている態度がにじみ出てるのかもしれん。お貴族様は即行キレてたしなー。
反省する俺を見て、クールミンはクククと笑った。
裏口に近い一室に入ると、俺宛の木箱が一つ置いてある。
上蓋を取って中身を見ると、緩衝材の藁にくるまれた書籍と小道具が入っていた。侯爵にお願いしていた『魔法関連の書籍』である。
「何を頼んだんです?」
「んーと、『とにかく魔法の勉強がしたいので何か本が欲しい……』とお願いしたんです。そしたら『……うちの魔法士団長に頼んでみよう』とおっしゃってました」
「『うちの……』というと……アナベル・フロスト殿かな?」
「ご存じなんですか?」
「名前だけ。かなり優秀な人だと聞いています。魔法学校でその名を口にする教授がいました。魔法士でも憧れる女性は多いですね」
「……女の人?」
「ええ。歳は……いまだと三十代前半かと」
経歴も少し珍しいらしい。
元々は庶民。子供の頃に魔法の素養を見出されて貴族の養女に。魔法学校を優秀な成績で卒業後、フランタン領の領軍に仕官。数年後にフロスト家の子息と結婚し退官。一子誕生後、しばらくして復職。
「へー。すごい人なんですねー」
荷物の一番上には手紙が乗っており、差出人はそのアナベルさんである。
手紙に目を通している間、クールミンから時折り「懐っかしい~!」「あ~あ~あ~!」と感慨にふけるような声が上がった。
「――どうやら魔法学校で彼女が使っていた教材を贈ってくれたようです」
侯爵には『魔法付与に関する本』『火や氷といった“熱”に関する本』『読めない字で書かれている魔法関連の本』『その他』という感じでお願いしていたのだが、そう要求したものが手に入るわけはないか……。
あーでもたしかクールミンが、「付与魔法は習う」って言ってなかったか?
「あの、そん中に『魔法付与』の本ってあります?」
「ありますよ。これですね」
「おっ!!」
クールミンの即答に思わず目が向く。
魔法書のタイトルは『魔法付与の実例』とあり、厚さ三センチぐらいの本だ。
「それとコレですね」
「コレ?」
クールミンは右手に一本の木の棒を手にしてこう述べた。
「『注入棒』です」
「ちゅうにゅうぼう?」
その注入棒とやらは、とあるメガネをかけた魔法使いの少年が手にしていたワンドとよく似ていた。もちろん映画の話。
長さは四十センチぐらい。持ち手はあるが意匠や装飾もなく、ホントにただの木の棒といった感じ。
だが、いかにも魔法使いが持つアイテムという雰囲気がある。
はてさて、映画みたいに呪文を唱えながら魔法使うのかな? 棒の先から水が出たりするのかな?
「ねぇ~くーるみんさ~ん……なんかぁ~できますぅ?」
「……やってみましょうか?」
「おねがいしゃす!!」
やった! 本職に手本を見せてもらえる! やはり経験者に実演してもらうのが一番手っ取り早いからな。ご教授願えてマジ感謝!
クールミンは本をパラパラとめくり、中ほどのページを開いた。
「――これが『硬化』の魔法陣です」
ん? ナンテ? マホウジン!? いま「魔法陣」っつったよね? キタコレ魔法陣!!
心がワクワク小躍りする。少しにやけつつそのページを覗いた。
…………あれ? えっ!?
思わずクールミンを見る。
「まずマナを右手に集め――」
付与魔法の実演に集中している。ここは口を挟まず最後まで見ることにしよう。
注入棒を右手でつまむように持った彼は、
「魔法陣の中心付近に注入棒の柄のほうを立て、そして『詠唱、入力』と唱えます」
《唱えます、入力》
詠唱後しばらくすると、注入棒がこう……よく見ないとわからない程度の光を発する状態になった。
なんというか……明るい場所で光っている夜光塗料? といった感じである。
「これで『硬化』の付与魔法が準備できました」
あーなるほど。一旦注入棒に付与する魔法を入れる必要があるわけね。だから注入棒って名前なのか。
次にクールミンは、緩衝材に使われていた藁をいくつか集めて束にして、ひも状の物体を作った。
「この藁の束を硬化させてみます。これに注入棒を近づけて『詠唱、強化』と唱えると……」
《唱えます、強化》
詠唱後、しばらくして注入棒の光が消えた。どうやら付与完了ということのようだ。
彼はその藁の束を手に取って机を叩く。
コンコン……。
なんと、硬い棒で叩いたような音がした。藁の束が硬くなったのだ!!
「ほおお~…………お?」
俺は付与魔法を目の当たりにして感嘆の声を上げた。……が同時に不可思議な現象にも遭遇している。
戸惑いと困惑が止まらない。思考が停止……いや、逆にフル回転させている。
「……どうしました?」
クールミンは、じっと固まっている俺を心配そうに見つめる。
俺はやおら振り向き、何をどう質問していいか考えるのに数秒を要した。
「えーっと、これ……魔法“陣”ですよね?」
「ええ」
「こう……円がぐるっと描かれてるんですよね? あと中にごちゃごちゃっと図形やらなにやらが……?」
「…………え……ええ」
うん……やっぱいわゆる魔法陣……のはず。だがこれは――
「クールミンさん! わたし……魔法陣が見えません!」
「!?」
「文字が書いてあるだけです!」
彼が本に描かれているという魔法陣の箇所――そこには上下に大きな余白があり、真ん中に次の文字列があるのみだった。
((名前=硬化五の十)(魔法=硬化 硬度=5 維持=10秒 マナ=適宜))
「文字列……というかプログラミング言語? 括弧でくくられているからLisp言語っぽいが、中身は日本語だ」
俺の言っている意味をクールミンは理解できないでいる。しかし俺はわかってしまった。
どうやら『魔法陣を翻訳している』ようだ。
この魔法陣は“硬度5の硬さを10秒維持する付与魔法”ということだろう。しかもちゃんと名前がついている。
しかしまだ確定はできない。この世界の魔法陣を俺が確認できていないからだ。
「…………なんて書いてあるんです?」
「えーっと……」
クールミンの質問にどう答えたらよいか……? これ、このまま書いていいんかな?
試しに見たまんまを書いてみよう。
ウエストポーチからボールペンを取り出し、白紙に文字列を書き写す。
俺の様子をじっと見ているクールミン。
ところが、最後の括弧を書いた途端、「うわぁぁあ!!」と驚きの声を上げた。
彼が言うには「中のほうからサラサラと描き始めて、最後に外円をくるっと描いた」そうだ。
俺、コンパスも使わずにフリーハンドで真円なんぞ描けんがなー。それはそれでびっくりだ。
しかし、これだと魔法陣を描いちゃうわけか……。
「じゃあ……もう一回書きます」
今度は『日本語で』と意識しながら書く。そしたら「見たことない文字で一文書かれてます」と彼は述べた。
「ん、じゃあその下にマール語で書きますね」
次に『マール語で』と意識しながら書いた。
「!?」
彼は文章を目の当たりにして言葉を失っていた。
俺には『魔法陣を見ただけで意味を理解できる能力』があることをクールミンも理解したようだ。
しばらく考え込んだクールミンは、別の本を手に取ってページをめくり始めた。
「瑞樹さん、これ……見れますか?」
彼が指し示したページを覗き込む。するとそこには魔法陣の絵が描かれていた。
「おおーこれこれ! これですよ、魔法陣! えっなんで?」
疑問を口にしたがすぐにわかった。
左のページには大きな魔法陣の絵があり、右のページには風景画――廃墟の一室の床に魔法陣が描かれている絵――があった。
つまりこの魔法陣は絵で、魔法陣としての意味をなしていないからだ。
「あの……もっぺん確認しますけど、本当にここに魔法陣が描かれてるんですよね?」
「はい」
「真ん中ってどこです?」
「ここです」
クールミンは文字列の『硬度』という文字の辺りを指さした。
「なるほど……魔法陣とは二次元バーコードみたいなもんか……」
我ながら、妙に納得のいく説明に感心した。




