218話 侯爵の“客人”になる
王族関係の話が済んだところで、
「――それで瑞樹さん、侯爵閣下からお渡しする物を預かってまいりました」
「あ、はい。お食事したときに、仮の証明書? みたいなのはいただいております」
アルナーがかばんに手をかける。
取り出された品は――丸めた封書、勲章のようなメダル、紋章入りの短剣、紋章が描かれたタペストリー、の四点である。
「こちらが、瑞樹さんを『客人』と証明する品になります」
「ほほおー!」
思わず感嘆が漏れる。
客人――これは『パトロンをもった人』のこと。
パトロンとは『後援者』『支援者』という意味。画家や音楽家などに資金援助をしてくれる人、という意味でよく知られていると思う。スポーツ選手などはスポンサー、相撲ではタニマチだ。
しかしなぜか翻訳がパトロンではなく客人と聞こえている……不思議。
つまり『御手洗瑞樹をコーネリアス家の客人とする』としてくれたのだ。
理由は、他国の人間にもかかわらずフランタ市にて有益な働きが認められたことによる。
表向きは『エルフ語が話せる』『豊富な知識を所有している』ことにしてある。本音は、知る人ぞ知る……といったところだ。
これにより、「俺に手ぇ出したらコーネリアス家が黙っちゃいねえぜ!!」と相手……特に貴族に示すことができるわけ。
侯爵位でしかも領主ともなれば相当な威光である。対抗できるのは王族、公爵、領主(侯爵)ぐらいだろう。まあ会うことはないけどね。
今回の事件を顧みると、ティアラ冒険者ギルドに侯爵家の後ろ盾がある人物がいるとわかっていれば、第一王子も拉致や暴行といった行為はしなかったのではなかろうか?
少なくとも騎士団長だったギュンターは止めただろうし、他の近衛兵たちは手出しを躊躇したかもしれない。
今後、不測の事態を考慮すれば客人がギルドにいることは悪い事ではないはず……という侯爵の厚意なのだ。
ただ、客人になったことが噂になるかもしれないが、ひけらかさなければ普段バレすることはないと思う。
そういうわけでありがたく頂戴することにしたわけだ。
「まずこの封書はですね――」
各品をアルナーが説明する。
丸めた封書は文章で俺を客人と認めるという正式な証書。賞状っぽい資格認定書だと思えばいい。賞状入れがあれば飾っておく類のものだ。
メダルは直径五センチぐらいと大きめで真鍮製かな? 素材は五円玉のやつみたい。胸元につけられるようになっているが必要なときに手出しで相手に見せればいいとのこと。ウエストポーチに入れとけばいいだろう。
紋章入りの短剣はシンプルな装飾、これは剣士に与えられるものだそうだ。儀礼的な意味合いが強いので拝領いただけた。かっこいい、大事にしまっておこう。
タペストリーは大きさ五十センチぐらいで、きれいな糸で侯爵家の紋章が大きく描かれている。これはギルドの人目につくところに飾ってほしいとのこと。侯爵から「ティアラも庇護下に入れる」と明言いただいているのでとてもありがたい。
「……以上ですが、何かご不明な点はありますか?」
「これって町の人たちにも効くんですか?」
俺の質問にアルナーはふふっと笑った。
「効きすぎるので普段はお見せにならないほうが賢明ですね」
「あー了解」
そりゃそうか……。
庶民は貴族になんぞにかかわりたくはない。侯爵家の紋章なんかをちらつかせようもんなら逃げ出されるのがオチだな。
何かトラブルに巻き込まれたときにこのメダルを取り出して「この紋所が目に入らぬか!」と言い放てばよいわけだな。日本人ならその使い方……よく知っている。
タペストリーも控えめに、受付嬢の後ろの壁あたりに飾るのがよいだろうとのこと。
もし騒ぎを起こすような客が来たときはタペストリーをチョイチョイと指さして「あんまり騒ぐと出禁にするよ」と威光をかざす感じか。カスハラ対策にはもってこいかもしれないな。
「あーそれと、一応言わないといけないことなのですが……」
「ん?」
「これらを乱用して無体な振る舞いを行なったり、無茶な要求をしたりすることのないように。露見すれば即、取り上げです」
「し……しないしない! しないよ~!!」
手を振って否定する。
そんなことをすればあのバカ王子と同類になってしまう。絶対にしない!
「謹んでありがたくいただきますと、コーネリアス侯爵にお伝えください」
「わかりました」
これホントは侯爵の所に出向いて直に受領すべきものなのだが、それをわざわざ持ってきてもらった。
理由はいまギルドを離れたくない……というか離れられない。
事件は片付いたとはいえ相手は貴族、まだ何があるかわからない。侯爵にも事情をご理解いただけて同意を得ている。
カートン隊長を見ると、「よかったな」という顔をしていた。んだよ……褒めるならちゃんと褒めてくださいよー!
「あっ! そういえばカートン隊長も何かもらったんですよね?」
「!!」
話題を振られて焦る隊長。
「カートン隊長とアッシュさんには、侯爵閣下から功労勲章が贈られることになっています。日取りは決まっていないのですが、ひと月後ぐらいには……と予定しています」
侯爵から聞いて知っていたけど、こういう話って自分からは振れないもんねー。なので言ったった。
功労勲章とは、卓越した功績を表彰するものだそうで、勲章と報奨金が授与される。もちろんドラゴン撃退の功によるものだ。
三人で撃退したことになっているのだが、もう一人の冒険者は確認が取れないので保留ってことにしてある。
ところでその冒険者……巷の噂じゃノブナガってことになってんだよねー。これ、俺が広めたわけじゃないんだけど、どうやら正体不明ってとこから勝手に尾ひれがついたっぽい。まあいいんだけどね。
「勲章かー。まあ表立って表彰しておくのは大事ですもんね」
そういえば侯爵から教えてもらったのだが、うちに潜入したダイラント帝国の連中も帝国から名誉勲章をもらったそうだ。
彼らは、ドラゴンと果敢に戦って撃退した勇敢な戦士。ドラゴンの肉片がその証拠だとのこと。
それを聞いたとき、正直「なんじゃそりゃ!?」って呆れたよ。とはいえ帝国も威信を保つために戦果として内外に誇示する必要があったのだろう。
「国からの勲章ではないんですね?」
「私も詳しくは聞いてないんですが、国はドラゴンの脅威を過小評価しているみたいです。なので奏上しても受け付けないだろうと……」
「過小評価……ドラゴンを見てないからか……」
「はい。侯爵閣下も私も、瑞樹さんのアレを見せていただきましたからその恐ろしさを理解しています。ですが『ドラゴンは三人で撃退した』と言われただけだと、普通に『たいしたことないのでは?』と思われるのではないでしょうか?」
「……そうかも」
アレとはスマホの動画のことだ。
たしかに口で説明しただけではドラゴンの脅威は伝わらないか。ましてや三人で……となると余計にだな。
それに倒したのでなく退けただけ。撃退の功で勲章を授与しといて、もし別の町が襲われでもしたら国として体裁が非常に悪いことになる。
「国から勲章もらうには、討伐しないとダメってことかー」
「あれを倒したら名誉勲章と叙爵でしょう。男爵か子爵位はもらえると思いますよ」
「マジかー!!」
笑みを浮かべるアルナー。
ん? その顔は何? もしかして「俺なら次は倒せるでしょ?」みたいに思ってない? む……無理だからね!
「い、いや……あれと戦うのはもうゴメンっすよ。ねえカートン隊長?」
「あんなのに二度も来られてたまるか!」
カートン隊長の言葉に怒気がこもる。
治安維持の責任者にしてみればたまったものではないのだろう。気持ちはわからんでもない。
もうあんま触れんとこ。
「……ま、とにかくよかったっスね!」
ともかく、俺は侯爵の客人に、カートン隊長とアッシュは勲章授与と、ドラゴン撃退の功を認めてもらえたことを喜ぼうじゃないか。




