217話 国王陛下とコーネリアス侯爵のやり取り
「――それで、国王陛下と侯爵閣下とのやり取りの件はどうなりました?」
「はい。うまくいきましたよ」
アルナーは懐から手帳を取り出し、ペラペラとめくった。
「お二方はですね、乳伯爵の二つ名で知られるセドリック・コネリー伯爵のご令嬢、マティルダ様のお誕生会にご出席なされまして、その席でお話しなされました」
「ん? ちょ……え?」
なんて? 乳伯爵? なんだソレ!? 乳……おっぱい? おっぱい伯爵なのか?
強烈な単語が脳を刺激する。
「あの……乳伯爵って何?」
「ん? ご存じありません?」
ご存じありませんよ?
「生乳や乳製品の専売を生業としていらっしゃることでついた二つ名です」
「あ、あ~そっちぃ! 牛乳やチーズのことか……びっくりした。商売している貴族なんだ」
「はい」
アルナーが簡単に説明してくれた。
コネリー伯爵家は、古くから乳製品の商売を生業にしている貴族で、羊、山羊、牛の生乳、チーズ、バターなどの加工品を生産している。
生産地や加工場を各領に持っているので、新鮮で安全な生乳を各地に搬入できる強みがある。
そして王都での販売は専売……つまり独占販売だそうで、王城へはコネリー家の商品しか認められていない。
さらには各領主もそれに倣い、もちろんコーネリアス侯爵家もここの乳製品を愛用している。
なるほど……お貴族様御用達ってわけか。
「ふ~ん……で? お誕生会ってなに? なんでそこなの? 謁見じゃないの?」
俺が侯爵にお願いした演出と全然違う。
俺が考えていたのは、謁見の間で居並ぶ貴族たちの視線を浴びながら国王陛下に頭を下げる……というシチュエーションだった。
過分にアニメや漫画の影響なわけだけど、国王陛下と侯爵とのやり取りってそういうもんだと思っていたのだが……?
「……宰相が謁見を却下したそうです」
「なんで?」
「謁見の理由がないそうです。えーっと――」
アルナーは手帳をめくり、要点を解説する。
国王陛下への謁見は『表敬』や『陳情』のために開かれるものである。
コーネリアス侯爵は、先だってドラゴンの牙を献上する名目で、多くの貴族を参集させて表敬している。しかも復興支援の陳情もお願いした。
さほど間も空いていないのにまた謁見となると、多くの貴族たちから反感を買ってしまう。参集は金も時間もかかるから。
それに、用件は表向き『フランタ市で第一王子と詐称した賊が出たので逮捕した』という内容……いうてただの賊退治である。わざわざ国王陛下にお目通りしてまで報告する事柄ではない。
……というわけで謁見はできないのだ。
そこで宰相は「貴族が集まる他の会に便乗」することに変更……ところがその条件、
『お二人が出席できる格(伯爵以上)の高さ』『一週間以内(侯爵が来都して数日内)に開かれる会』『国王陛下の時間がとれるタイミング』
というもので、なかなか合致する会やパーティーが見つからなかった。
ここでふと、宰相が小耳にはさんでいた『マティルダ嬢のお誕生会』のことを思い出し、もうこれで……と決定したそうだ。
「その……マティルダさんっておいくつなんです?」
「十六歳になられたそうです」
思わず目頭を押さえる。
それ……おっさん二人が出席していいもんなのか?
「貴族の慣習はまったく知りませんが、令嬢のお誕生会って国王陛下や侯爵が出席するものなんですか?」
「い~え」
アルナーは「んなわけねーですよ!」といった顔だ。
なるほどね。条件に当てはまるのがそれしかなかったってことか。
いやしかし、乳伯爵家はさぞかし胃が痛かったことだろう……。いうなれば某大手生乳メーカーのお嬢様のお誕生会に、総理大臣と都知事がひょっこり顔を出したようなもんだしなー。
「ですが、私的なパーティーでしたので私も同席させていただきました。なのでお二方のやり取りの一部始終を見ることができました」
嬉しそうに話すアルナー。国王陛下を間近に拝見したのが初めてだったからだそうだ。
そして、そのときの様子をアルナーから聞く――
某日、コーネリアス侯爵がコネリー伯爵の館を訪れる。乳製品の商談という名目でだ。
ところが、この日はマティルダ嬢のお誕生会が開かれていると知り、侯爵は「ならばぜひお祝いを述べたい」と申し出た。
それに驚いた乳伯爵は一瞬言葉が詰まるも、侯爵からお祝いの言葉がいただけることをとても喜んだ。
会場に入る侯爵。
居並ぶ貴族たちは、フランタン領領主の突然の登場にとても面食らう。
そして侯爵がマティルダ嬢に「お誕生日おめでとう。今度、遊びにいらっしゃい」とお祝いの言葉を述べたのだった。
そのとき、使用人が真っ青な顔をさせて「国王陛下がお越しになりました!」と飛び込んできたのだ!
国王陛下は、視察の帰りにたまたま伯爵令嬢のお誕生会のことを知り、お祝いを述べに立ち寄ることにしたそうだ。
会場が緊張に包まれる中、エーヴェルト・マルゼン国王陛下が登場……ところがもう一人、同伴者がいた!
第二王子のコンラード・マルゼン殿下である。
国王陛下に目がそっくりで眉目秀麗、少し控えめな性格だと評される十八歳の好青年である。
殿下もマティルダ嬢と同じ貴族学校に通っているらしい。けれど学年も違うため面識はなかったそうだ。
まず国王陛下からお祝いのお言葉を賜ると、続いてコンラード殿下が「お誕生日おめでとう」と微笑みかけた。
緊張でうまく話せないマティルダ嬢。すると殿下は彼女に優しく接して緊張をほぐす。そしてすぐにまわりのお嬢様たちと一緒に話を弾ませていた。
ここから、国王陛下と侯爵による一芝居が始まる。
「意外な所でお会いしましたな。コンラード殿下もご一緒とは」
「視察の帰りでな。一緒だったのはたまたまだ」
互いに挨拶を交わすと――
「ところで侯爵、領地のフランタ市で何やら騒動があったと耳にしたが……?」
「お恥ずかしながら。実は『ユリウス殿下の名を騙る賊』が現れまして、多少被害が出たようです。ですが事件は無事に解決いたしましたので」
「そうか。それは難儀であったな」
「お心遣い感謝いたします。それよりも我が領内にて王族の名を貶めるような出来事が発生してしまい、不徳の致すところでございます」
そう述べたコーネリアス侯爵が首を垂れる。
「侯爵、謝罪には及ばぬ。無事に騒動は収めたのであろう? ならばそれでよい」
「寛大なお言葉ありがたく……」
国王陛下が侯爵の肩にそっと手を乗せた。
会場にいた者たちは、歓談に興じているふりで二人のやり取りを耳にはさんでいた……。
「――という感じでした」
アルナーは手帳をパタンと閉じた。
「つまり……お誕生会に出席していた人たちから『コーネリアス侯爵が国王陛下に頭を下げた』という話が伝わるようにしたってことやね?」
「はい。次の日には各大臣の耳に入っていた……と侯爵閣下がおっしゃってました」
「早っ!」
よしよし。これで『第一王子偽者説』を国王陛下が了承したことが知れ渡ったことになる。
そうなると貴族たちはこれを追認するしかなく、第一王子の話ができなくなる。いらんことを言えば王室侮辱罪が待っている。
そしてコーネリアス侯爵の謝罪は国王陛下に臣従する姿勢である。態度で親王国派のままだと示したのだ。
これで騒動を種とした反乱が芽吹くこともないだろう。
「ふむ、国王陛下が“なかったこと”に賛同したわけだ。これで防衛隊も一安心ですね」
「…………なるほど」
ポツリと呟いたカートン隊長…………あんまわかってなさそうだな。
「ギルド長、だいたいわかりました?」
「……まあ理解はしたが。瑞樹、このお二人のやり取りは本当に必要なことなのか?」
「……はい、私はそう思っています。貴族のトップの人間が事件を否定することと、被害に遭った侯爵が王族に変わらぬ忠誠を示すこと、この二つを見せる必要があるんです」
本当の被害者は俺たちギルド職員であるが貴族にとっては関係ない。侯爵も俺やティナメリルさんがかかわってなかったらそこまで目くじらは立てなかったかもしれない。
とにかく、こちらに二次被害が及ばないように貴族内で話を収めてもらう必要はあった。
「――それにしても、お誕生会を使われたご令嬢はとんだ災難でしたな」
「いやー、実はそれがそうでもないらしいです」
「なんで?」
「『マティルダ嬢はコンラード殿下の妃候補になられたかもな……』と侯爵閣下はおっしゃっておられました」
「ああ――ッ!」
「それと殿下を同行させるように進言したのは宰相だそうです」
ほほお~!
つまり……宰相は第二王子の婚姻をとっとと決めたいって感じなのかな?
そんでとっとと長男でも誕生したりした日にゃあ、やらかした第一王子を出し抜いて次期国王の芽が出てくる……と。
ふん。第一王子の失態を発端に上のほうではまだ何かありそうだな……。
まあ我々庶民には関わりない事だけど、あの第一王子が次期国王ってのはたしかに勘弁だな……。
大型案件が片付いたことに安堵し、大きく息を吐いた。




