45 ずっと一緒に。
「せっかくの連休を一緒に過ごせないのは非常に残念ですが、ご友人とのお付き合いも大切なので、本当に今度の連休は椎名さん達に譲ろうと思います……」
みんなと別れ帰路につく途中、悠希くんはそう言ってくれたけれど、めずらしくその顔が全然平気そうじゃなかった。
「ですが、その次の週は僕と……」
彼がそう言いかけたタイミングで、私のスマホが鳴ったので相手を確認してみると。
「あれ、悠希くんのお母さんからだ」
彼にちらりと視線を送ると、仕方ないと言った感じで小さくうなずいてくれたので電話に出た。
『もしもし、朱里ちゃん? 今度ね、お父さんと旅行に行くんだけど、帰りにそっちにも寄ろうと思って、せっかくだからプラネットホテルのランチを一緒にと思うんだけど、どうかしら?』
「わぁ! そこって今すごく人気のランチビュッフェのところですよね。予約取るのも大変って聞きましたけど……」
『うふふ。朱里ちゃんが喜んでくれるかなって、ちょっと張り切っちゃった! 日程はね来月の第3日曜なんだけど?』
突然のお誘いにびっくりしたけれど、悠希くんのお母さんのその気持ちがすごく嬉しかった。
「ぜひ、ご一緒したいです。あ、じゃあ、このこと悠希くんはもう知って……」
さっき、悠希くんが言いかけたのはこの事かと思って、そう聞いてみたけれど電話の向こうからは意外な言葉が返ってきた。
『いえ、まだなのよ……』
「え?」
『だって、今まで何回かあの子に話してみたけど、すぐ断られちゃうんだもの……! 私達だってもっと朱里ちゃんと遊びたいのに、だから今回は貴女から悠希を説得し……』
お母さんとまだ話している途中だったのに、ふいに後ろから彼にスマホを取り上げられてしまった。
「……もしもし、母さん」
『ゆ、悠希……!? そこに、いたの?』
悠希くんが代わりに出ると、電話の向こうでお母さんの大きな声が響いてきた。
「うん……うん。……はぁ。わかったよ」
それからしばらくそのまま悠希くんが話し込んでいたけれど、ついに彼が大きなため息をつくと、やっとスマホが返ってきたので交代した。
「も、もしもし……、何とか悠希のOKがでたわ……。じゃあ、美味しいお料理一緒に楽しみましょうね」
「は、はい。すっごく楽しみにしていますね」
ちょっとぐったりした様子のお母さんの声が気になったので、少しでも元気を出してもらおうと弾んだ声でそう答えて、電話を切った。
「急にスマホを取り上げたりして、すみません。まさか母が朱里さんを直接誘うなんて、余計な気を使わせたくなくて、あれほど釘を差しておいたのに、どうやら足りなかったようですね」
何やらブラックな彼の一面が顔をのぞかせたような気がして、あとでご両親がまた彼に何か言われたりしやしないかと心配になって声を掛けてみた。
「ちょっと緊張はしちゃうけど、私も悠希くんのご両親ともっと仲良くできたらいいなって思ってるから、誘ってもらえて嬉しいよ」
私がにっこりしながらそう言うと、ちょっと間が空いてやや気分が立ち直ってきた様子の悠希くんが口を開いた。
「そう思ってくれているのは、とても嬉しいです。まあ、ランチはかろうじて一緒にいられるのでまだいいですけど、その次の週には今度こそ僕と……」
気を取り直してそう言いかけたタイミングで、今度はコロリン♪ と、LINEの着信音がなった。
「……」
二人ともちょっと嫌な予感がしながら、メッセージを確認すると……。
『来月末、営業部との懇親会バーベキュー。制作3課は全員参加必須。織田』
「はぁ〜、これでまた二人きりの時間が延びてしまいました……」
がっくりと肩を落とす悠希くんの姿に、さっき樹ちゃんからかけられた言葉を思い出す。
「悠希くん……」
サッと当たりに人影がないのを確認すると、勇気を振り絞って彼の腕をそっと掴んで背伸びをすると、そのまま彼の頬にチュッと口づけた。
「あ、朱里さん……?」
「きょ、今日は、このまま悠希くんのマンションに、泊まってもいい……?」
「え……?」
「わ、私も、悠希くんと二人きりの時間が少ないのは寂しいから……。今のうちにいっぱい、充電しておきたいなって、だめかな?」
恥ずかしくてうつむいたままそう聞いた私に、彼は一瞬固まっていたけれど、
「誘ったのは、朱里さんの方ですからね。覚悟してください」
そう言ってニッコリと微笑んだ悠希くんに、やっぱりちょっと早まったことをしてしまったと思ったけれど、もう手遅れだった。
◇◆◇
「ま、待って、少し休ませて……」
小さく息を切らせながらやっとの思いでそう言うと、体にかかっていた重みがふっと軽くなった。
「無理させるつもりは、なかったのですが……」
くったりとしている私を見て少し心配そうな目をした悠希くんが、サイドテーブルに置いてあったペットボトルに手を伸ばして水を口に含むと、そのまま私に覆いかぶさった。
「……んっ」
合わせた唇の隙間からこぼれた水が首筋をツーっと伝っていく感触に、何だか胸の奥がきゅーっと切なくなった。
一旦、体を起こして悠希くんもひと口水を飲んでペットボトルを元の位置に戻すと、横になって私をぎゅっと抱き寄せた。
熱を帯びた私の身体は、どこもかしこもふにゃふにゃになってしまったような気がしたけれど、お互いの肌が触れている感触に、すべてで愛されているような感覚がして何とも言えない幸福感を感じる。
「……朱里さん」
「ん、どうしたの?」
「重くありませんか……?」
ふいにそう聞かれたけれど、どちらかと言えば私が悠希くんに抱きかかえられている格好なので、逆に彼が苦しくないか心配になった。
「ううん。私は平気だけど、悠希くんこそ息苦しくない?」
「いえ……、その、体の重さではなく……」
めずらしく口ごもっている彼の様子に、不思議に思っていると、
「僕は、朱里さんの事となると、その、独占欲が強くなってしまい、さっきもつい夢中になってしまいました……」
今になってそんな心配をこぼす悠希くんに、少し笑ってしまった。
「私は、悠希くんに独占されるのは……むしろ、嬉しいって思ってるけど……」
高校の時には見られなかった彼の一面を知るたびに、確かにびっくりしちゃう時もあるけれど、それよりも彼への想いがもっとずっと強くなっていくのを感じている。
「また……、貴女はそんな煽るようなことを言って……。あとで後悔しても遅いですからね」
どこか切なげな声でそういうと、私を抱きしめる腕にさらに力が込められたような気がする。
「朱里さんには、自由に飛び回って欲しいと願っているのに、貴女の世界がどんどんと広がっていくのを間近で見てしまうと、ついこうやってずっと僕の腕の中に閉じ込めておけたらいいのにという気持ちが芽生えてしまいます」
「どんな悠希くんでも全部受け止めたいと思うくらい、あなたの事が好きよ」
だから、そんな心配する必要なんてどこにもないよって気持ちが、少しでも悠希くんに伝われば良いなと思いながら、彼の頭にそっと手を回すとそのまま優しく撫でた。
「私がね、今こうやって安心して前に進めるのは、悠希くんがそばにいてくれているからなんだよ。だから、ちゃんと悠希くんも私と一緒に同じ世界を見てるんだと思うよ」
10年前は、犠牲が必要だと思ってた。
夢を叶えるためには、甘えられる環境をあえて飛び出して、それひとつのことに真剣に向き合わないと、何ひとつ掴めないんじゃないかって……。
でも、そういうふうに考えることが出来たのも、自分の見える範囲だけじゃなくて気がつかないところでも、たくさんのものに支えられていたからこそなんだと思う。
誰かを傷つけたり傷つけられたりしながら、不器用にあっちこっちぶつかってきたからこそ、あらためてその大切さに気づけたのかもしれない。
「悠希、愛してる」
私がそう告げると、悠希くんは一瞬、不意打ちをくらったように目を見開いていたけれど、すぐに私の想いに応えてくれた。
「もう、貴女という人は……。僕の方が、ずっと朱里を愛しています」
だけど、何でかほんのちょっと張り合うような感じでそう言った彼に、私は思わずクスクスと笑いをこぼしてしまった。
「これから、ずっと一緒に歩いて行こうね」
一度は挫折してしまったけれど、私はもう一度、この先どんなに大変なことがあったとしても、今度こそ絶対に乗り越えようって、そう心に固く誓った。
だって、あの頃とは違って、今の私はひとりじゃないから。
悠希くんがいつだって私を支えてくれている、いつだって前を向く力を与えてくれている。
きっとあなたとだから、どこまでも歩いて行けそう気がするんだと思う。
二人なら、きっと乗り越えて行ける。
Fin.
最後までお読みいただきましたこと、心から感謝します。
応援してくださった皆さまには、本当に励まされました。
おかげさまで、無事に完結することができました。
本当に、ありがとうございます!
大変な時もありましたが、書き終わってみれば何だかんだで、やっぱり楽しかったという気持ちが大きいです!
特に、悠希くんは書いていて、とても楽しかったです。
自分の中では、もっと執着愛に振り切れたキャラでも良かったかなと思いましたが、本編では詳しく語られなかった彼の裏側の物語を書けば、割りと想像どおりの人物かもしれないと思ったりです。
少しでも楽しんでもらえたら、嬉しいです。
また、これからも応援していただけると、とても励みになります。
本当に、ありがとうございました!




