44 笑顔を取り戻して
沙織達にバレないように店を出ると、ひとまず落ち着ける場所へ移動したところで、やっとみんなでホッとひと息つくことが出来た。
正直、最初は私のことがバレたのかと心配で身構えていたけど、変に巻き込まれなかったことに安堵すると同時に、ちょっとだけ拍子抜けしてしまったりもした。
どうやら今回は、本当に悠希くんが目的だったみたいだけど……。
「もしかして沙織は、高校の時からずっと悠希くんのことが……」
もしそうだとしたら、私は密かにずっと彼女から良く思われていなかったのかもしれないと思った。
「恐らく、それは違うと思います」
けれど、それには悠希くんがゆっくり首を横に振った。
「どうして?」
「話を聞く限りでの彼女の印象ですが、常に誰かと比較して勝手にコンプレックスを抱くような感じだったので、他人のものが良く見えるだけで、本当にそう思っているわけではないと思います。だからこそ、軽い気持ちで人の大事な物に手を出すような真似も出来たんじゃないかと」
悠希くんの言葉に、晶ちゃんも続いた。
「実はね、あれから共通の知り合いにちょっと探りを入れてみたんだけど、あの子他の子のSNSとかもすごくチェックしてて、同じように突然DMを送ったりして絡んだりしてるって……。だから、今回のことは本当にたまたま偶然、吉沢さんに行き当たっんじゃないかな……。というか、パンケーキだけならと思って、写真をSNSに上げたせいでこんな事になって本当にごめんね」
晶ちゃんがそう謝ってきたけれど、それは何も彼女だけのせいじゃない。
「ううん。私も写真の事はOK出したんだし、晶ちゃんだけのせいじゃないよ」
責任があるとしたら私も同じだと思ってそう言うと、悠希くんもそれに続いた。
「僕もです。でも、今回こういう事もあるんだと分かり、対策を考えるきっかけになったので、勉強になったと思うことにしましょう。それに、あちらの方にもこうなってやっとキッチリと釘を刺すことが出来たのは、良かったと思っています」
正直、今となっては沙織に対して同情なんて出来ないけれど、今日の彼女の姿を振り返ると、さっき悠希くんや晶ちゃんが言ったように、いつも誰かと自分を比較して、ずっと何かを羨んだりしながら過ごしているのかなと思ったら、何とも言えない気持ちにもなってしまった。
あんな事があったとは言え、沙織とはお互い助け合ったりしながら大学生活を送っていた時もあったし、彼女に励まされていた時だって確かにあった。
だから、それまでの彼女と過ごした時間が、全部偽りのものだったとまでは思えない。
沙織があの時、自分がやってしまったことをちゃんと認めて悔い改めていれば、もしかしたら彼女の今も何か少しは違っていたかもしれないと思わなくもなかった。
それは自分にも言える事だから……。だって、もし悠希くんに再会していなかったら、私もずっと嘆き続けたままだったかもしれないし、あんなふうにもっとこじらせていた可能性だってあったのかもしれないと思ったら、少し自分が怖くなってしまった。
「そんな事はなかったと思いますよ。朱里さんは自分が気づいていないだけで、その時に出来ることをずっと懸命に頑張ってきたからこそ、僕を含め色んな人達との縁も引き寄せることが出来たんだと思います」
けれど、そんな心配を悠希くんの力強い言葉が、キレイに払ってくれた。
「うん。私ね……」
すごく辛い思いもいっぱいしてきたし、くすぶった思いをずっと抱えてきたりもした。もっと早く何らかの形で吹っ切れていれば、また別の幸せな道が開かれていたのかもしれない。
でも、ずいぶん遠回りもしてきたけれど、自分なりにもがき続けてたどり着いたのが今だとしたら、ここに来れて良かったと思える光景が目の前にあった。
「今、すごく幸せ」
今でもあの時のことで悔しいという気持ちも残っているけれど、この先、たとえ夢が叶うことがなくても、好きな事をずっと好きでいられたら、それもとてもすごい事なんだと今ならそう思えそうな気がした。
「みんな、ありがとう」
「ううん。あの頃、私達もどうしていいか分らなくて、もっと周りを説得できていれば朱里が退学しなくて済んだかも知れないと、後悔してたの。だから、三人とも今度こそ朱里の力になろうって決めたの」
本当は心のどこかで、沙織に何か一言でも言ってやりたいという気持ちもほんのちょっとあったりもした。だけど、皆が全部言ってくれたから私が出る幕なんてなかったし、結局、それで良かったと思ってる。
「ずっと、心配してくれていて本当にありがとう」
「僕からも、感謝します。朱里さんのために対応してくれて……」
「本当は私たちだけで話をおさめたかったのですが、結局、吉沢さんに登場させてしまう事態になって、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、これからも朱里さんと良き友人でいてくださると有り難いです」
そのやりとりを見ながら、以前、悠希くんがかけてくれた言葉を思い出す。今、私はこんなにも優しい彼氏と友人達に囲まれて、長い間失くしてしまっていた分の笑顔をやっと取り戻せたような気分だった。
この先も、大切な人達と一緒に過ごす時間を大事にしていけたらと、心から願った。
「……では、ひとつよろしいでしょうか?」
そうこうしていると、しぃちゃんが何やらあらたまった様子で悠希くんに切り出した。
「何でしょうか?」
「今度の連休は、私達に朱里との時間を譲ってくれませんか?」
「え?」
思いがけない申し出に、思わずキョトンとしてしまった。
「実はね、ずっと前から三人で密かに旅行の計画を立てて……。朱里は執筆とか彼氏さんとの時間もあるから、誘ったら悪いかなって思ってたけど、やっとまたこうやって少しずつ会えるようになったから、もっと一緒に遊びたいなって思って!」
「みんな……」
友達との旅行なんて社会人になって初めてのことだから、何だかじわじわと期待が膨らんでくる。
だけど、以前みんなの前でも悠希くんが堂々と独占宣言をした事を思い出して、ちらりと彼の顔色をうかがってしまった。
もちろん、彼と一緒に過ごす時間もすごく大事にしたいという気持ちはあるけれど、ジーっと悠希くんの横顔を見つめ続けていると……。
「せっかくのお誘いです。今回は皆さんと楽しんできてください」
私の視線についに悠希くんが折れてそう言ってくれた瞬間、思わずみんなで小さな歓声を上げてハイタッチまでしてしまった。
「そのかわり、旅行の行程と宿泊施設の連絡先等を事前に提出してもらい、問題がないかチェックさせていただけます。心配なところは、遠慮なく指摘させてもらいますね」
静かにプレッシャーをかける彼に、内心、そこまでしなくてもという思いはあるけれど、心配してくれている事に変わりはないので何とも言い難い……。
「はい! 完璧なプランと立ててみせます」
だけどそんな彼に対して、しぃちゃんも負けじと何やら意気込みを燃やしている。そんな二人の応酬を傍観していると、ふいに樹ちゃんが耳打ちしてきた。
「私、思うんだけどさ……。朱里にこんな事言うのもアレだけど、あの彼氏さんならこっそりついてきそうな気もするんだけど」
普段はちょっとクールな印象の樹ちゃんだけど、めずらしくニヤリとした顔でそう言われて、そういえば先ほどで悠希くんが私の指先にキスをしたシーンを思い出して、今になって彼女の目の前だったことに気がつき、思わず顔が熱くなってしまった。
「さすがに悠希くんも、そこまではしないと思うけど……」
そうは言ったものの、一瞬だけどその可能性がよぎってしまったことは内緒だ……。
「だからさ、私達と旅行に行く前に、朱里からも心配性の彼氏さんをたっぷり安心させてあげといてね!」
何だか含みをもたせたような感じで彼女にそう言われて、思わず色んな想像をしてしまいどぎまぎしてしまった。




