43 対峙
「失礼します。おおよその話は、伺いました」
悠希くんが声をかけると、しぃちゃん達は申し訳なさそうにしながらも、やはりどこかホッとしたような表情を浮かべた。
「吉沢くん……? 何で、ここに……」
すると、さっきまで店内に響くほどシクシク泣いていた沙織だったけれど、突然の彼の登場にパッと顔を上げると、さすがの彼女も一瞬ポカンとしたような声を上げた。
「え? え? あ、やっぱり二人とも彼のこと知ってたのに、意地悪して黙ってたんだね」
最初はまだうまく事態が飲み込めずキョドキョドしていた彼女だったけれど、ハッと我に返ると晶ちゃん達に非難の声を上げた。
「失礼ながら、貴女の記憶はなかったので、先ずは椎名さん達に対応をお願いしていたのです。それで、用件は?」
感情的になっていた沙織とは正反対に淡々と話す真顔の悠希くんは、私ですら何だかものすごい迫力を感じるほどだった……。
さすがの沙織も、それにちょっと気圧されたような感じだったけれど、それでもおそるおそると彼に話しかけた。
「あ、え、えと……私、岡村沙織。覚えてるかな? 高校の時、学年は違ったけどよく話したりしてたよね?」
「記憶にありません」
一瞬も考える素振りもなく、そう即答した悠希くん……。
実は、先日みんなと打ち合わせしていた時にも、ふと気になって彼にそもそも沙織の事は覚えているかどうか聞いてみた。
けれど、その時も今と同じように記憶にないと即答したけれど、当時、校内で彼と一緒にいた時に沙織から声をかけられたり一緒に話したこともあったし、それを記憶力の良い彼が覚えていないとは考え難い。
しかし、再度そう聞いてみたけれど「僕は朱里さん以外の女性は覚えていない」と、真顔でキッパリと言い切られてしまい、それ以上何も言えなくなってしまった……。
ちなみに、その時の他の三人は最早そんな悠希くんにいちいち驚くこともなく、暖かい目をしたまま全力でスルーしていた。
「ほ、ほら、あの……伊藤朱里ちゃんのことは覚えてるよね。私、あの子といつも一緒にいたから、吉沢くんともよく会ってたよ? あ、でも……吉沢くんはあの子と色々あったから、思い出したくないかもだけど……」
彼女の口からついに私の名前が出てきて、握り締めていた手にさらに力が入った。けれど、そんな沙織の言葉にも、悠希くんは眉一つ動かさず黙っていた。
しかし、それをどう思ったのか、沙織の話はさらに続いた。
「あの子もひどいよね。遠くの大学に行くって理由だけで、吉沢くんを振ったって噂だけど、私だったら、どんなに離れていても大好きな人の事は大切にするのにな。ね、ねぇ……吉沢くん、もし……」
「それは、僕と彼女の二人の問題であって、あなたには一切関係ありません」
だけど、そんな沙織の話を途中で、悠希くんの超絶冷たい声が断ち切った。それに一瞬たじろいた沙織だったけれど、すぐに気を取り直して口を開いた。
「もしかして、あれから朱里ちゃんに会ったりとかした……?」
「見ず知らずの方に、プライベートをお答えするつもりは一切ありません」
「考えてみたら、そうじゃないとそこの二人とも知り合いなわけないもんね……。朱里ちゃんやそこの二人から有る事無い事、私の悪口吹き込まれたから、そんなに冷たい目で私の事も見てるんでしょ!?」
あまりの沙織の言い草に、それまで悠希くんの邪魔をしないように口出しを控えていたけれど、ついに我慢の限界に達したしぃちゃんが思わず声を上げた。
「はあ? 自分が朱里にしたこと棚に上げて、よくそんなこと言えるわね!」
しぃちゃんの一括に、またもやみるみるうちに涙声になった沙織が……。
「いっつも、そう……。あの子ばっかり……! どうせ、私が全部悪いんでしょっ……!」
そう叫ぶと、またもやそのまま泣きじゃくり始めたのだった。
「アンタ達、まだあんな子の肩持ってるの?」
すると、悠希くんの登場に驚いていたのか会話に出遅れていた先輩が、息を吹き返したかのように沙織の代弁をはじめた。
「先輩こそ、まだ沙織をかばってるんですか? そもそもかばうも何も、朱里は最初から自分の潔白を証明していましたよね? それに比べて沙織は何の説明もせず、今みたいにただ泣いて周りの同情を引くだけで。それなのに、いつの間にか朱里が妬んであの騒動をでっち上げたみたいに、濡れ衣をきせてきて……」
ものすごい剣幕で反論したしぃちゃんに、
「わ、私はただ……沙織を信じてのことで」
さすがの先輩もそこでグッと言葉を詰まらせた。
「山崎さんでしたか? 貴女が誰を信じるかは勝手ですが、確証のない噂をTwitterで拡散したことが原因で、一人の学生が大学を辞めたことは事実です」
先輩がひるんだ隙を見逃さず、すかさず悠希くんの冷たい視線の矛先が先輩に向けられると、彼女も心当たりがあるからこそバツが悪くなったのか、さらに口ごもっていった。
「それは……あの時の拡散は、私がやった訳じゃ……。勝手に広がってっただけで、それも別に学生のノリ? みたいなのがちょっと過ぎただけのことだし……」
「それを今ご自身が勤めている会社の方が聞いたら、どう思われるでしょうね。あなた達は自分が何をしたのか、本当に自覚しているんですか?」
彼の言葉に完全に口を閉ざしてしまった先輩、社会人になった今あらためて自分の行いを振り返ってみて、マズかったという自覚がやっと少しは芽生えてきたのかもしれない。
「僕達からの話は以上です。これ以上こちらに関わってくるようでしたら、顧問弁護士に相談して、それ相応の対応をさせてもらいます」
「え? べ、弁護士……? 私達は別にそんなつもりじゃ、ただ沙織が貴方に会……」
「ちなみに今日の会話も全て録音しているので、あとでそちらの彼女にもよく言って聞かせて、考えてから行動するように」
相変わらずシクシクとやっている沙織を一瞥して、悠希くんが最後通達として山崎先輩に言い渡した。
「は、はい……」
弁護士という言葉に、明らかに動揺した声を出した先輩は大人しくそう返事をした。
「それでは、これで失礼します」
そう言って悠希くん達が席を離れようとした瞬間、さっきまでうつむいて泣いていた沙織がパッと顔を上げて咄嗟に彼を引きとめようとしたけれど……。
「さ、沙織……! ちょっと、もう、やめようよ。弁護士とかマズイって、もういいじゃん。こんな冷たい奴より、もっと他に良い人いるって……」
完全に腰が引けた山崎先輩が止めに入ったけれど、まだ自分たちの置かれている立場がよく飲み込めていないのか、最後まで話が噛み合わなかったような気がしたけれど、もう一切構うことなく私達はそのまま店を出たのだった。




