42 とある写真
「お待たせ〜。わぁ、久しぶりだね、晶ちゃん♪ 貴子ちゃんも一緒に来てくれたんだ〜。相変わらず2人は仲良いんだね」
当日、待ち合わせのお店に姿を現した沙織は、過去に騒ぎを起こしたせいで、距離を置かれ何年も連絡を断たれていた相手に会ったというのに、まるで何事もなかったかのように晶ちゃんとしぃちゃんに普通に声をかけた。
先日打ち合わせた通り、私と悠希くんと樹ちゃんはちょうど彼女達のテーブルから死角になるような席でこっそりとその様子を伺っていたけれど、そんな沙織の態度が衝撃的過ぎて嫌な記憶がよみがえるよりも、ただただ啞然としてしまった……。
ちなみに、今日のこのお店は沙織がよく通っているとのことで待ち合わせ場所に指定してきたけど、それによって彼女とは生活圏が全く重なっていないことが分かって、それはすごくホッとした。
しかし、その場に現れたのは彼女だけじゃなかった。
「え、何で山崎先輩がここに……?」
「あれ、沙織から聞いてなかった? ひとりじゃ何かと心細いだろうし、それにやっぱりこういうコトは……フフッ、私がいてあげた方がいいかなと思って♪」
山崎先輩とは、大学時代特に沙織を可愛がっていた先輩のひとりで、今思えば皆の前では控えめに振舞っていた沙織の代弁者みたいな人だった。
そんな彼女が何やら機嫌良さそうにニヤニヤしながらそう言ったので、さすがのしぃちゃんと晶ちゃんもちょっと戸惑っているようだった。
「そうでしたか、とにかく、山崎先輩もお久しぶりです……」
一応、先輩ということで二人ともそう言って、ペコっと小さく頭を下げた。
「それで、急に沙織から連絡がきてびっくりしたけど……どうかしたの?」
無駄に話を長引かせてこちらについて余計な詮索はされたくないと、さっそく晶ちゃんが話を切り出した。
「あ、えっとね、前に晶ちゃんがTwitterにあげてた写真に、昔の知り合いが写ってて、もしかして今その人と知り合いなのかなって」
すると、沙織は妙に弾んだような声でそう言った。
「そうなんだ……。それって、どの写真かな?」
「これ、何だけど」
沙織がそう言って、自分のスマホをちょこっといじったあと晶ちゃんの前に差し出したので、しぃちゃんも一緒にその画面をのぞいたようだったけれ……。
「ん……?」
二人がそろって首を傾げながら、何だかちょっと戸惑ったような声を上げた。
「これ、パンケーキしか写ってないけど……」
「もう〜よく見て、ここ! ここのポットの端っこに反射して写り込んでる男性。もしかして、吉沢悠希って人じゃないの?」
覚悟していたとは言え、直接、沙織の口から悠希くんの名前が飛び出してきて、思わずドキンと心臓が大きくなった。
すると、そんな私の様子にいち早く気がついた悠希くんがギュッと手を握ってくれた。
心配そうな顔で私の様子をうかがう彼に、まだ大丈夫というようにその手をキュッと握り返すと、ひとまず了承してくれたようで静かにうなづいてくれた。
その間に樹ちゃんが、晶ちゃんのTwitterをチェックしていくと、ちょうど悠希くんと一緒に皆と再会した日に、彼女が撮影していたパンケーキの写真に辿り着く。
それは晶ちゃんがせめてもの記念にとその写真をSNSにあげていいかと聞かれたので、私も悠希くんもその時はパンケーキだけなら特に問題ないと、こころよく了承したものだった。
もちろん、そこにはパンケーキしか写っていなかったけれど、沙織の言葉にならってポットを拡大してよ〜く見てみると、確かに悠希くんの横顔がポットの端っこにちんまりとだけど写り込んでいた。
(え、こんな……ところまで、チェックしてるのかな? 何か、怖……)
思わず樹ちゃんが小さな声でそう呟いたけれど、私も全く同じ事を思った。
しかも、高校の時から10年経っているというのに、そんな写真から悠希くんだと見分けたのにもびっくりだ……。
「沙織は……何でその人を捜しているの?」
同様に引き気味の晶ちゃんが、おそるおそるそう聞くと、
「えっと、彼は高校の時の後輩で、懐かしくなって連絡とりたいなって……」
「それなら、高校の時の友達や知り合いにあたった方が、早いんじゃない?」
「すっごく会いたい人だから、いてもたってもいられなくて、今すぐにでも教えて欲しかっただけなのに……」
晶ちゃんは至極真っ当な方法を示してあげただけなのに、沙織はそう言うとすぐに隣にいる山崎先輩に助けを求め、かわりに先輩が口を挟んできた。
「ちょっと、沙織がこんなに頼んでいるのに、なんで意地悪すんのよ?」
「いや、別に、意地悪してるわけじゃ……。じゃあ、何かその人と高校が同じだったっていう証拠はある? 一緒に映った写真とか」
「それは……実家を探せば、あると思うけど……。今すぐには、ちょっと……」
晶ちゃんにそう聞かれると、途端にごにょごにょと言葉を濁し始めた沙織だったけれど、それにしびれを切らしたしぃちゃんがキッパリと言い切った。
「仮に、私達がその吉沢さんという人を知っていたとしても、こんなおぼろげにしか写っていない写真だけしか出してこないような人に、個人情報を明かすつもりはありません」
しぃちゃんの言葉に、すかさず晶ちゃんも同意だと言わんばかりに、ぶんぶんと大きく首を縦に振った。
「ちょっと、アンタ達……!」
ズバッと断られた事に腹を立てたのか山崎先輩がほんの少し声を荒らげたけれど、しぃちゃんは毅然とした態度を崩すことはなかった。
「先輩も、一度自分に置き換えて考えてみてください。ポットに写り込んでいる写真から、自分を特定されようとたら、ドン引きしませんか?」
「そ、それは……。で、でも、沙織の場合は彼に対する純粋な気持ちからで、それをストーカー呼ばわりする気?」
しぃちゃんの言葉に一緒、冷静になって考えてみたのか山崎先輩もちょっと言葉に詰まったみたいだけれど、すぐさまそう反論してきた。
「……ひどいよっ! 晶ちゃん達は、私の事そんなふうに思ってるの?」
いや、ストーカー呼ばわりしたのは山崎先輩なんだけど……。
その言葉に、沙織は早くも声を震わせて泣き始めてしまったようだ。
彼女がこうなるともう話し合うどころじゃなくなることを痛いほど身に沁みている私達は、予想していたとは言え思わず深いため息をついてしまった。
その時、これまでずっと静観していた悠希くんが、ふいに耳打ちをしてきた。
(そろそろ、僕の出番みたいですね)
確かに、この状況を動かすとしたら彼の登場が必要かもしれないけれど、今の話を聞いていたらやっぱり沙織には会って欲しくない気持ちが込み上げてきて、まるで引き止めるように繋いでいた彼の手をギュッと握ってしまった。
すると、こんな状況だというのにそんな私の仕草に、悠希くんが妙に嬉しそうな表情を浮かべると、そっと私の手を引き寄せてその指先に口づけを落とした。
(大丈夫ですよ)
悠希くんが不安気な私を安心させるようにそうささやくと、小声で樹ちゃんにも「朱里さんを頼みます」と言って、静かに席を立った。
私は悠希くんがキスしてくれた指先をもう片方の手でギュッと握り込むと、祈るように彼の後ろ姿を見守った。
本日は、夜にもう1話更新する予定です。
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