41 不穏な連絡
たっぷりと充電したあと、夕飯までまだ時間もあるし気分転換も兼ねて、近くの緑道公園へウォーキングにいくことにした。
新緑の並木道を歩いているとふいに私のスマホの鳴ったので、確認するとそれはしぃちゃんからのメールだった。
「ちょっと相談したいことがあるから、今から来れないかって……。それでね、もし都合がつくなら悠希くんにも来てもらって欲しいって書いてあるんだけど……」
「僕も、ですか……」
急な呼び出しなんて初めてのことだったし、彼も一緒にだなんて一体何だろうかとちょっと不安になってしまった私は、何気なくそばにいた悠希くんの腕にそっとつかまると、彼が急に体をかがめて私の唇にチュッと軽くキスをした。
「な、なに、急に……っ! こ、こんなところで、そういうのは、ダメ、だからね……」
木陰に遮られているとはいえ誰かに見られたらとどぎまぎしながらそう言った私に、だけど悠希くんは悪びれずにいたずらっぽく答えた。
「何か不安そうな顔をしていたので、また元気が出るおまじないをと」
もう……! と、顔を熱くさせながらむくれて見せたけれど、その効果は身に沁みている。おかげで本当に不安な気持ちもちょこっと吹き飛ばされた気がして、彼なりの励ましに心の中でまた感謝していた。
「では、ひとまず一緒に行ってみましょうか」
「うん、ありがとう」
◇◆◇
「急に来てもらってごめんね……」
その場に集まっていたのはしぃちゃんだけではなく樹ちゃんや晶ちゃんもいて、何となく彼女達の表情が曇っていることに、またもや不安が顔をのぞかせる……。
しばらく、三人で何やら顔を見合わせながら話を切り出すタイミングをはかっているような感じだったけど、ようやく意を決したようにしぃちゃんが口を開いた。
「朱里、落ち着いて聞いてね。実は、三日前くらいに沙織から急に連絡が来たんだけど……」
その名前を聞いた瞬間、心臓がドクリと、嫌な音を立てた。
一気に、フラッシュバックする嫌な記憶に思わず両腕をギュッと抱え込んで何とかこらえようとする私を、隣に座っていた悠希くんがすかさず抱き寄せてくれた。
そんな私を、三人もおろおろしながら心配そうに見つめていた。
しばらく彼にゆっくり背中をさすってもらい、少しずつ強張った心と体から力を抜くことができたので、とりあえず続きを聞いてみることにした。
沙織からの突然の連絡は、晶ちゃんに来たらしい。
「それがね、実は『吉沢悠希』って人を知らないかって、聞かれて……」
「僕、ですか?」
突然、悠希くんの名前が出てきて、びっくりしてしまった。
しかし、彼女とは同じ高校だったし、私と彼が当時付き合っていることは周りの友達も知っていたので、沙織が悠希くんを知っていても、それは別におかしいことではないけれど……。
それが、なんでついこの間、悠希くんとはじめて対面した晶ちゃんに連絡が行ったのか検討もつかない。
「もちろん、二人と会った事は三人とも誓って口外してないし、今のところ朱里ちゃんについては何も聞かれてないけど、タイミング的にちょっと不安になって……」
心配なのは、そこだ。
三人ともあの事があってから大学では沙織と距離を置き、連絡も絶っていたらしいけれど、共通の知人はいたので、そこから晶ちゃんへコンタクトをとってきたのかもしれないけれど……。
とりあえず、最初は晶ちゃんもスルーを決め込もうとしたらしいけど、その後もとにかく一度会って話を聞いて欲しいと結構しつこく連絡がきて怖くなったので、しぃちゃんや樹ちゃんにも相談して、余計な詮索をされる前に一度用件だけでも聞いてみようかと考えたらしい。
「ただ、私たちが勝手に行動してこじれたりして、二人が巻き込まれるようなことになったらと心配になって、その前に朱里ちゃん達からも意見を聞いてから決めようと思って……」
「僕が、直接対応しましょうか?」
「万が一の時は、お願いする事になるかもしれませんが、まずは相手の出方を伺ってから考えてもいいんじゃないかと思います」
悠希くんの申し出に、三人はちょっと考えたあとそう答えた。
「ですが、そうすると、あなた方に迷惑をかけしてしまうことに……」
「私達……あの時は朱里に何もしてあげられなかったから、今度こそ力になりたいんです」
沙織の名前を聞いただけですっかり縮こまっていた私だけど、しぃちゃん達のその言葉に胸を打たれた。
「でしたら、最初、自分はバレないように近くに待機しています。途中で対応が厳しくなったら僕が直接話をしますので、無理はしないでください」
正直、私はもう沙織とは全く関わりたくないし、やっと手に入れた今の生活をこれ以上邪魔されたくなかった。
本当は悠希くんにも皆にも関わって欲しくないけど、しぃちゃん達だって本当は会って話すのは嫌なはずなのに、私達に累が及ぶ前に対処してくれようとしている。
「その話し合いの場に、私も行っていいかな?」
そう思ったら、気づいた時には私の口からそんな言葉が出ていた。
「あ、行くって言っても……。私もバレないように近くの席とかで……」
直接会う度胸まではないけれど、彼女達に嫌な役目を押し付けてしまうのなら、せめて私も一緒にその場にいることだけでしもしたかった。
「私たちの事なら大丈夫だから、わざわざ嫌な思いとかしなくていいんだよ……。気になるんだったら、話し合いの様子を録音とかしておくし……」
実際に、対応してくれるのは皆の方で、きっと自分にできることなんて何もないのかもしれない。
大丈夫かと聞かれたら全然自信はないし、またさっきみたいに激しく動揺したりしてしまうかもしれないけれど、私もやっと取り戻した今の時間を少しでも守りたくて、せめて近くで皆の無事を祈りたかった。
そんな思いを打ち明けると、しばらく難しい顔をしていた悠希くんが静かに口を開いた。
「朱里さんの気持ちは、分かりました。本当に、無理だけはしないでくださいね」
そう言って、私の思いを何とか汲んでくれたのだった。
「僕も朱里さんのそばについていますから、気分が悪くなったらすぐに教えてくださいね。もし、貴女が大丈夫と言っても僕が無理そうだと判断したら、すぐにその場から離れて休むこと。いいですね?」
悠希くんの言葉に、素直にコクンとうなずいた。
皆がせっかく頑張ってくれようとしているのを、私が無理して迷惑をかけるようなことはしたくないから、彼の判断には素直に従おうと思った。
それから当日の打ち合わせをした結果、まず最初は沙織から連絡がきた晶ちゃんとしぃちゃんとで、沙織に会って用件を聞く。
私と悠希くんと樹ちゃんは相手に気づかれないように、近くの席にあらかじめ待機しておいて、場合によっては悠希くんが直接対応に出るという事にした。




