39 年下彼氏からのお願い
悠希くんのご両親を見送って、後片付けを済ませるとやっとひと息つけた。
「今日は両親に会ってくれて、ありがとうございました」
「私こそちゃんと挨拶ができる機会を作ってくれて、ありがとう。本当に素敵なご両親だね」
思いがけない話で感動したり、盛り上がったりと色々あった一日だったけど、すごく楽しく過ごせて心の底から良かったと思った。
「悠希くんのご両親が、今でもお互い名前を呼び合っているのがすごくいいなって思った。ウチの両親はもうお互いに「お父さん」「お母さん」呼びなのに」
「じゃあ、僕達もお互いをずっと名前で呼ぶようにしましょうか」
「そうなれたら、嬉しいな」
仲の良さそうなご両親の姿に、想像の中でつい未来の私たちの姿を重ねて、思わずニヤニヤしそうになるのをぐっとこらえていると、悠希くんから声をかけられた。
「でも、それにはひとつお願いがあるのですが……」
「ん、何?」
「その『くん』づけじゃなくて、名前だけで呼んで欲しいです」
「え?」
「今、試しに1回『悠希』って呼んでみてくれませんか?」
何かと思えば、そんなささやかなお願いを口にした悠希くんを心の中でちょっとかわいいなんて思ったりしながら、それなら彼の希望通りに呼んであげようと思ったのだけれど……。
「ゆ、ゆ……」
あれ? 何かあらたまって呼ぶとなると、妙に照れくさくなってなかなか言葉が続いてくれない。
「朱里さん」
悠希くんが期待を込めた目で、じーっとこっちを見つめてくる。
「……悠希」
ちょっぴりブレッシャーを感じながらも、ちょっとの沈黙のあとやっとのことでぽつりと彼の名前を呼ぶと、
「よく出来ました」
そう言って、突然、悠希くんが唇をついばんだ。
「ちょ……っと、ゆ、悠希く……んんっ!?」
不意打ちのキスにおどろいて声を上げると、その途中でまた悠希くんが唇を奪ってこう言った。
「これから『くん』づけしたら、お仕置きとしてキスしますからね」
「そんな、急には無理だよ……!」
「じゃあ、今日からたくさん練習しましょうね。はい、また呼んでみてください」
心臓をバクバクさせながら抗議したけれど、意に介さず悠希くんがまた私に名前を呼ばせようとする。
「悠希……」
仕方なく、もう一度彼の願いを叶えると、
「今度は、ご褒美のキスですね」
そう言って、また口づけを落とした。
「もう……! 結局、どっちにしてもキスするなんて、ずるい……!」
思わずむくれた顔をして抗議の声を上げた私に、彼はクスクスと笑うばかりだった。
自分ばかりが照れてしまっているのが何だか悔しくなって、彼にも同じ思いを味あわせようと『じゃあ、私のことも「さん」付けじゃなくて名前だけで呼んでみて』と言いそうになったけれど……。
ふと、想像してみただけでカッと体温が一気に上がってしまい、これじゃあ余計に悠希くんの思うツボになりそうな気がして、口を閉ざすことしか出来なかった。
だけど、そんな私の様子に、全てお見通しというような顔で悠希くんがにっこり笑うと……。
「もっと、呼んで……。朱里」
心臓が止まってしまうかと思った……。
「っ……!!!」
絶句したまま、意地悪な彼の胸をポカポカと叩いてみたけれど、それすら彼の笑みをもっと深くするだけで、全然効いていない。
「もっと、呼んで」
だけど、熱を帯びた眼差しで見つめられもう一度そう言われると、私はそれ以上抗うこともなくあとは請われるままに、何度も彼の名前を呼んだのだった。




