38 隠れファン
台所で悠希くんのお母さんと一緒に感動に浸っていると、そこへ思いがけず冷ややかな声が飛んできた。
「母さん……まさか朱里さんをいびったじゃないでしょうね?」
空いたお皿を下げにきた悠希くんがちょうど泣いている私の姿をみて、何でかすかさず疑惑の目を実の母親に向けた……。
「ち、違うわよっ……」
「お、落ち着け、悠希……。翠さんがそんなことするわけないだろう」
あわてて否定するお母さんをかばうように、お父さんが間に入り……。
「悠希くん、本当に違うの。お母さんの話に、すごく感動しちゃって嬉しくて泣いたの」
私もそんな彼の態度にあわてて涙をゴシゴシ拭いて息を整えると、やっとのことで悠希くんに本当の事を伝えた。
「本当ですか?」
正直に話したのにそれでもなお念押しで聞いてくる悠希くん、心配してくれるのはすごく嬉しいけれど、私のこととなるとちょっと過保護気味になってしまう彼に、心の中でこっそり苦笑いしてしまった。
「うん。すごく素敵なご両親に育てたれたから、悠希くんもこんなに優しいんだなって思えたよ」
私の素直な言葉に、やっとのことで悠希くんが表情を和らげるとほんの少しそっぽを向いて、
「……確かに、二人はいつも僕の気持ちを尊重してくれて、静かに見守ってくれたことに、感謝しているよ」
ぼそぼそと日頃の感謝をご両親に告げると、二人とも感極まったように目尻を滲ませていた。
「悠希くんのお父さん、お母さん、これからもよろしくお願いします」
私はそんな悠希くんのご両親にあらためて頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくね」
お母さんが私の手を両手で包み込んでくれて、お父さんはそんなお母さんと私の背中にそっと手を添えてそう言ってくれた。
そんな微笑ましい光景だったけれど、10秒くらい経つと私の背中に添えられた父親の手を悠希くんがやんわりと払った。
「……」
彼以外の三人に一瞬の沈黙がおりる……。
すると、ご両親が私の手を取ったまま、ススッと息子から距離を取った。
「二人とも……何の真似ですか?」
その行動に対して悠希くんが怪訝な顔つきをすると、まるでじりじりと間合いを詰めてくるかのようにこちらに一歩踏み出した。
「いや、何か、ちょっとね……」
実の息子相手に二人ともゴクリと息を呑むと、またもや私ごとススッと悠希くんから距離をとって、素早く耳打ちしてきた。
(本当にいいの? 我が息子ながら、朱里ちゃんに対して一途すぎるというか……ちょっとウザくない?)
言葉を選ぶのがめんどくさくなったのか、お母さんがどストレートに聞いてきた。
(大丈夫かい? 悠希のことで困ったことがあったら、遠慮無く相談してくるんだよ)
二人の言葉に思わず笑いがこぼれそうになったけれど、この上なく愛のこもった心配に私は幸せな気持ちでいっぱいになった。
◇◆◇
「まあ、朱里ちゃん小説書いているのね」
悠希くんのご両親とも和やかな夕食を囲み、話の流れで打ち明けることになった。
「はい……。と言っても、趣味の範囲内ですが……」
いい年をして、お金にもならない夢を追いかけているというのはあまりよく思われないんじゃないかと心配だったけれど、すんなり受け入れてもらえてホッとしていた。
「どんな小説を書いてるの? タイトルは?」
「えと……」
「母さん、朱里さんを困らせないでください」
悠希くんが止めてくれたけれど、きっとこうやって話を広げて打ち解けるきっかけを作ってくれようとしているだけで、いくらお母さんでもわざわざネット小説までは見ないだろうと、だいぶ恥ずかしいけれど話のタネになればくらいの気持ちでタイトルを口にした。
「『瑠璃の雫』とか……」
ぽつんとつぶやいた途端、お母さんの眼の色が変わったような気がした。
「……ねぇ、もしかして『朝焼けの記憶』を書いていたのって、朱里ちゃんなの?」
「ええっ! なんでお母さんが私の過去作を……?」
「まあ、何てことでしょう……! じゃあ、『渚の君』や『影に恋して』も、朱里ちゃんが書いたのね」
いつの間にか前のめりになりながら、私の書いたタイトルを次々と上げていくお母さんにタジタジになっていると、お父さんが教えてくれた。
「翠さんは、昔から少女小説や少女漫画のファンでね」
「そうなのよ、恥ずかしいけれど生粋の少女小説育ちでね。こんな歳でも読むのが辞められなくて、とうとうWEB小説にまで手を広げたんだけど、でも、最近の作品は私が学生時代に夢中になっていた頃とは、ずいぶん変わっててね……。そんな時に出会ったのが『朝焼けの記憶』だったのよ。設定は今風なんだけど、ストーリーは古き良き王道で、もう、胸がきゅんきゅんしちゃうの! それからその人が投稿している作品は全部読んだわ」
相当読み込んでくれているのが分かるほど熱く語ってくれて、まさか悠希くんのお母さんが自分の隠れファンになってくれていたなんて、びっくりするやら気恥ずかしいやらで終始どぎまぎしてしまった。
お母さんはそのあとも興奮冷めやらぬ様子で話し続けたのだけれど、さすがにしゃべりすぎたのか喉がかわいたとお茶のおかわりを用意しに席を立ったところで、思わずふぅ、と息をついた。
「わざとではなさそうですね……」
キッチンから聞こえてくる母親の鼻歌に思わず悠希くんが、ぼそりとそう呟いた。
「え?」
「いえ、朱里さんに取り入ろうと事前に色々リサーチして、話を合わているのかと思ったんですけど……」
何やらまたもや疑惑の目を向けていたけれど、あの様子を見る限り私の書いた小説とは知らずに、本当に偶然、以前から読んでいてくれたんだと私は思う。
すると、そんな彼にお父さんがからもひと言……。
「翠さんはそんなことしないよ。悠希じゃあるまいし」
思わぬカウンターが返ってきて、めずらしくグッと言葉に詰まったような顔をした悠希くん、思い当たるフシがあるのかチラチラと横目で私の表情を伺っている様子に、思わず小さく笑ってしまった。




