33 年下彼氏の異変
温泉旅行から帰ってくると、また普段と変わらない日常が戻ってきたのだけれど……。
彼はもう休日に限らず平日も私の部屋に来ては、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるおかげで、私はほぼ毎日執筆に時間をあてることが出来ている。
それはそれでありがたいけれど、ここのところふとした瞬間にどこかぼんやりとしている悠希くんの様子を目にすることがあった。
やっぱり負担がかかって疲れているのかと思い、無理しないようにと声をかけてみても「大丈夫」と言いうばかり……。だけど、執筆をしているとふと後ろからギューっと抱きしめられたかと思えば、私の首筋に顔を埋めてスリスリと鼻先を擦り付けたりと、どことなく甘えるような仕草をしてくる。
普段、私が創作をしている間は邪魔をしないようにと、こっちがじれったくなるくらいスキンシップを控えている彼だけど、とりあえずそんなめずらしい行動を起こす悠希くんの背中を無言でポンポンと撫でてあげると、何となく安堵したように体の力が抜けた彼の重みを受け止める。
そんな、どことなく様子がおかしい悠希くんを、少しでも励まそうとふとカレンダーに目をやる。
「そういえば、もうすぐ悠希くんのお誕生日だね」
「覚えててくれたんですか?」
すると、ちょっと大げさに悠希くんが驚いてみせた。
「わ、私だって……さすがに悠希くんの誕生日は忘れないよ!」
バレンタインデーを忘れていた前科があるので、多少からかわれるのも仕方ないかもしれないけれど、思わずむくれてしまった。
でも、ちょっとだけはずんだような声の悠希くんに、心のなかで小さくホッとしていた。
「それでね、今度こそ何かプレゼントを贈りたいんだけど、何か希望はある?」
以前、欲しいものを聞いた時は……あんな展開になっちゃったから、とにかく、誕生日にはやっぱり何かプレゼントを贈りたくて、お出かけやこの前の旅行の機会にそれとなくリサーチしようとしたけれど、やっぱり物にはあまり興味を示さないので、降参して素直に希望を聞いてみることにした。
すると、悠希くんからは、またもや思いがけない答えが返ってきた。
「それなら、僕からプレゼントを贈らせてもらえませんか?」
「え……?」
「だめですか?」
「いや、だめとかじゃないけど……。悠希くんの誕生日なんだから、私から何か贈りたいなって」
その気持ちはもちろん嬉しいけれど、私だって悠希くんにも何かしてあげたいと思うのに、彼はいつも自分のことは後回しにしてるような感じがして、それが何となく寂しいというか、お互いを大事にしたいという気持ちがうまく噛み合っていないような気がして、ほんの少し歯がゆさを覚えていた。
「じゃあ、『朱里さんがプレゼントを受け取ってくれる券』を、僕のプレゼントってことにしてください」
そんな私の思いをよそに、さらにそんな事を言ってくる悠希くん。内心、納得はいっていないけれど、彼のプレゼントは私がこっそり選んで別に用意するとして、ひとまず悠希くんの希望を受け入れることにした。
「じゃあ、これ参考までに目を通しておいてください」
私が了承すると彼は嬉しそうな顔をしてそう言うと、いつの間に用意していたのか目の前にパンフレットの束がドサリと置かれた。
ところどころ付箋が張られていたので、試しにペラペラめくってみるとどのページも指輪が掲載されている箇所ばかりだった。
それにどういう意味が込められているのか、つい先走った想像をしてしまって勝手に胸が高鳴っていく。けれど、それを面と向かってそれを聞く勇気が出なくて、もじもじしながら次から次へとページをめくっていった。
「気に入りそうなデザインがありましたか?」
思わず見入っていた私に、悠希くんが声をかけてきた。
「この、書体きれい」
「……え?」
「この用紙は光沢があって、写真の発色がすごく良い」
照れ隠しで、思わず仕事に結びつけてパンフレットのデザインや作りに興味が移ったフリをしてしまった。
「朱里さん」
「わ、わかってる。ちゃんと、指輪も見るから」
そんな私を悠希くんが真顔でジッと見つめてくるので、あわてて中身に視線を戻すのだった。




