31 初めての旅行
「悠希くん! 見て見て、あのバスちょっとレトロで可愛い! あ、あのお土産物屋さんも、何か面白い物いっぱい置いてある……わっ!」
悠希くんとの初めての旅行に来た私はすっかりはしゃいでしまい、あちこち目まぐるしく視線をさ迷わせ過ぎて思わずつまづいてしまった。
「大丈夫ですか?」
すると、前を歩いていた悠希くんがあわてて振り返り、心配して駆け寄ってきてくれた。
さっきまで並んで歩いていたのに、今みたいに目についたものにすぐ視線を奪われてしまう私は、いつの間にか彼から遅れてしまい、さっきから同じ事をちょいちょい繰り返してしまっていた。
「ご、ごめんね。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったかも……」
「仕方のない人ですね。また、人にぶつかるといけないですから」
見かねた悠希くんに、ガシっと手を繋がれてしまった。
彼はスマホ片手にナビを見ながら道案内をしてくれていたので、ふと操作する時にもう片方の手が塞がっていると何かと不便かもと思って、あえて遠慮していたというのに……。
「では、行きましょうか。確か、この先の十字路を左に曲がって……」
旅行先は二人で話し合って決めたけれど、どちらかというと行き当たりばったりなタイプの私とは違い、何事も入念な悠希くんはキッチリとしたプランを立ててくれているようだった。
「あ、でも、こっちの小道の方が車も少なそうだし、何か良い匂いもするよ」
「え? あ、ちょっと、待ってください」
けれど、ついつい直感まかせに動いてしまう私は、何やら美味しそうな匂いに誘われて、せっかくエスコートしてくれようとする悠希くんを、反対にぐいぐいと脇道に引っ張り込んでしまった。
「わぁ! 何かイベントやってるよ」
どうやら私の鼻が利いたみたいで、少し歩いた先の広場みたいな場所でイベントが行われており、特産品やご当地グルメの屋台も立ち並んでいた。
「美味しそう……」
「ここで食べてしまうと、せっかくのお昼が入らなくなってしまいますよ」
悠希くんの言う通り、実はすでに事前に調べた地元で人気のお店にランチの予約を入れていたので、何とも悩ましい選択を迫られる。
「じゃ、じゃあ、すごく考えて厳選する……!」
このまま屋台グルメを全て我慢するのはあまりにも惜しいので、どれかひとつくらいは食べることにしようと思った。
「全く……まあ、せっかくですから、半分こして食べましょうか。そしたら、もう少し色々な料理を味わえるでしょう」
すると、またもやそんな私を見かねた悠希くんの提案のおかげで、ランチのお腹の余裕も残しつつ、二人で屋台の料理をシェアしながら、ちょこちょこ買い食いを堪能することが出来た。
「あのコロッケ、すごく美味しそうだったね」
名残り惜しいけれど今回泣く泣く諦めた特産品のかわりに、そのお店のチラシやパンフレットなどをどっさりと持ち帰る私……。
「どれも、美味しそうでしたね。それにしても、ちょっと欲張ってしまったんじゃないですか」
お土産用に持参していたエコバックに、うっかり入れ過ぎてややズッシリとしてしまったパンフレットの数々に、悠希くんも思わず苦笑していた。
「た、確かに、あとでお取り寄せとか出来たらいいなっていうのもあるけど、でも、それだけじゃなくて、実は会社で似たようなお仕事も多いから、参考資料になればなって……」
私だって、ただ食い意地が張っているだけではなく、一応、普段から気になったフリーペーパーやお店のパンフレットは参考のためにと持ち帰り、こっそりファイリングしていたりしたのだ。
それに、悠希くんとの初めての旅行だから、旅の思い出にと思ったらついついあれこれと手にしてしまっていたというのもあるけれど……。
「以前、朱里さんは今の仕事はやりたかった事とは違うと言っていましたが、それでも出来る限りの事をやろうとするところは本当に貴女らしくて、そういうところが凄いなと思います」
そう言って、悠希くんは重くなったエコバックをかわりに持ってくれた。
「あ、ありがとう……。でも、ごめんね。せっかく悠希くんがプランを考えてくれてたのに、勝手に寄り道したあげくに余計な荷物まで増やしちゃって……」
「いえ、結局こっちの方が僕も楽しかったですし、何より朱里さんの奔放で、そうやってくるくると表情が変わるところを見るのが好きなので、だから何か思いついた時は、遠慮しないで言ってみてくださいね」
いつだって私のために何かしてくれようとしているので、たまには悠希くん自身も楽しんで欲しいと密かに思っていたから、強引に引っ張ってきてしまったとちょっと心配したけれど、そう言ってもらえて嬉しくなった。
「ありがとう! じゃあ、お昼食べたあと、この清流下りに乗ってみたいんだけど?」
悠希くんの言葉を真に受けた私は、もっと一緒に楽しめたらと妙にはりきってしまい、先ほど手にしたばかりのパンフレットの中から清流下りの観光案内チラシをつい差し出してしまった。
「……いいですよ」
またもやプランを変更してきた私に、悠希くんは一瞬、返答までに間が空いたような気がしたけれど、にっこりと了承してくれた。




