30 これからの時間
「結局、そのまま大学に行けなくなって、退学すること……」
単に、沙織とのことだけなら、無視していればまだ何とかやり過ごせたのかもしれない。
だけど、それまで色んな人からの非難にさらされた経験なんてなかった私は、初めて人の目が怖くなってしまった。
事のいきさつを聞いた両親もはじめは憤慨していたけれど、相手に腹を立てるより私のこれからの方が大事だと、話し合いを重ねた。
今になって思えば、休学するなり別の大学へ転入するなり、他の方法もたくさんあったのかもしれない。将来、夢とは別にどんな形でもいいから、本に関わる仕事に就きたいという希望もあったのに、その時の私はもう大学から逃げたいとしか思えなかった。
地元へ戻る話も出たけれど、沙織とは高校も同じだったし地元の友達にまで噂を広められていたらどうしようって、自分に非が無くても拡散される怖さを目の当たりした私は、帰る気にはなれなかった。
そこで、県外にいた父方の伯母に事情を打ち明け、半年ほどその家で休養させてもらったあと新天地での社会復帰を目指して、今に至る。
話し終わると、悠希くんがずっと握っていてくれた私の手を、さらにぎゅっと握りしめて言ってくれた。
「とても、辛い思いをされたんですね。僕は、朱里さんが一生懸命、打ち込んでいる姿を知っています。誰が何と言おうと、僕は朱里さんの味方ですからね」
心強いその言葉に、私も繋いだ手をぎゅっと握り返して小さくうなずいた。
「わ、私たちもっ……み、味方だからね!」
気がつけば、他の三人もずびずびと泣いていた。
当時、彼女達は私を擁護してくれて、噂の拡散も止めるよう働きかけてくれたらしいけれど、結局、どうする事も出来ず苦い思いをしたらしい。
当時は、塞ぎ込んで周りに目を向ける余裕がなかったけれど、こうやって私を心配してくれた人達もちゃんといたんだと、今になって知ることができた。
「これからは僕が、ずっとそばにいて朱里さんを守ります。だから、失くしてしまった分の笑顔は、これからゆっくり取り戻していきましょうね」
あの時のことを思うとまだ胸は痛むけれど、今、私の隣には自分の全てを優しく包み込み守ろうとしてくれる人がいて、一緒に泣いてくれる友人にもまた出会えて、その幸せを今ちゃんと心で感じることができているのが嬉しかった。
「起こった事は変えられないけれど、私はまたこうやってみんなと出会えて嬉しい。だから、これからはまた楽しい時間を過ごせることを、考えていけたらいいなって思う……」
皆のおかげでやっと、本当にそう思い始めることが出来そうな気がした。
「うんうん。また、みんなで集まって、遊んだりしようね……」
私の言葉に、三人も泣き笑いの顔で賛同してくれた。
「悠希くんも、今日は話を聞いてくれて本当にありがとう。少し胸のつっかえもとれた感じがする」
彼にもあらためて感謝を伝えた。
「僕に出来ることがあれば、遠慮せず言ってください。これからもっと朱里さんの心を揉みほぐしてあげますからね」
どこまでも優しい悠希くんの気持ちに、心がじんわりと温かくなるのを感じていたけれど、ふと彼がにっこり笑ってスッと顔を寄せてきたかと思えば……。
耳打ちされた言葉に、体温が一気に上がったような気がした。
皆には悠希くんの言葉は聞こえてなかったかもしれないけれど、囁かれたあと顔が異常に熱くなってどぎまぎするばかりの私の様子に三人は……。
「じゃ、じゃあ……。また今度、みんなで予定を話し合って集まろうよ」
「うん、うん……! 会えなかった分、これからいっぱい遊ぼうね」
「あ、来月、連休もあるし、ちょうどいいかも」
全力でスルーしてくれる彼女たちの優しさに、心の中でこっそり感謝しつつ、友達と集まってワイワイなんて本当に久しぶりのことだから、三人からのお誘いにそわそわしかけた時だった。
「朱里さんを誘ってくれるのは大変嬉しいのですが、今度の連休は彼女を独り占めにする予定なので、遠慮していただけると助かります」
「え?」
ニコニコと微笑みを称えたまま、突然牙を剥いた悠希くんの独占欲に彼女たちはもちろん、私まで思わず固まってしまった。
「実は、今度の連休は朱里さんと一緒に旅行をと考えていまして、ダメですか?」
びっくりしたけれど、悠希くんからのそのお誘いに思わず胸が高鳴った。
「ううん、すごく嬉しい。でも……」
家族以外の誰かと旅行なんて、思い返せば高校の修学旅行以来で、それを悠希くんとだなんて想像すると否応なく胸が踊ってしまう。だけど、せっかくしぃちゃん達も誘ってくれようとしていたので、どうしようと返事に困っていると……。
「うちらは、全然大丈夫! これからいくらでも集まる機会はあるんだし、もう、今回はどうぞ、彼氏さんと、心置きなく楽しんできて!」
またもや全力で気を利かせてくれた彼女たちの言葉に、私も素直に甘えることにした。




