29 裏切られた友情
「沙織、聞いたよ〜。何かサイトに投稿した小説が人気なんだって?」
「書籍化しませんかってメールも来たとか、すごいじゃん」
学生食堂に行くと、話題の中心に沙織がいた。
「そんな……私はただ誰かに読んでもらえたらってくらいで、そこまでは考えてもなくて……」
みんなに囲まれて、ほんの少しどぎまぎしながら彼女が答えていた。
「もうこの子ったら、欲がないんだから。まあ、そういう謙虚なところが沙織の良いところなんだけど。でも、すごい人気が出てるんだから考えてみたら?」
普段から特に沙織を可愛がっていた山崎先輩がそう言ったけれど、どことなく歯切れの悪い返答を繰り返していた沙織を、私は呆然と眺めていた……。
そんな私の視線に気づいたのか、沙織がふとこっちを向いて視線がかち合った瞬間、サッと目を逸らした彼女を見て、私は確信してしまった。
「どういう、こと……? あれは、私が書いた作品だよね?」
私はとりあえずひと気がない場所に沙織を呼び出して、問い詰めた。
「あ、あのね、これは違うの……」
「何が違うのっ……!?」
おろおろしながら言い訳を口にした彼女に、私は思わず大きな声を上げてしまった。
「こ、こんな、大事になるとは思ってなくて……。ほんの出来心で、そんなつもり全然なかったのっ……!」
彼女は私が応募しようとしていた作品を、無断でWEBサイトに投稿していたのだ。
つまり、盗用だ……。そして、皮肉にもその作品が大きな注目を浴びることになり、出版社の目にも止まったとのことだった。
「だ、だって、いっつも朱里ちゃんばっかりみんなからちやほやされてて、朱里ちゃんのせいで私はいつも引き立て役に……だから、ちょっとくらい注目浴びてみたくて……」
途中から沙織が泣きじゃくりながら、理由を話し始めたけれど彼女の言い分は私には全くわからなかった。
むしろ、信頼していた友達からこんな裏切りを受けて、泣きたいのはこっちの方だというのに……。
ただ、ほんの出来心だというのは、目の前の彼女の様子を見るとウソではないみたいで、さすがの沙織も、これほどの反響は予想しておらず、内心、話が大きくなってきて不安でビクビクしていたみたいだった。
だからと言って、彼女がやった行為はとうてい許せるものではないけれど。
「……とりあえず、自分のやったこと認めて、周りにもちゃんと説明して」
ひとまず、一刻も早く自分の作品を取り戻したい気持ちでいっぱいだった。
「そ、そんな……! 今さら、皆にそんなこと言えるわけないよ……。ねぇ、朱里ちゃん、作品はちゃんと取り下げるから、今回の事はそれで許して……。だってこんな事がバレたら私、生きてけないよ……。それとも朱里ちゃんは、私がそうなってもいいの? ねぇ、私たち友達でしょ、お願い……!」
沙織の言葉に怒りを通り越して、目の前が真っ暗になった。
彼女の口からは自分の保身ばかりで、正直、反省の色が見られなかった。そして、彼女はその場ですぐに作品を取り下げる手続きは取ったものの、そのまま逃げるように私の前から立ち去った。
そのあと、私はあまりのショックに茫然自失としたまま、数日間まるで抜け殻のように部屋に閉じこもっていたけれど、しばらくして何とかまた授業には出られるようになった。
けれど、沙織との縁は完全に断ち切り、徹底して彼女を避けて行動していた。はじめは他の友人からも心配して声をかけてきたけれど、私は無言を貫いた。
本当の事をぶちまけてやりたい気持ちもあったけれど、もうそれすらもしたくないほど彼女には関わりたくなかった。
だけど今思えば、それが裏目に出てしまったのかもしれない……。
しばらくして、普段から沙織を可愛がっていた山崎先輩を中心に、私が沙織を妬んで一方的に避けていると非難してきたのだった……。
これには私も黙っていられなくてすぐさま反論したけれど、投稿したのは沙織の方が先だったから、私がいくら証明を見せたところで、そんなのはあとからいくらでも細工できるのひと言で片付けられた。
挙句に、もう一人の当事者である沙織は口では「自分の方が悪いんだ」と言いつつも、件の説明は一切されず悲劇のヒロインのごとく嘆く姿に、逆に私の態度が生意気だと反感を買う羽目になってしまった。
そして、とうとう仲間内だけではなく、話した事もない他の学生にまでSNSで私の噂が拡散されてしまったことで、精神的にこたえてしまった私は外出もままならなくなって、そのまま引きこもってしまった……。




