28 心の棘
あれから、しぃちゃんともメールをぽつぽつ交わすようになって、連絡を絶っていた間のことも大まかにだけど伝えてみると、何だかほんの少し気持ちが楽になったような気もした。
時間が経って話せるようになったというのもあるけれど、悠希くんとの時もそうだったように、こうやって誰かに話すことで気持ちが軽くなる事もあるのかもしれないと、あらためて思わされた。
それから、彼女には大学の時に仲の良かった他の二人にも、会える段取りをとってもらっていた。
そして、当日。
私は悠希くんに付き添ってもらいながら、久しぶりに二人との再会を果たすことができた。
「ひ、久しぶり。晶ちゃん、樹ちゃん……」
何度も脳内でシュミレーションしながら練習してきたのに、やっぱり第一声は緊張して声がほんの少し裏返ってしまった。
「朱里ちゃん……。良かった、元気そうで」
あの頃と変わらず、小柄でほんわかとした雰囲気の晶ちゃんが、ほんの少し涙を滲ませながらも、優しくそう声をかけてくれた。
「朱里……。ずっと、心配してたんだからねっ……」
昔から冷静で四人の中では一番大人びていた樹ちゃんも、どこかぐっと感情をこらえるような顔をして声をかけてくれた。
「2人とも……今までずっと連絡もしないままでいて、ごめんね。でも、今日こうやってまた会えて、本当に嬉しい」
突然、連絡を絶って長い間音信不通だったにも関わらず、二人はあたたかい眼差しで迎えてくれて思わず胸がいっぱいになった。
静かに再会を喜んだところで、事前にしぃちゃんから色々とこちらの事情も伝えてもらっていたけれど、まずは今日一緒に来てもらった悠希くんを紹介することにした。
「実は、今日は二人に紹介したい人がいて、こちらは吉沢悠希くん。私の高校の時の後輩で、今お付き合いしてる人です……」
「初めまして、朱里さんと真剣に交際をさせてもらっている吉沢です。今日は遠いところから、彼女のために集まってくださりありがとうございます」
こうやって友達に悠希くんをちゃんと紹介するのも初めてのことだったから、紹介し思わるとまた別の緊張ですごく顔が熱くなってしまい、思わず手でパタパタと顔を小さく仰いでしまった。
すると、あらためて悠希くんを見た二人は、ものすごくギョッとしたような顔をして、咄嗟にしぃちゃんの方を振り向くと彼女が大きく頷いたことで、ほんの少しギクシャクとしながらも挨拶を交わした。
その光景が、何だか前回しぃちゃんが悠希くんがイケメン過ぎたからとかでものすごい勘違いをした時と少し似ていて、私は思わず小さく笑ってしまった。
「フフッ、イケメン過ぎるのも大変だね、悠希くん」
口をついて出た言葉に、何気にそっぽを向いた悠希くん……。
「あ、別に、今のはからかったとかじゃなくて、私も悠希くんのことはずっとカッコいいなって思ってたから、つい……」
せっかく一緒に来てくれたのに、友達の前で彼氏をからかうような言い方になってしまったかと、不安になったけれど……。
「いえ、朱里さんからそう言われると、その……」
めずらしく口ごもっている様子の悠希くんだったけど、彼の耳がほんの少し赤くなっているのに気がついて、気を悪くしたんじゃなくてただ単に照れていただけだと知ると、それにつられて何だか私まで照れてしまった。
「本当に、朱里が幸せそうで良かったよ!」
うっかり二人で照れ合ってしまったけれど、しぃちゃんのひと声でその場を収めてくれたので、いよいよ本題に入ることにした。
「こうやって集まってくれて、本当にありがとう。それで今日はみんなにお願いしたいことがあるんだけど……。まず悠希くんには、大学であった事を聞いてもらえたらと」
「はい。僕の方は大丈夫ですが、あまり無理をしないでくださいね」
「ありがとう」
そして、今度は三人に向かって頼みごとを話した。
「三人には、もし私が途中で話せなくなったりとかしたら、かわりに説明してもらってもいいかな? ごめんね、再会したばかりなのに私のわがままに付き合わせて……」
「何、言ってんのよ。朱里が謝るようなことは、いっこもないんだからね」
三人が口をそろえてそう言ってくれたので、ほんの少し勇気づけられた。
正直、あの時のことを振り返るのは辛くてたまらない……。
だけど、私はもうひとりじゃない。
またこうやって昔の友人と再会することも出来たし、何より悠希くんがそばで支えてくれているから、もう一度、過去と向き合ってみようと思えたのだった。
みんなのあたたかい言葉に背中を押されて、私はついに重い口を開いた。
◇◆◇
大学進学のために上京した私。
地元を離れての進学と初めてのひとり暮らしに、心細さも感じていた。
だけど、実は同じ高校からもうひとり、隣のクラスにいた岡本沙織も一緒の大学に進学していたことで、学科は違えど出身校が同じということもあり、お互い何かと助け合ったりしながらキャンパスライフを送っていた。
当時、授業や課題やアルバイトにと目まぐるしい日々に追われる中、執筆にも一生懸命打ち込んでいた。
そんな中、応募した作品は最終的には落選してしまったけれど、1次選考を通過したりなど小さな手応えも感じることがあり、すごく大変な生活ではあったけれど充実感のほうが勝っていたように思う。
そして大学生活も一年半がすぎた頃、本格的な就職活動に取り組む前にここで一旦、バイトを辞めて思いっ切り執筆に集中することにした。
限られた時間のなか寝る間も惜しんで、書いて、書いて、そしてひとつの長編小説を書き上げた。
「ねぇ、朱里ちゃん。私で良かったら、また文字校正とかしようか?」
当時、沙織からのその申し出は、私にとっては有り難いものだった。
「いいの? 今回、文章量が多いけど……」
「私も朱里ちゃんの夢を応援してるし、少しでも役に立てたら嬉しいしから。いつまでくらいがいい?」
沙織にはこれまでもちょくちょく下読みをしてもらっていて、文字校正だけじゃなく気になった箇所の意見や感想を聞かせてもらい、推敲の参考にしていたりした。
「応募を考えているコンテストの締切にはまだ3ヶ月くらいあるけど、期限ぎりぎりまで推敲して少しでも作品をブラッシュアップして出したいから、なるべく早い方が助かるけど……」
「わかった。じゃあ、頑張って早く読むね」
「無理言ってごめんね、沙織。でも、本当に助かる、ありがとう!」
沙織にだって自分のやらなきゃいけない用事もあるだろうに、そんな私の要望も彼女はこころよく引き受けてくれて、感謝しながら原稿のコピーを渡した。
高校の時は隣のクラスだったけれど、選択授業や体育の時間にはよく話していたグループの中の一人だった沙織。ちょっと引っ込み思案なところもあって、当時は常に行動する仲ではなかったけれど、大学に入ってからは特別に仲良くなり、私の事をいつも励ましてくれていたから、彼女への信頼もだんだんと大きくなっていた。
大学入学当初は、すぐに私の影に隠れてしまうような印象もあったけれど、その控えめな性格が逆に先輩たちからは可愛がられるようになって、彼女も少しずつ明るくなっていったような気がしていた。
だけど、それからしばらく経っても、沙織から何の連絡も返ってこなかった……。
一度、彼女に声をかけてみたけれど「やっぱり今回は文章量も多くて、少し時間がかかっている」と申し訳なさそうに言われると、頼みごとをして余計な負担をかけているのは私の方なので、忙しいなか貴重な時間を使ってくれているんだと思うと、あまり急かすような事も言えなかった。
幸いその時は、まだ締め切りまでの期間も余裕があったので催促するのは控えた。
それから、またしばらくの間は自分でも推敲を重ねながら、頃合いを見てもう一度、沙織に声をかけてみようかなと思っていた時だった。
「ね、ね! 聞いた? 何かね沙織が小説家デビューするかもだって」
「え……?」
同じサークルの子からの思いがけない言葉に、ドキンと心臓が大きな音を立てた。
「ほら、これ。山崎先輩から沙織の応援してあげてねって、連絡が回ってきたんだけど。朱里のとこには、来てないの?」
喜々としてしゃべりかけてくる子に件のメールを見せてもらい、教えてもらったサイトのページにアクセスすると、画面をスクロールしていくにつれて、私は頭から血の気がサーッと引いていくような感覚に陥った……。




