26 新たな再会
「良い天気だね」
新年度になってやっと仕事も落ち着き、私の執筆の方も一段落ついたので、今日は二人で久しぶりのお出かけとなった。
これまでほぼ会社と家の往復生活であまりお出掛けに慣れていない私のために、少しでもリラックスして移動できるようにと悠希くんが車を出してくれて、ちょっとしたドライブで海辺が一望できる人気のカフェに行くことになった。
「ごめんね。ここのところ私の時間を優先してもらってて…」
「いえ、朱里さんが頑張っている姿に、僕も励まされていますから」
「今日は素敵なカフェに連れて来てくれて、ありがとう」
「実は、ここのチョコレートケーキは一度食べてみたかったのですが、男ひとりではなかなか来れなかったので、僕こそありがとうございます」
抜群のロケーションにゆったりした雰囲気の店内で、他愛もない会話を交わしていると、やっぱりお家デートとはまた違うちょっと新鮮な楽しさを感じていた。
「そういえば、朱里さんは小説サイトに作品を公開していると聞きましたが、TwitterとかSNSで宣伝されたりとかはしないんですか? そのような活動をされている方も多く見受けられましたので……」
私のために色々とリサーチしてくれたのかもしれないと思うと、嬉しい気持ちでいっぱいになる。だけど、せっかくの悠希くんからの提案も、私はそれにはあまり乗り気になれなかった。
「うん……。そうした方がもっと多くの人に読んでもらえるきっかけになると思うけど……。ちょっとSNSには苦手意識があって……」
「確かに、ネットトラブルに繋がったりと難しい部分もありますからね。無理をしてまでする必要はないかもしれませんが、でも、気が向いて始めたくなった時は、一緒に利用の仕方も考えていきましょうね」
「悠希くん……。ありがとう」
いつだってそっと背中を押してくれるような悠希くんの言葉は、少しずつ私を前に向かせてくれる。
――ヴーッ、ヴーッ。
ふと、テーブルの端に伏せていた悠希くんのスマホが鳴った。けれど、彼は画面をチラッと確認しただけで、そのまま放置していた。
「電話、出なくてもいいの?」
「今はプライベートの時間ですし、自動で留守電に切り替わるので大丈夫ですよ」
だけど、一旦スマホが鳴り止んでも、また電話がかかってきて……。
「もしかしたら急用かもしれないし、私のことなら気にしなくていいからね」
「……ありがとうございます。では、少し席を外しますね」
何だか気が進まないような顔をしながらも、スマホを片手に彼が席を離れた。
悠希くんを待っている間、もう一度じっくりメニューでも眺めようかなと手を伸ばした時だった。
「あれ、もしかして……朱里?」
席の近くを誰かが通りかかった際に、ふいに自分の名前を呼ばれて思わずビクリと体をすくませたはずみで、メニューを落としてしまった。
「あ……」
すぐに拾おうとしたけれど、相手のほうが一歩早くそれを拾い上げると、私に差し出した拍子にパッと視線がかち合ってしまった。
「うそ、本当に……? やっぱり、朱里だ。やだ、元気だった?」
私は咄嗟に目をそらせたけれど、相手はどこか感極まった様子で話しかけてくる。
緊張で唇がわなわなと震え動悸が激しくなっていく、だけどここでいつまでも逃げてばかりではいられないのもわかっている……。
私は冷たくなった指先をぎゅっと握りしめると、覚悟を決めて口を開いた。
「ひ、久しぶり……。し、椎名さん」
情けないくらい声が震えてしまって、その様子に彼女も少し戸惑っていた。
「え、と……あ、久しぶり……。その、元気だった?」
「う、うん。今は、何とかやってる……」
「そっか……良かった」
何とかぎこちない会話を交わすもふと言葉が途切れてしまい、気まずいなかお互いに会話の糸口を探していたのかもしれないけれど、結局、二人とも次の言葉が見つからずいたずらに沈黙の時間だけが過ぎていった。
「お待たせてしてすみません。戻りました」
そこへまさに救世主のごときタイミングで悠希くんが戻ってきてくれたので、私は思わず潤んだ瞳で彼に助けを求めたのだった。




