23 どんなあなたでも
「え? え? よ、吉沢くん!? どうして、ここに……」
パッと振り向くと吉沢くんの姿がそこにあって、またびっくりしてしまった。
「僕は残業で遅くなった恋人を心配して、迎えに来ただけですよ」
普通に帰り道を心配してくれるのは嬉しいけれど、何の心の準備もないまま、たった今、課長にクライアント先の人と交際している事がバレて、思わず冷や汗をかいてしまった。
「ごぶさたしております。吉沢さん」
「こちらこそ、ご無沙汰しております」
仕事に支障をきたさない限り、特に咎められるような事ではないけれど、なんて説明すればいいのかあたふたしている私をよそに、吉沢くんと織田課長は何事もないように平然と挨拶を交わしていた。
「何かご依頼があれば、ぜひまたお声かけてください」
「こちらこそ。またご相談させてください。では、行きましょうか、朱里さん」
吉沢くんに手を引かれて、その場から連れて行かれる。
「え、でも、あの……」
まだ何の事情も説明も出来ていない上に、自分の知っている人に彼氏と手を繋いでいる姿を見られる気恥ずかしさもあいまって、言葉に詰まる私……。
「お疲れ。また明日、会社でな」
「あ、は、はい。織田課長、お疲れ様でした」
そんな状況でも、一切、態度を崩さず平然とした織田課長に何とか挨拶だけ告げると、無言で手を掴んだまま歩く吉沢くんの後をついていった。
「えっと……駅と違う方向だけど、どこに行くの?」
「今日は車で来ているので、この先にある駐車場です」
沈黙に耐え切れず声をかけてみたけれど、返ってきたやや冷ややかな声にオロオロしたまま少し歩いて、駐車場に着くと車の助手席に座らされた。
「織田さんと、何の話してしてたんですか?」
そう言いながら運転席から身を乗り出すようにして、吉沢くんに顔を覗きこまれて思わず息を呑んでしまった。
「別に、普通に仕事に関する事とか……」
「とか、何です?」
「いや、ちょっと聞きいてみたい事があったけど……」
「なら僕に話してください」
「え、と……」
「僕に言えないようなことを、織田さんに聞こうとしたんですか?」
何やらスイッチが入ってしまったかのような吉沢くんに詰め寄られて、タジタジになりながらとうとう事のいきさつを白状することにした。
「いや、その、女性からグイグイ迫るのは、男性から見てどうかななのかな〜とか……。そういう女性は、き、嫌われたり……しないかなとか」
「は?」
「だ、だから、この前、吉沢くんの静止も聞かずに、何回もキスしちゃったから、内心ドン引きされてたら、どうしよって思ったの……!」
全てぶっちゃけてしまった恥ずかしさにうつむいてギュッと目をつぶると、しばらくして大きなため息が聞こえてきた。
「はぁ……。何かと思えば、そんなこと……。僕がそんなことで嫌いになるわけないでしょ」
確かに、本気で嫌われたとは思っていないけれど、好きな人との事はどうしてもあれこれと気になってしまうのだ……。
「僕はどんな朱里さんでも、大好きです」
不意打ちの告白に、呼吸が一瞬止まったかと思えば、すぐに心臓がドコドコ鳴り始める。
「だから、僕とのことで悩んだ時は、他の男性にじゃなくて僕に相談してください。だって付き合っているのは僕達なんですから」
「うん……。ごめんね、次からは素直に吉沢くんに話すようにする」
鼓動は落ち着かないままだけれど、吉沢くんの言葉はもっともな事だし大事なところを見失ってはいけないと、素直に反省して謝った、のだけれど……。
「全く、昨日僕がどんな思いで我慢したかと……。分かりました。そんな心配をさせてしまったということは、僕からの愛情表現が足りていないということですね」
「え……?」
そう言うと吉沢くんが何だか意地悪そうな笑顔を浮かべて近づいてきて、あ、と思った瞬間には、もう唇をふさがれていた。
「ん……。こ、こんなところで、誰かに、見られたら……」
車の中でこんなことをするなんて、何だかイケナイコトをしているような感じがして、それを外から見られたらと思うと、恥ずかしくて吉沢くんの胸を押し返そうとしたけれど。
「じゃあ、こうしましょう」
吉沢くんは意に介さず助手席の座席を倒すと、私に覆いかぶさってきた。
「この角度なら、そんな心配いりませんよ」
そう言われて、心臓が跳ねる。
昨日とは立場が逆転したかのように、熱っぽい眼差しで迫ってくる吉沢くんに私は少し体を強張らせてしまった。けれど彼はそんな私の唇に、遠慮無くキスを幾度と無く落とすのだった。
「少しは、安心できましたか?」
唇が離れた時には、頭がくらくらしそうなくらい息が上がっていたけれど、吉沢くんの言葉には迷わずぶんぶんと首を縦に振ったのに……。
「んー。まだ、ちょっと足りていないみたいですね」
吉沢くんがふっと笑ったかと思えば、また唇を奪われたのだった。




