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20 思いがけない休日





 ――ピンポーン♪



「……んー?」



 インターホンの音に体がピクッと反応すると、意識がスーッと浮上していく。

 執筆しながらそのまま寝落ちしてしまったのか、机に突っ伏した格好で眠り込んでいたみたいだった。


 そこにまたインターホンが鳴ったけれど、残念ながらウチに訪ねてくるような友人なんてひとりもいないし、通販を頼んだ覚えもないのでどうせ勧誘か何かだろうと、いつものように居留守を使う。

 だけど、強張った体をゆっくり伸ばしたりしている間も鳴り止まず、これ以上は近所迷惑になりそうなので、仕方なく直接断ろうとそっと扉を開けると……。


「こんにちは。朱里さん」


 チェーンをかけたままのドアの隙間から、吉沢くんが顔をのぞかせたのでびっくりしてしまった。


「ど、どうしたの? 今日はお仕事だったんじゃ……。あ、ご、ごめん、こんな格好で……」


 断るだけだからと油断して、またもや少々くたびれた部屋着に、髪も無造作にまとめただけの姿で出てしまった。


「突然すみません。予定より早く片付いたので来ちゃいました。一応、行く前にメールは送ったのですが」


「ご、ごめんね、さっき起きたばっかりで、スマホの確認してなかった……。あ、ちょっ……5分だけ待ってて!」


 そう言うと、マッハで身だしなみを整え、吉沢くんを部屋に招き入れた。執筆もいいけれど、これからはもうちょっとこういう部分にも頑張って気を配らないとと思った。

 吉沢くんは部屋に入ると、机の上の画面がつきっぱなしのパソコンを見て何か納得したようだった。


「もしかして、また書き始めたんですか?」


「う、うん。何か、もうちょっとだけ、頑張ってみようかなって……思って」


「それは、何よりです。でも、あまり無理をしないように。ちょうど会社の近くにあるお店の美味しいケーキを買ってきたので、糖分補給でもしませんか?」


「わぁ、ありがとう。今、紅茶入れるね」


 吉沢くんが買ってきてくれたケーキはどっちも美味しそうで、お互いに選んだケーキをひとくち交換したりしながら、ゆっくりとしたお茶の時間を楽しんでいた。


「朱里さん、普段休日はどう過ごされているんですか?」


「う〜ん。ひとまず、一週間分ため込んだ家事を済ませて、あとは……寝て過ごすことが多いかな」


 こうやって口に出してみると、何とも寂しい休日の過ごし方にちょっと恥ずかしくなった……。


「たまに出掛けしたりとかは、しないんですか?」


「友達もいないし、ひとりだとスーパーに行くくらいで……」


 またもや悲しい事実を、吉沢くんに知らせてしまう……。

 大学を辞めたあと、それまでの知人や友人関係もリセットしてしまい、スマホにアドレスが入っているのは両親と仕事関係と、そして吉沢くんだけだった。


「では、今のところ僕が、プライベートの朱里さんを独り占めにできるということですね!」


 だけど、そんなぼっち生活を聞かされたにも関わらず、吉沢くんは困った顔ひとつ見せず、むしろこの上なく嬉しそうに笑ったもんだから、逆に私の方がちょっと戸惑ってしまった。


「あ、だからと言って、朱里さんのやりたい事の時間を邪魔したりしないので、今日も僕にかまわず執筆を続けてください」


「え? あ……」


 せっかく会いに来てくれたのに、もう帰ってしまうのかとちょっと寂しくなった。


「でも、まだもう少し一緒にいたいので、大人しくしているのでお部屋の隅っこに置いてもらってもいいですか?」


 すると、そんな私の様子を察してくれたのか、吉沢くんがそう言ってくれた。

 でも、そうは言っても、てっきり私は彼とDVDとか観たりして、まったり過ごすもんだと思っていたから、彼が本気で私の執筆の時間を優先しようと、逆に渋る私をパソコンの前に座らせるとは思ってもみなかった。


 吉沢くんに促されてひとまずパソコンに向かってみたものの、吉沢くんの存在が気になって机の脇に置いてある鏡でチラチラと背後の彼の様子をうかがってしまう……。


「やっぱり邪魔になるなら、お暇しますが……」


「邪魔とかじゃなくて、その、こ、恋人が近くにいたら、やっぱりそっちの方に興味がいっちゃうというか……」


 確かに、ちゃんと向き合うためにと頑張り始めたばかりで、こんな事言うのはアレかもしれないけど……。

 せっかくの二人きりの空間に、やっぱり心のどこかに淡い期待も生まれるし、そばにいるともっと近づきたいなと思ったりしてしまうのだ。


「今日のところは、その言葉だけで十分ですよ」


 彼なりに私のことを想って、距離感を保ってくれようとしているのはわかるけれど、いざそう言われると何だか線を引かれているような気がして、一瞬、寂しさみたいなものがよぎり、胸がキュッと切なくなった。


「では、朱里さんが執筆してる間、僕に夕飯を作らせてください。お互い作業していたら、それほど気にならなくなるでしょう。冷蔵庫の中のモノ使ってもいいですか?」


 だけど、せっかく吉沢くんがそこまで言ってくれてるんだからと、小さな胸の痛みはそっと隠して吉沢くんの言葉に甘えることにした。


「ありがとう。キッチンとか全然、自由にやっちゃっていいからね」


 そうしてキッチンから聞こえ始めたカチャカチャという音に、やっぱりしばらくは気になってしかたなかったけれど……。

 だんだんと聞いているうちに何だか子どもの頃、母が夕飯の準備をしている音を聞きながら宿題とかしていた光景を思い出して、何となく文字を打ち始めるとそのまま集中して進めることが出来た。




「わぁ、すごい! 吉沢くん筑前煮なんて作れちゃうんだね」


 テーブルに並べられた料理の出来栄えをみて、思わず歓声を上げてしまった。


「覚めないうちに、どうぞ」


「それじゃあ、遠慮なく、いただきます!」


 ――う、うん……。


 食べれなくはないけど、どことなく微妙な感じの筑前煮に思わず箸が止まってしまった。

 すると、自分の作った料理を口にした吉沢くんもしきりに首を傾げながら、ぶつぶつとつぶやき始めた。


「おかしいな、和子さんに隠し味まで教えてもらったのに……。味見し過ぎてミスったかな……」


 その「和子」というのは母の名前で、それが吉沢くんの口からポロッと聞こえてきたことに、思わず衝撃を受けてしまった。

 もしかして、うちの母親と何かしらのやりとりをしているのだろうか……。気にはなるけれど何だか聞くのも怖くて、悩んだ末にスルーすることに決めた。

 触らぬ神に何とやらだ……。


 ひとまず今は、問題の筑前煮を何とかしようと、


「吉沢くん、大丈夫。こういう時は、これを使えば問題解決だから」


 私はそう言って、戸棚からカレールウの箱を取り出したのだった。





少しでも、楽しんでもらえたら嬉しいです。


今日は夜にもう1話更新する予定です。

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