17 幸腹の時間
「わぁ、こういう複雑な味は初めてだけど、すっごく美味しいね」
吉沢くんが予約してくれたお店の高級感漂う雰囲気に、正直、最初は気後れしてしまっていた。
内心、テーブルマナーもちょっとあやふやだし、緊張で味が分からないなんてことにならないだろうかと少し不安にもなっていた。
さらに、さっき「おごるよ」なんて言ってしまったけれど、コースのお値段を見て手持ちのお金では自分の分すら足りなくて冷や汗をかきつつ、本当におごってもらっていいのかあらためて心配になった。
でも、運ばれてきた料理をおそるおそる一口食べてみると、そんな心配も一瞬で忘れさせてくれるような美味しさに、思わず顔がほころんでしまった。
「お口に合って、何よりです」
「実は、普段コンビニとかのお弁当が多いから、こういう味は私なんかに分かるのかなって心配だったけど、美味しいものはやっぱり美味しいんだね」
美味しいモノを食べると、幸せな気分も増していくような気がした。
「吉沢くんは、こういうお店によくくるの?」
「いえ、実は僕も同じように、普段はコンビニにお世話になっている身なので、ここは同僚に教えてもらったんです」
「そうだったんだ。テーブルマナーもすごく様になっていたから、こういう場に慣れているのかなと思ったけど」
そう言うと、吉沢くんがこっそり『今日のために一生懸命、練習したんです』と打ち明けたから、思わず笑ってしまった。
「次、どんなお料理が運ばれてくるか、楽しみだね♪」
ワクワクしながら待っていると、何だかやけに吉沢くんからの視線を感じてしまう。
「な、何……?」
もしかして、はしゃぎすぎてしまったのかと気になって聞いてみた。
「朱里さんが元気そうで良かったなと」
この上ない優しい笑顔でそう言われて、私は思わず言葉を詰まらせてしまった。
確かに再会した時は、吉沢くんの前で号泣してしまったし、もう一度付き合う事になったとはいえ年末年始の連休が明けてから会うのは今日がはじめてなので、そのあいだ彼なりに心配してくれていたのかもしれない。
「最近、お仕事はどうですか?」
「うん。繁忙期だから何かと慌ただしいけれど、あ、この前ね、私が企画したデザインを気に入ってもらえて、定期契約がとれたの」
「それは、おめでとうございます」
「ありがとう。それでね……」
大晦日の時とは一転して、今日は仕事のこともスラスラと話せていて、何だかもっと聞いて欲しい気持ちにまでなっていた。
きっと自分でも思っている以上に、今の仕事が気に入っていたのかもしれない。
「あ、これはさっきの言い訳になっちゃうかもしれないけど、イベント関連のお仕事はだいたい1ヶ月前には作成して納品することも多いから、バレンタインも私の中ではすっかり終わった気になっちゃってて……」
「言われてみれば、そういうものかもしれませんね」
「でもね、イベント関連のお仕事は作成していると、こっちまで楽しくなるというか……あ、ごめん。つい私ばっかり、しゃべっちゃって……」
吉沢くんがずっと聞き役に徹してくれていたから、ついつい自分のことばかり話してしまった。
「いえ、生き生きと仕事の話をされる朱里さんの顔が見れて嬉しいです。だからもっと聞かせてください」
それからも料理を楽しみながら会話もはずみ、コース料理も最後の楽しみのデザートを待っている時だった。
「吉沢じゃないか?」
ふいに、そう声をかけられて、私たちのテーブルに近づいてきた人物がいた。




