16 待ち合わせのふたり
お店の予約もあるから遅刻は絶対マズイと思いダッシュで駆けてきたけれど、待ち合わせ場所にたどり着くと吉沢くんの姿はすでにあった。
「ご、ごめんっ……。私、遅れちゃったかな?」
せっかく整えたヘアスタイルもメイクも台無しになってやしないかと心配になるほど、ぜぇ、ぜぇと息を切らせてしまっている。
「大丈夫ですか? 時間ピッタリなので、安心してください」
「よ、よかった〜」
ひとまず遅刻せずに済んだことにホッとしながら息を整えると、あらためて吉沢くんに向き合った瞬間、ドキッと心臓が跳ねる。
――わ、何かすごくカッコいい……。
一見大人し目にみえるシックな色合いも洗練されたデザインによく合っていて、それを見事に着こなしている吉沢くんは、思わず迫力を感じてしまうほど魅力的に映っていた。
それに比べて私と来たら、仕事帰りのスーツ姿のまま……。
この日のために精一杯考えてコーディネートした服も用意していたのだけれど、結局、仕事がギリギリまでかかってしまい、迷った末に着替えを断念してヘアスタイルとメイク直しを優先して会社を飛び出してきたのだった。
一応、万が一のことも考えて、スーツの中でもいっとうマシなのは着てきたつもりだけど、吉沢くんの隣に並ぶと何だか釣り合いがとれていないような気がしてしまう……。
だけど、せっかくのデートなんだから落ち込むより、楽しく過ごしたいと気を取り直して、素直に吉沢くんを褒めた。
「今日の吉沢くん、何か……すごく素敵だね」
「朱里さんが、わざわざこの日を選んでくれたのかと思って、少し気合いを入れ過ぎたのかもしれません……」
めすらしく照れた様子でそう言った彼を心の中でこっそり可愛いなんて思ったりしたのも束の間、彼の言葉がふと引っかかった。
「え? 今日って……何かあったっけ?」
私がおそるおそるそう口にすると、
「……いえ」
一瞬、固まったあとどことなく苦笑いを浮かべて言葉をにごす吉沢くんに、一気に焦りが込み上げてきた。
――あ、あれ? 今日って、何か大事な日とかだったかな……。
ぐるぐると頭をフル回転させながら思わず目を泳がせた瞬間、ハッとした……。私はあらためて見回した街並みの雰囲気に、やっとのことでそれに気づいた。
「あ、あの、え、と……」
ようやくとあるイベントに思い当たると、今度はしどろもどろになりながら弁解の言葉を探した。
「朱里さんのことだから、そんなことだろうと思っていましたよ。むしろ期待を裏切らないというか……フフッ、あ、つい、すみません」
吉沢くんは大して気にした様子もなく、むしろ可笑しそうに笑いまでこぼしているけれど、彼の今日の格好を見ればちょっとは期待とかしていたかもしれない……。
私は、初めてのお食事デートということに意識が傾き過ぎて、今日がバレンタインデーだということが、思いっきり頭から抜け落ちてしまっていた。
しかも、チョコレートと言えば吉沢くんの大好きなスイーツだったというのに、なんてこったい……。
「あ、じゃあ、今日は私がおごるよ。お店に行けばきっとバレンタインメニューもあるだろうし、プレゼントがわりということに」
名誉挽回するのにいいアイデアだと思ったけれど、吉沢くんはゆっくりと首を横に振った。
「いえ、海外ではむしろ男性から贈り物をしたりするので、今回は僕にご馳走させてください。さあ、予約の時間もあるので、そろそろお店に向かいましょう」
私のほうが2学年上なのに、エスコートしてくれる吉沢くんは私なんかよりずっと大人に見えた。
そんな彼にあまり頑なに遠慮するのも悪いと思って、大人しく甘えることにした。




