15 ささやかに はずむ心
実家からこっちに帰ってきて、早2週間。
年始のお仕事が始まると、あっという間にいつもの慌ただしい日常に戻り、もしかして、吉沢くんと再会してもう一度お付き合いをすることになったのは、夢だったんじゃないかって思えてくる。
だけど、疲れて帰ってきても、いつもだったら面倒くさがって手を抜いたりするスキンケアを、いつもより丁寧にしている自分にふと気がついて、やっぱり心のどこかで少しずつ意識が変化しているのかもしれないと思った。
しかし、今はまだそこで力尽きてしまい、相変わらず晩ごはんはコンビニのお世話になっているのだけれど……。
その時、コロリン♪ と音がして、思わず心臓が小さく跳ねた。
淡い期待を胸に、スマホに手を伸ばす。
――お仕事、お疲れ様です。
今夜は冷え込むので、体調に気をつけてください。
特にこれといった内容でもないけれど、その簡素な言葉にもどこか心がはずむような気がした。
――吉沢くんも、お仕事お疲れ様です。
暖かくして、ゆっくり休んでね。
彼に習って私もなるべく簡潔に返信をした。
高校の時は、連絡するのは決まって私からだったけれど、今は吉沢くんからのメールを心待ちにしている状態だ。
お互いの仕事もまだ慌ただしい時期ということもあり、こっちに戻ってきてからまだ二人で会う予定は決まっていない。
正直、吉沢くんに対してはまだちょっと引け目みたいなものも感じていて、早く会いたい気持ちはあるけれど、なかなか自分からは言い出せないでいた。
名前だって何となく「悠希くん」から、いつのまにか苗字に戻っている。
だけど、吉沢くんはそんな私との距離感も大事にしてくれて、仕事の状況を見ながら私に無理をさせないよう、今はまだあえて誘うのを遠慮してくれている彼の優しさも、ちゃんと伝わってくる。
だから、多少のぎこちなさを感じつつも、今はこういうささやかなやりとりができるだけでも十分、幸せなことだと思っていた。
◇◆◇
そんな中、1月もそろそろ終わろうとした頃、ついに吉沢くんから食事のお誘いが来たのだけれど……。
「ごめんね。その日はちょうど休日出勤になっていて……」
『そう、ですか……』
電話越しからでも彼の残念そうな声が分かって、一生懸命スケジュール帳とにらめっこしながら、頭の中で時間の調整をシミュレーションする。
「あのね、少し先になっちゃうけれど、再来週の水曜日なら時間が空きそう。平日の夜になるけど、どうかな?」
まだまだ繁忙期だから、無理に平日の時間を取らせて仕事とかに支障をきたさないかという心配もあったけれど、思い切って私から予定変更の提案してみると、
『大丈夫です』
一瞬も悩む素振りもなく返事が返ってきたので、ちょっと心配になってもう一度聞いてみた。
「お仕事は大丈夫なの? 週の真ん中だから次の日もあるし、あまり無理はしなくても……」
『本当に大丈夫です。今回はおススメのお店があるので、僕の方で予約しておきますが、よろしいでしょうか?』
やけにテキパキと段取りを進めていく吉沢くんに、密かに張り切っているような気もして、こっそり笑みを浮かべてしまった。
「ありがとう。すごく助かる」
お互い何かと慌ただしいので、今回はあらかじめ吉沢くんがお店を決めてくれて助かったけれど、これから二人で行き先を相談したりするのもいいなと、次から次へと想像が膨らんでいく。
「楽しみだなぁ。……あっ」
思わず心の声が漏れてしまい、電話の向こうからも笑う気配がした。
「僕も楽しみです。では、待ち合わせとか詳しいことは、またメールしますね。じゃあ、くれぐれも体調には気をつけて。おやすみなさい」
「ありがとう。吉沢くんも、風邪引かないようにね。おやすみ」
電話が切れると思わずホッと息をついた。
仕事帰りになっちゃったけれど、初めての食事デートが決まったことに嬉しさがじわじわと込み上げてきて、思わずその場でクルリっと無駄に一回転してしまい、自分がだいぶ浮かれていることにハッとしてしまった……。




