14 第一歩の報告
――その後。
やっと私が少し落ち着いてくると、吉沢くんが大晦日と同じようにハンカチを取り出して、優しく涙を拭ってくれた。
そして、実家まで送ってくれた吉沢くんは、そのまま両親にも交際の挨拶をしたいと申し出てくれた。
正直、心のどこかにまだ彼の言葉に甘えた形になってしまい、こんな私でいいのかなという不安な気持ちもある……。具体的なことはまだ全然考えられていないし、今の段階で明確な覚悟があるかと言われれば、本当にまだこれからという感じだった。
それでも、吉沢くんは私の両親にきちんと挨拶をして、二人の交際を暖かく見守ってもらいたいと言ってくれたのだ。
そして、その報告を二人はすごく喜んでくれた。それはもう、すごーく……。
母なんかは、更に『こんな娘で本当にいいのか?』と、誓約書でも書かせるんじゃないかという勢いで、しつこいくらい吉沢くんに何度も念押ししていた……。
確かに、吉沢くんの人となりや勤め先からみても将来性もあるし、どこをとっても非の打ち所がない相手に対して、私はというと両親にはこれまでずいぶん心配もかけてしまっていたので、そう言いたくなる気持ちは分らなくもない。
「あ、あのね、お母さんとお父さんには、ずいぶん心配もかけたけど、吉沢くんのおかげで、私、もう少しだけ今の仕事で頑張ってみようかなって思うの……」
「悠希くんが、一緒におってくれるんやから、何も心配せんと安心して頑張りや」
母の中では、もはや我が娘よりも吉沢くんへの信頼度が半端無く高いような気がする。
だけど、母のこのドーンと構えていてくれるひと言には、いつも心強さを感じさせてくれて、
「二人とも体に気をつけて、元気でやってくれていたらそれでいい」
物静かだけど、いつだって私の考えに寄り添って味方をしてくれる父の優しさに、いつも支えられているんだなとあらためて実感させられて、そのことに心から感謝するのだった。
ひょっとしたら両親にはぬか喜びさせてしまう事に……なんてネガティブな事も一瞬、頭に過ぎったけれど、こうやって応援してもらえることで、大きな安心感も与えてくれた。
それもこれも真摯に挨拶をしてくれた吉沢くんのおかげなので、彼にもあらためて感謝した。
無事に両親への挨拶も済ませ、そろそろ吉沢くんも自身の実家の方に帰るというので、玄関の外で見送ることにした。
私も彼のご両親へのご挨拶を考えたけれど、今はお姉さんが出産里帰り中ということだし、慌ただしいところにお邪魔するのはご迷惑になるだろうと、また日を改めてご挨拶したいことを伝えた。
「お気遣いありがとうございます。僕の両親への挨拶は、また次の機会にでもお願いします。ちなみに、朱里さんは、いつ向こうに帰られるんですか?」
「私は、明後日戻る予定だけど、吉沢くんは?」
「そうですか。日程が合えば一緒に向こうへ帰りたかったのですが、残念ながら僕は明日の午前中に……」
「あ、なら、私も予定切り上げて、一緒にでもいいけど……」
私がそう口にした途端、顔をパッと輝かせた彼だったけれど、すぐにいつもの表情を取り戻した。
「いえ、今回はその気持ちだけで充分です。10年ぶりのご実家なのでしょう? どうかゆっくり過ごしてください。お互い偶然にも、職場やいま住んでいる所も近いことですし、これからたくさん一緒の時間を過ごせますからね」
本当に、まさかそんな近くに吉沢くんが暮らしていたなんて驚いてしまったけれど、今となっては嬉しいことに変わりはなかった。
「うん。色々とありがとう、吉沢くん」
「では、向こうに着いたら、また連絡しますね。近いうちにご飯でも食べに行きましょう。今年から、よろしくお願いします」
今度は忘れずに、連絡先もしっかりと交換した。
「私こそ、よろしくお願いします」
まだ私の中には、ためらいも不安もいっぱいあるけれど、今はただ吉沢くんと一緒に新しい第一歩を踏み出せる幸運に感謝しようと思った。




