13 アゲイン
小さな神社に着くと、二人並んで静かにお詣りをした。
この先にもう少し大きな神社があるのでそちらに行く人も多く、ここは元日も過ぎたこともあってか、幸い人通りは途切れていた。
きっと、そういうところも吉沢くんが気を利かせてこっちを選んでくれたんだろう。
無事に参拝も済ませて、あとはただ帰るだけのはずだったけれど、ふいに吉沢くんが口を開いた。
「実は、毎年ここで必ずお願いしていたことがあります」
何となくだけど彼はあまり神頼みするようなタイプには見えなかったから、ほんの少し意外に思ったりした。
「お願い事は、口にしたら叶わないんじゃなかったっけ?」
そんなに大事なお願い事なら興味本位で聞いちゃいけないような気がして、そう言ってみたけれど、本当は何の覚悟もなく核心に触れるのが怖かったのかもしれない。
だけど……。
「『朱里さんにもう一度、会えますように』という願いは、もう叶ったので大丈夫です」
吉沢くんから真っ直ぐにそう告げられて、胸がぎゅっと締めつけられた。
「就職をして自分の力で生活できるようになったら、いつか貴女に会いに行こうとずっと思っていました。でも、まあ、連絡もつかないはずの元彼が急に会いに行くのも引かれるかなと思ったり、仕事で繋がりが見えた時も、逆に朱里さんが仕事やりにくくなるんじゃないかと思って……すみません、その件はさっきまで言い出せずにいました」
再会した時、もし最初に吉沢くんから仕事で繋がりがあると知らされたら、私はどうしていただろう……。
これからも仕事で何かと関わりがあるかもしれないと思ったら、あんなふうに吐き出すことはできなかったのかもしれない。
「そうやって色々と再会のプランを考えていたら、思わぬトラブルで会うことに……」
吉沢くんがずっとそう思ってくれていた事に対して、嬉しくないと言ったら嘘になる。
「なんで……。どうして、そこまでして私に……」
けれど同時に、私なんかのためにどうしてそこまで考えてくれていたのか、信じられない気持ちでいっぱいだった。
「本当に『何で』でしょうね……。けれど、朱里さんの何気ない言葉のひとつひとつが。当時の僕の心にどうしようもなく響いていたんです」
正直、私のどんな言葉が10年も経った今でも、吉沢くんの心をそんなに惹きつけたのか、自分では全然分からない……。
「そしてこの10年で、僕にとってそんなふうに思えた相手は朱里さんだけでした。それがどんなにかけがえのない存在だったか気づかされたんです」
それでも、私が大晦日の再会で吉沢くんの掛けてくれた言葉に救われたように、あの頃の私も、彼の心に同じような影響を与えることが出来ていたのだろうか……。
「だから、朱里さんと再会してすでに貴女が幸せだったら、僕も心から祝福しよう。でも、もし何か辛いことがあって苦しんでいたら、今度こそ支えてあげられるような存在になりたいと願っていました」
吉沢くんの気持ちに、胸にじわりと温かいものが広がっていく。だけど、私の中に巣食っている罪悪感がそれを抑え込もうとして、思わず震える指先で口元に手をあてた。
それでも……。
「朱里さん、もう一度、僕と付き合ってください」
吉沢くんは、そんな私すら丸ごと包み込むような優しい眼差しで、その想いを告げてくれた。
「わ、私は、自分勝手な理由で、あなたを傷つけたのに……今更、そんな資格……」
――ないのに……。
本当は、私もずっと吉沢くんのことが心に残っていた。傷つけてしまった罪悪感というものもどこかにあるけれど、純粋に彼のことが忘れられなかったのだ。
だけど、自分から振っておいて……そんなこと言える立場じゃないと、ずっとその気持ちを心の奥に仕舞い込んでいた。
「別れを言わせてしまったのは、朱里さんのせいだけじゃありません。僕にも責任の半分を分けてください。それでも、どうしてもそれを気にしてしまうというのなら、貴女の手でもう一度、僕を幸せにしてくれませんか?」
どこまでも温かな声音に、胸がいっぱいになる。
だけど、10年経った今の私は、もうあの頃の私とは違うのだ……。
「今の私は、吉沢くんが好きになってくれた頃の私とは、違う……。そんな私が、幸せになんて……」
吉沢くんを幸せにしてあげる自信なんてこれっぽっちもないくせに、気を抜けば一瞬で、彼の甘い囁きにすがりつきそうになる自分を、必死になってこらえようとしたけれど……。
「嫌ですか?」
もう、限界だった……。
彼の言葉に背中を押されて、ついに涙をいっぱいにためたまま顔を上げると、ふるふると首を横に振った。
――嫌なわけない……。それだけは、今、ハッキリと言える。
隠し切れない願望とともに、涙が目尻からポロリとこぼれた。
もし許されるのなら、もう一度、吉沢くんと一緒に新たな一歩を踏み出したいという想いが、次から次へとあふれてくる。
「幸せにしたい……」
震える声で、胸の奥に仕舞い込んでいた望みを口にした。
――もう一度、吉沢くんと……。
「はい。これから二人で幸せになりましょうね」
吉沢くんが、ふわりと微笑むと同じ想いを口にしてくれた。
そのひと言にブワッと涙があふれて、あとうはもう泣きじゃくって言葉にならない私を、吉沢くんがギュッと抱き寄せ、なだめるように頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
「今度は何かあっても、あの時のように朱里さんを離したりしません。だから、どうか覚悟していてくださいね」
力強く抱きしめてくれる吉沢くんの温もりに、ほんの少し安心したのか自然と肩の力が抜けていき、わずかに彼の胸に頬をすり寄せながら、私も今度こそ彼を大切に出来たらいいなと心の中で思った。
「……ありがとう。悠希くん」
こうして悠希くんは、もう一度私の恋人になってくれたのだった。
ここから少しずつ甘いシーンも、はさんでいけたらと思います。
少しでも、楽しんでもらえたら嬉しいです。
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