12 思い出の景色
身支度を済ませ、母から吉沢くんをやや強引に引き離すと外に出た。
久しぶりの地元の町並みはあの頃と変わっていないようで、でもやっぱり年月の流れを感じる所もちょこちょこあって、あれほど帰省に前向きになれなかったのに、気がつけば記憶をたどるようにキョロキョロと視線を走らせていた。
なりゆきとはいえ何だか懐かしい景色を、10年後また吉沢くんと並んで歩いているなんて、不思議な感覚だった。
でも緊張はしているけれど、再会した時のような気まずさはなかった。
彼にはもう自分のカッコ悪いなって思ってた部分もさらけ出しちゃったから、無理をして取りつくろう必要もなくなったし、やっとそういう自分も少し受け止められるようになったのかもしれないと心の中でホッとしていた。
「あ、遅くなったけど、明けましておめでとうございます」
しばらく歩いてやっと少し落ち着きを取り戻したところで、ハッとしてあらためて新年の挨拶をしたのだった。
「あらためて、明けましておめでとうございます」
「さっきは、お母さんが色々とごめんね……」
「いえいえ。母娘でよく似ていらっしゃって、とても楽しいですよ」
「……」
いや、母は母でもちろん良いところもいっぱいあるんだけど、似ていると言われるとやや複雑な気持ちになってしまった……。
「いきなり家に伺ってすみませんでした。実は、すぐにでも連絡しようと思ったのですが、あの晩すっかり朱里さんと連絡先を交換するのを忘れていまして……」
「あ……。そう言えば、大学辞めた時にアドレスも一回全部リセットしちゃって……」
吉沢くんに言われて、自分もハッと今そのことに気がついた。
大学を辞めてしまった時にスマホも解約してしまい、それから就職活動を始めるにあたって新規契約した時にはアドレスも一新して、それからは家族や仕事関係以外の人にはそのまま知らせていなかった。
「そうだったんですね……」
ほんの少しトーンが低くなったことに、またもや気を使わせてしまう話題になってしまったと思い、あわてて話をそらせた。
「な、何か小腹が空いちゃったかも……。あ、そうだ、えちおぴあ大福のお店もうやってるかもしれないから、寄り道して行こうか?」
「……残念ながら、あの御菓子屋さんは先月で閉店しましたよ。何でも店主が長年夢だった世界放浪の旅に出るとかで」
「ええ!? そうなの? 私あれ結構、好きだったから残念だな……」
「きっと朱里さんならそう思うだろうと思って、閉店する前にもう一度食べてもらいたくて差し入れしてみましたが、ちゃんと食べれましたか?」
「ん?」
思いがけない言葉に、ほんの少し記憶をたどってまさかと思った。
「え、もしかしてあの論文冊子のお仕事って、吉沢くんのところの会社だったの?」
「実は、そうなんです。最初の顔合わせの時には僕は急な出張で欠席してしまい、あとで織田さんに制作担当者の名前を伺って知ったのですが、それからなかなか朱里さんにお目にかかる機会がないままでした」
「そうだったんだ……」
クライアント先がまさか吉沢くんが務めている企業だったなんて思ってもみなくて、あまりの偶然に衝撃を受けた。
「な、何か、すごい偶然だね……」
「ええ。本当に、こんな偶然ってあるんですね」
正直に言うと、吉沢くんの言葉に心のどこかでは小さな違和感を感じていた。
「で、でも、本当にすごいね。吉沢くんの会社はトップクラスの大企業だし、高校の時から頭も良かったもんね」
だけど、せっかく普通に話せている今の空気を壊したくなくて、私はその違和感に目をつむって、普通に話を続けた。
「朱里さんにそう言われると、何だか頑張ったかいがあります」
それからは、どうなることかと不安に思っていたけど、そのままぽつぽつと言葉を交わしながら歩き始めた。
「あ、あの小道、覚えていますか? 昔、朱里さんの原付バイクで引きずられて行ったことがありましたね」
ふと、吉沢くんが懐かしむように指を差してそう言った。
「何? そのまるで私がヤンキーかなんかみたいな言い方……」
語弊のある言い方に思わず抗議の声を上げると、吉沢くんはクスクスと笑いをこぼした。
「フフッ、あの頃の貴女は、何というか、僕にとっては鮮烈でした」
「鮮烈……?」
その例えに、思わず首を傾げてしまった。
「ええ。最初は、朱里さんに突然声を掛けられてから、そのあとも行く先々で出会うもんだから、変な人に目をつけられたのかなって思ったのですが……」
またもや誤解を招くような言い方に、あわてて疑惑を否定する。
「た、確かに、あの頃は何でか色んな所で吉沢くんと鉢合わせする事が多かったけど……。話しかけたのだって、一応、同じ高校だし、無視するのも変かなって、普通に挨拶してただけで、べ、別に、つきまとっていたとかじゃないからね」
確かに、当時は本当に吉沢くんをよく見かけていたから話しかけていくうちに、色んな場所に付き合わせたりするようになっていたのは事実だけど……。
冷静に考えたら、吉沢くんは後輩という立場だったし、そりゃ先輩に絡まれたと思われてもおかしくなかったかもしれないと、今になって考え込んでしまった私に、吉沢くんが見かねて声をかけてくれた。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。僕は、それが嫌だったとかじゃなくて、むしろどこか心待ちにするようになっていたんです」
「そ、そうなの?」
気を遣ってそう言ってくれているのかと、思ったけれど……。
「実は、当時はどこか自分の中に冷めている部分があるような感じがして、周りにあまり興味がなかったというか、だからそんな僕なんかに話かけてもつまらないだろうみたいに考えていて……」
思ってもみなかった言葉に、私は思わず目を見張った。
「だから、貴女に話しかけられた時も、最初はすぐに僕に飽きて来なくなるだろうと思っていたのに、朱里さんときたら来る日も来る日も声をかけてきて……」
「そうだったんだ。私は、吉沢くんとは最初から自然に話せていたように思っていたから、全然そんな感じしなかったけど」
「今になって思えば、たぶん貴女のそういうナチュラルなところに、大げさかもしれませんがあの頃の僕は何だか救われていた部分があった気がします。まあ、そんなわけで、そのうち朱里さんの姿が見えない日は逆に気になるようになって、そんな自分に気がついた時には、もう手遅れでした」
「手遅れ……?」
「いつの間にか、朱里さんの何気ない仕草や表情、瞬きひとつにすら惹きつけられるようになっていました」
今になって、当時、吉沢くんが私のことをどう思ってくれていたのかを聞いたとしても、それはもう過ぎ去ってしまった事だと言い聞かせてみても……。
そう言って私を見る吉沢くんの視線に、思わずドキン、ドキンと胸が勝手に高鳴ってしまうのだった。




