11 混乱の年末年始
迎えに来てくれた吉沢くんのお父さんとの挨拶は、ちゃんと交わすことができたと思う。
だけど、頭の片隅では先ほどの吉沢くんの言動がぐるぐると駆け巡っていて、混乱の渦の中にいた。
「到着したよ」
そうして、ようやく実家の前に着くと、吉沢くんのお父さんにお礼を述べる。
「雪の中、本当にありがとうございました」
「困った時はお互い様だから。それに孫の話をニコニコしながら聞いてくれて、嬉しかったよ。うちの息子にはもう何を言っても、邪険にハイ、ハイとしか返ってこなくて……」
「父さん、もう夜も遅いから、話を切り上げないと」
「おお、そうだったな。すまん、すまん。じゃあね、伊藤さん気をつけて」
「ありがとうございます。吉沢くんのお父さんも運転に気をつけて、無事に帰ってくださいね」
「では、朱里さん荷物貸してください。玄関まで送ります」
「え、あ、もう、ここで十分……」
車から降りると、吉沢くんも一緒についてきてサッと私の手から荷物を奪うと、何のためらいもなくインターホンを押した。
すると、返事もなく家の中からドタドタと大きな物音が響いてきたかと思うと、勢いよく玄関の扉が開け放たれた。
「遅かったやない! アンタねぇ、汽車に乗ったらメールしなさいって、あれほど言うたやない……」
「ご、ごめん。でも、少し落ち着いて……」
まくし立てるような母の登場に気圧されて、もはや条件反射のようにのけぞってしまう。
「こんばんは。ご無沙汰しております。吉沢です」
けれど、そんな私とは違い、全く動じることなくしっかりとした挨拶をする吉沢くんはさすがだと、思わず感心してしまった。
「あら、会え……。あら〜、まぁ、吉沢さんところの悠希くんやないの、すっかり立派になって……オホホ」
――何、今の不自然な笑い方……!?
何となく母の発言に違和感を覚えるけれど、すかさず吉沢くんが会話を繋ぐ。
「汽車の車両トラブルで途中停車してしまい、父の車で朱里さんを送らせてもらいました」
「まぁ、わざわざありがとうねぇ。ちょうど悠希くんが一緒におってくれて助かったわ〜。もうウチの娘が迷惑かけてごめんなさいね。まさか、大晦日の終電で帰るとか、もう、この子ったらへそ曲がりにもほどがあるでしょう」
「存じております」
――え?
いや、まあ、実際その通りなので返す言葉もないけれど、そう事も無げに同意されると若干いたたまれない気持ちになる……。
そうこうしているうちに、いったん家の中に引っ込んだ母が、すぐに何かが入ったビニール袋を手に戻ってくると、つっかけのまま運転席で待機している吉沢くんのお父さんに挨拶とお礼の品を渡しに行った。
「今日は思わぬ交通トラブルもありましたし、朱里さんも色々とお疲れでしょうから、久しぶりのご実家でのんびり過ごしてくださいね」
あの母のもとで、果たしてのんびりと過ごせるのか、いささか不安ではあるけれど……。
「今日は本当にありがとう。吉沢くんも、気をつけて帰ってね」
「こちらこそ、ありがとうございます。じゃあ、今日のところはこれで帰りますね」
そう言っていったんは帰る素振りを見せたものの、ふいに吉沢くんが顔を近づけてきて、私の耳元に含みをもたせたような声でささやいた。
『あとでまた連絡しますから、忘れないでくださいね』
不意打ちのような耳打ちに、思わず顔が熱くなってドギマギしていると、まるでその反応を期待していたかのようにクスリと笑ってから、颯爽と車へ戻っていった。
呆気にとられていると、いつのまにか隣にいた母から肘でつつかれて、あわてて表情を取りつくろって見送ったのだった。
◇◆◇
あれから、実家では思いのほか穏やかな三が日を過ごしていた。
てっきり母から、仕事や将来的なことについてもっとせっつかれるのかと身構えていたから、ちょっと拍子抜けしてしまった。
どこか上の空の私の様子に、珍しく空気を読んだ母がそっとしておいてくれているのかもしれない。
『またあとで』と言った吉沢くんからの連絡は、三日経った現在もまだきていなかった。あれは『またいつか機会があったら』くらいの意味合いだったのだろうか……。
そりゃ、いざ連絡が来たら来たで、どう反応をすればいいのか分からないし、いまさら私なんかが何かを期待するなんておこがましいと思いつつも、ふとした拍子にスマホの画面を見ては、小さく落胆してもいた……。
ぐるぐる思い悩みながら、今日も今日とて二階の部屋でゴロゴロしているとインターホンが鳴り、しばらくして玄関口から母の笑い声が上まで響いてきた。
どうせ近所のおばちゃんが挨拶にでも来たのだろうくらいに思っていたら、突然、母の大声に叩き起こされた。
「あかり〜! 吉沢くんが迎えに来てくれたよ。早く降りてきなさい!」
「ええっ!?」
びっくりしてあわてて一階に降りてみると、本当に吉沢くんが玄関口で母と立ち話をしていた。
「朱里さん、明けましておめでとうございます。これから初詣に行きませんか?」
「あ、えと……」
「行く、行く! もう、この子ったら帰ってきてもゴロゴロしてばっかりだったから、吉沢くん連れて行ってあげて」
突然の訪問にうろたえている私のかわりに、母がすかさず返事をする。
「お、お母さ……」
「ほら、そんなだらしない格好してないで、ちょっとはおめかししてきなさいよ」
母に抗議をしようにも、そう言われて確かに実家だからと気を抜いたような少しクタッたスウェット姿に、髪も適当にまとめたままだったので、あわてて降りてきた階段をまた駆け上がった。
「ご、ごめん、吉沢くん。急いで着替えてくるから、ちょっと待ってて」
「あわてなくても大丈夫ですから。ゆっくり支度してきてください」
「わざわざありがとうね。もう、吉沢くんのようにしっかりした子が息子になってくれたら、私も安心できるんだけどね〜」
――お、お母さん〜、ドサクサに紛れて何言ってんのよ〜っ!?
階段の下から聞こえてくる会話に焦りながら、母がこれ以上、余計なことを吉沢くんに吹き込む前に、一刻も早くここから脱出しようと、急ピッチで支度をするのだった。




