希望を託して祈るしか
ジェイクの無茶を止める人間は意外なことにひとりもいなかった。まぁ、キャンプにいる全員に聞けば、止めるひともいたかもしれないけど、それでも参謀本部と呼ばれるテントに招かれている騎士が誰も止めないのは気になった。
「どうして誰も止めないんですか? エラールも」
「だって言っても聞かないから」
「です」
騎士のひとりとエラールの言葉が重なる。それを聞いたジェイクは大笑いして騎士の背中を叩いていた。
「って〜〜! こっちの手がやられるわ!」
「鎧なんだから当たり前だろ」
「うっせー! ボロいマント用意できたのかよ。早くしろ、俺は気が短けぇんだ」
そんなやり取りをするジェイクはもうぜんぜん威厳のある将軍には見えなかった。それに寡黙だと思っていた騎士たちもジェイクと似たり寄ったりで、これが本当に王子と騎士なのかと疑ってしまうくらい。
「びっくりしました? ジェンキンス様とみなさんはいつもこんな感じなんですよ」
「そうなんだ。正直、すごく驚いたし、エラールに騙されたのかな~なんて思っちゃった」
「そんなぁ! ぼくは嘘なんてつきませんよ、ヴァレンティナ様!」
「冗談よ、ごめんなさい」
ジェイクが少し特殊な王子様だってことは何となく理解した。もしくは、エラールだけジェイクの取り扱いが特殊なのかもしれない。なんて、そんなことを言っている間に、ジェイクの支度が整った。
「それじゃ、行ってくる」
「本当に、それだけで行くの……?」
ジェイクは狩人が着るような、森に入るのにふさわしい厚手の長袖長ズボンで、ベルトに挟んだ短剣だけが武器だった。手や顔を泥で汚し、帽子を被り、水袋と肩掛け鞄を身に着けた彼は、立派な森人だった。
「下手に武装すると疑われるからな」
「でも……」
「大丈夫だ、俺の魔法は知ってるだろ?」
そうだった、ジェイクの風魔法は森猿を簡単に切り裂いていた。でも、やっぱり心配だ。
「せめて支援魔法をかけさせて。それくらいはいいでしょう?」
「かけてくれるのか? ありがてぇ。むしろこっちから頼みたいとこだったんだ」
周りの騎士たちがうなずくのを待って、私はジェイクにありったけの支援魔法をかけていく。
「……『太陽を崇めよ』、『活力付与』、『鬼の怪力』……」
「えっ、マジかよ」
「すげぇ」
私がジェイクに支援魔法をかけていくと、とたんに周囲がざわめいた。そうね、確かに私の覚えている魔法の種類は多いわよ。私はさらに効果時間の長い順に重ねがけしていく。
『再生』、『鷹の目』、『韋駄天』……、これ以上は無理……『硬化』!」
「おおっ、すごい! 身体に活力が沸いてくる。今ならなんだってできそうだ!」
「さあ、早く行って、ジェイク。私の支援が切れるまでは走り抜けて!」
「ありがとな、ヴァレンティナ! ……汚しちまうから挨拶はナシだ。生きてまた会おう、いい報せを期待しておけよな!」
「ジェイク! 必ず、帰ってきて……」
ジェイクはほつれたマントの裾をひるがえして、馬よりも早く駆け抜けていった。私は咄嗟に差し伸べた手をゆっくり戻した。後はもう、彼を信じて待つしかない。
「ジェンキンス様ならきっと大丈夫ですよ」
「そうだといいけど……」
エラールに慰められながら、私はまたログハウスに戻る。その途中、向けられる兵士たちの目に、初めてここに来たときの不安が蘇った。もうこのキャンプにジェイクはいない……私を守ってくれるひとはいなくなってしまった。
「ヴァレンティナ様?」
うつむいていると、立ち止まったエラールが心配そうに私の顔を覗き込んできた。私はどうにか笑顔を作る。
「何でもないの、大丈夫。ちょっと魔力を使いすぎただけよ」
「ゆっくり休んでくださいね。美味しいお食事を用意してもらいましょう」
「ありがとう、エラール。……あの、できればでいいんだけど、一緒にいてくれる?」
「はい、もちろん。お茶を淹れましょうね」
エラールはいたわるように私の肩を叩いて、ログハウスまで連れて行ってくれた。温かいお茶を淹れ、ビスケットを出してくれて、ジェイクの話をしてくれた。
「本当にありがとう、エラール」
「当然です。ヴァレンティナ様にご迷惑をおかけしているのはこちらなんですから。……ぼくはエントランスにおりますので、どうぞ寝室でお休みになられてください」
「そうね、そうする」
寝室は綺麗に整えられていた。ここで目を覚まして、ひとり逃げ出したのはまだ昨日のこと。何もかもが慌ただしすぎて、変化についていけない……。
つい先月まで、あんなに平和だったのに。お天気の話をして、庭の草木や畑のことに気を揉んで。移動図書館が来たら今度は何の本を借りようとか、魔法使い免許の更新に早く行かなくちゃとか。
「そっか、私はまた、待つだけなんだ。信じて待つしかできないことがこんなにつらいだなんて、知らなかった……」
私は目を閉じて、ジェイクとアルフォンソの無事を祈った。




