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急接近

 ひとり残ったジェイクはつまらなさそうな顔をしていた。私は悪いことをしたつもりなんてなかったけど、エラールのあのいきおいを思うと、彼はセタンタに思い入れがあるのかもしれない。私が前線にいるアルフォンソたちのことを思っているように。


「アイツがつっかかって悪かったな」

「いいえ、私のほうこそ熱くなってしまったわ」


 私の返事にジェイクは口の端を少し持ち上げて、向かいの席に座った。


「アイツの代わりに俺が質問に答えるぜ。ただし、条件がある」

「条件? そっちが答えるって言ったのに?」

「アンタに借りがあったのはエラールだろ。俺には本当は答える義務も義理もねーもんな」


 確かにジェイクの言い分にも一理ある。私は息を吐き出して気持ちを切り替えるとジェイクを見据えた。


「で、条件は?」

「まず俺の質問に答えること。そしたら俺も答える。何が知りたい、ヴァレンティナ?」

「まだいいって言ってないでしよう。せっかちね。まぁいいわ。あなたこそ、何が聞きたいの?」


 待ってましたと言わんばかりに身を乗り出してきたジェイクはニヤリとした笑いを浮かべていた。幼い少年のような輝きに、胸がドクンと脈打つ。甘いような痺れ。でも、ううん、これは断じてトキメキなんかじゃない。


 彼は私を拐わせた卑怯者で、私を軟禁している敵国の王子で、私のファーストキスを奪ったんだから。それなのにジェイクは、さらに私を混乱させてくる。


「じゃあひとつめの質問だ。ヴァレンティナ。恋人はいるか?」

「どうしてそんなことを聞くのよ。『俺の女になれ』なんて無茶苦茶言ったクセに、私の恋愛関係が気になるの?」

「当たり前だろ。惚れた女のことは何でも知りたくなるもんだ。ま、彼氏がいてもいなくても、俺に惚れ直させるんだからどうでもいいけど。知っておいて損はないだろ?」

「バカじゃないの……」


 あからさまなセリフに呆れながらも、悪い気はしない。私の弱い声を聞いたジェイクは見透かしたように笑った。


「それで、答えは?」

「恋人はいたことないわ。婚約者はいるけどね」

「婚約者? 家だけの関係だろ?」

「違うわよ。ずっと好きで、最近プロポーズされたの! この戦争が終わったら結婚するんだから」

「ふぅん」


 ジェイクは拗ねたように肩をすくめた。


「それじゃ、次は私の質問に答えてもらうわよ。私の魔力、どうやって回復させたの?」

「古の盟約、さ。そっちには伝わってないのか?」

「……少なくとも、私は知らないわね」


 自分の無知を晒すのは悔しいけど、本当に知らないんだからしょうがない。


「そうか。じゃあ、何から説明するかな」


 いかにも苦手という雰囲気を出しながら、ジェイクの説明はわかりやすかった。


「人間にはHP(生命力)MP(魔力)があって、どっちが尽きても死ぬ。俺たちが交わした盟約は、そのうちのひとつ、MP切れでの死を防ぐもんだ。契約魔法で魂を繋いで魔力を共有する、両方の魔力が同時に尽きなけりゃ死なない上に、どっちがの魔力を融通することができる。戦場で死なないための知恵だな」

「それは確かに心強いでしょうね。それで、デメリットは?」

「特にない。MPを使いすぎると相手に負担がかかるくらいか? だが、俺たちは魂の伴侶になったんだぜ、だから心が惹かれ合うんだ。……前より俺のことが気になるだろ?」

「えっ」


 ジェイクの言葉に、私はビックリして大きな声を出してしまった。まさか、契約魔法に心を縛るものがあるなんて知らなかった。でも……


「でも、私の気持ちは最初から変わってないわ……」

「ん? それって、俺のこと最初から意識してたってことか?」

「なっ、何言ってるのよ!」


 ジェイクは立ち上がると、私のすぐ手元に大きくて無骨な右手を置いた。覆いかぶさるように距離を詰められて心臓が跳ねる。真剣なジェイクの目は鋭くて、さっきまでの気さくな雰囲気まで消えてしまっている。


「ヴァレンティナ」

「やめて……」

「さっきの心が惹かれ合うと言ったのは嘘だ。ああ言えばアンタがもっと俺のことを気にするかと思った。けど、契約を結ぶ前と気持ちが変わってないなら、出会ったときから本当は、俺のことをそういう目で見てたってことなんじゃないのか?」

「そういう目って、どういう目よ」

「だから、そういう(・・・・)目だよ」

「!」


 ジェイクの手が私の頬に伸びてきた。その熱に驚いて身体が勝手に仰け反る。呼吸が早くなる。ジェイクの濃紺の瞳に飲み込まれてしまいそう……!


「ひとめ惚れだったんだ」

「や、やめて……」

「あの状況であんなに堂々と背筋を伸ばして俺を見返してくるなんて。すげぇと思った。もうその時には落ちてた」

「やめてよ!」

「ヴァレンティナ……俺は、アンタが欲しい」


 ジェイクを遠ざけようと伸ばした手を逆に掴まれて、引き寄せられる。こんなこと許しちゃダメなのに、指にキスされるだけで全身に熱と震えが走る。


「ダメ……」

「ヴァレンティナ」


 ジェイクの顔がどんどん近づいてくる。

 キスされる……!

 私はぎゅっと目をつぶった。でも、ジェイクの唇が降りてきたのは、おでこにだった。


「っ!」

「唇じゃなくて残念だったか?」

「そ、そんなわけないでしょ! 私には婚約者がいるんだから……」

「俺にしとけよ」


 そう囁かれて、全身の血が駆け巡った。ジェイクの強引さも何もかも、丸ごと彼の魅力で、私は強烈に惹きつけられていた。こんな風に求められたことなんて、今までに一度もなかった。こんな熱い目で見つめられて、誰が拒めるというの?


 優しいアルフォンソの微笑みが脳裏に浮かんでくる……。まるで春の日差しのように穏やかなひと。彼となら幸せな家庭を築けると信じてた。だって、私たちはいつも一緒だったから。


 でも、私、アルフォンソに好きだと言われてない……! 愛しているなんて、言われてない……。こんな風に求められたことなんて一度もない!


 私はずっとアルフォンソのことが好きなんだと思ってきた。けど、ジェイクを目に留めた瞬間、まるで視線が彼に吸い寄せられるようだった。頭じゃなく、心臓が彼への熱い思いを叫んでいた。


 ぬるま湯みたいな恋がただの幻想のように消えて、熱く沸騰した想いに上書きされてしまいそう……。ああ、私も彼を、ジェイクを求めてる。こんなにも……。


 唇と唇が重なる直前、私はジェイクを押し返して顔を背けた。


「ヴァレンティナ……?」

「ごめんなさい! 今は、まだ……。待ってほしいの、こんなにすぐ、気持ちを整理できない……!」


 自分でも理不尽だと思う。でも、掴まれたままだった手首と抱かれた肩から力が抜けて、ジェイクは私から離れていった。


 私はそれが寂しくて、自分の浅ましさに嫌気が差す。拒絶したのは私でしょう!


「わかった。もう少し時間が必要だよな」

「ジェイク……」

「大丈夫。またな、ヴァレンティナ」


 ジェイクはニッと笑って部屋を出ていった。

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