戦争の理由
エラールは回復魔法の使い手だったようで、彼はジェイクへのお説教を切り上げると、私の手の治療を始めた。
「フォレストエイプにやられた傷以外は、枝や葉による擦過傷と足首の捻挫ですね。傷口を水で洗ってから魔法をかけます、少し滲みますよ」
「わかったわ」
「デ・ロス嬢は本当に無茶をされる御方ですね。ジェンキンス様が間に合わなかったら、今頃貴女の生命はなかったでしょう」
「…………」
私は返す言葉がなかった。無茶をしたのは確かだったから。帰りたい一心でやったことだったけど、結局は自分の生命を危険に晒して、しかもあと少しで死んでしまうところだったんだから。
「ぼくをあんな風に追い出したのは計算づくだったんですか?」
「あれは……、そうね、計算してのことだったわ。ああすればあなた、上官に報告するしかなかったでしょう? そうなれば私は逃げる時間を稼げたから。でも、あなたにムカついたのは本当よ、だって私の家族が前線にいるのに、あんなこと言うから」
「それは! ……すみませんでした」
弾かれたようにビクッとして、しょんぼりと謝るエラールに、私はあのとき感じた怒りが霧消するのを感じた。
「ぼくが無神経でした。本当に申し訳ありません」
「わかってくれたらいいの」
「そういうわけにはいきません。償いをしたいのです、何でも言ってくださいね」
エラールはそう言って微笑んだ。その頃には治療も終わっていて、私はふたりに連れられてまたログハウスに帰ってきた。
「今度は見張りをちゃんとつけておくからな。まぁ、今は寝ろ、疲れてんだろ」
「ジェンキンス様は仮眠を取ったらお仕事に戻ってくださいね」
「へいへい。じゃあな、ヴァレンティナ」
「あっ……!」
ジェイクは出ていってしまった。私の魔力を取り戻した方法を聞きたかったのに、帰っている途中では聞いてもはぐらかされて、今はさっさと出ていってしまうなんて。
「デ・ロス嬢、何か軽く召し上がられますか? それともお湯をお使いになりますか?」
「お風呂には入りたいけど……、それよりも聞きたいことがたくさんあるの。あと、そのデ・ロス嬢というのをやめてもらえない? ヴァレンティナでいいわ」
「かしこまりました、ヴァレンティナ様。しかし、質問にお答えするのはお寝みになった後ですよ。お風呂もダメです、今は軽く拭くだけにして、早く寝てください」
エラールは頑固だった。今まで周りにいないタイプで、私は結局、エラールの言うことを聞いかされた。身体をお湯で濡らしたタオルで拭いて、温かいスープを飲んだら、あれだけ元気だったのが眠気に耐えられなくなってしまった。
「興奮していたのが覚めたんですよ。さぁ、後のことはぼくに任せて、今は寝んでください」
エラールの言うとおりね。私より年下なのに、エラールのほうがしっかりしていると思う。もしかしたらジェイクよりも。
次に目が覚めたのは、太陽が頂点を通り過ぎて少しした頃で、エラールは起きてきた私にお風呂を勧めてくれた。ちょっと恥ずかしかったけど髪の毛を洗ってもらって、頭から足の先までサッパリしたら、気分も良くなった。
「男所帯なので肉ばっかりで申し訳ないのですが、お食事をお持ちしました」
「ありがとう。わぁ、美味しそう!」
エラールは気にしているみたいだけど、私は美味しいならメニューは何でもいい。むしろ戦争に来ているのに、こんなにちゃんとした食事が出てくるなんて思わなかった。
「もしかして、私が特別待遇だからこういう食事なの?」
「まぁ、言葉を選ばずに言えば、そうなります。ヴァレンティナ様はルシオ公国の重要なお客様ですから」
「そう、それ! 何度も言われてるけど、私を捕まえてどんな交渉をしてるの? いるだけでいいって言われても、何が起こってるのかわからないんじゃ、なんだか気持ち悪いわ」
エラールはコクリと頷いて続けた。
「そうですよね。ジェンキンス様の目的はルシオ公国との交渉にあります。宣戦布告のとき、アルバロは開戦の目的を明らかにしましたが、ヴァレンティナ様はそれをご存知でしたか?」
「知らないわ。戦争になるってことは知っていたけど」
「国の首脳部でないと、開戦事由についてまで触れませんからね。アルバロの目的は、ルシオからガイナッシュ王国へ流れている戦争資金を止めることなんです。ガイナッシュは今、アルバロの同盟国であるセタンタと戦争中ですからね。アルバロとしてはセタンタに駆けつけるよりルシオからのお金を止めたほうが早いんですよ」
「えっ、そのために戦争を始めたというの?」
「ええ。ガイナッシュは二年前の災害から立ち直れず、セタンタを吸収することで延命しようとしています。今回の戦争もルシオの後ろ盾なしには起こせなかった。資金が止まれば、即日撤退するでしょう」
ガイナッシュとセタンタの戦争は知っていたけど、まさかそんな背景があったなんて! ルシオはガイナッシュの水害への援助も行なっていた、その上で侵略の資金も出していたっていうの?
「もちろん、これはあくまでこちら側の意見ですから、ヴァレンティナ様が信じるかどうかは別です。しかし、今回ガイナッシュへの資金援助を決めたのが貴女のお母様ですので、こうしてご足労願うことになったわけです」
私は両手で口を押えて固まった。お母さん! なるほど、そういうことなら納得できる。ルシオ公国はとても小さい国で、優秀な人材は男女を問わず登用されているけど、その例に漏れずうちの母も財務大臣の下で働いている。元々の発言者である母が「やはりやめましょう」と言えば、ガイナッシュへの援助は取り消しになるかもしれない。
「アルバロの手は、ルシオにも伸びてるっていうワケね」
「違いますよ、でも、隣国同士争うのは割に合わないと思う人間はいるでしょう」
「母を脅して黙らせて、親アルバロ派にガイナッシュへの資金を打ち切らせるんでしょう? 誰よ、そいつを告発してやる!」
「そんな! 本当に違いますってば」
「どこが違うのよ! やっぱり卑怯者じゃない!」
「じゃあ、ヴァレンティナ様はセタンタが滅んで吸収されても構わないって言うんですか!?」
私たちはテーブルを挟んで睨み合った。エラールの言うこともわからなくない、これはガイナッシュが始めたことでセタンタは完全な被害者だ。私だってルシオにはセタンタを応援してほしい。でも、こんなやり方じゃ、母さんはきっと自分のせいで私が拐われたんだと思ってしまう……!
「せっかくのメシ時になんて話してんだよ」
「ジェイク」
「ジェンキンス様……!」
いつの間にかログハウスの入り口にジェイクが立っていた。今は金属鎧じゃなく、厚手のベストを着ている。エラールはジェイクに頭を下げ、私にも一礼してログハウスから出て行った。




