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アルフォンソの心

 私とジェイクの視界を遮って割入ってきたのは兄さんだった。剣は抜いたまま、魔法も纏わせたままで、いつでも的に対処できるよう警戒姿勢を取りながら私に話しかけてくる。


「ヴァレンティナ、アルフォンソを困らせるんじゃない。……今のアルを見て何も思わないのかい? 彼はこんなになってまで」

「ルカ、やめてくれ」

「しかし……!」


 胸がざわめいた。兄さんとアルフォンソは昔からとても仲が良くて、私には言わないようなこともふたりはそれぞれ共有していた。今もそう。こんな姿になった原因を、兄さんはちゃんと知っているのに、私には言いたくないのだ、アルフォンソは。


「どうして……、どうしていつも、私に何も言ってくれないの!? 私はそんなに頼りない? あなたが何も言ってくれないからこそ私は……!」

「こら、ヴァレンティナ!」


 兄さんのたしなめを無視して、私はアルフォンソの顔をまっすぐ見上げて言った。


「私は、ジェイクを信じてる。彼は私を愛していると言ってくれたわ。それに、とても親切にしてくれた。ひどいことなんてされてない、あなたが考えているようなことは何もなかったんだから!」

「ヴァレンティナ! アルフォンソはお前のためにこんな身体になってまで……」

「ルカ!」

「……どういう、こと?」


 兄さんの言葉をアルフォンソが強く遮る。ずっと気にはなっていた、その異様な魔力と見た目の変化……。それが、私のためって? アルフォンソは狼狽えて、口を開いては閉じて、何かを言いかけていた。そのとき、急に魔力を含んだ強い風が吹いて、私はジェイクを振り返った。彼はアルバロ兵の手を摑んで弓を取り上げている。そして兵士たちを見回して言った。


「お前たち、下がれ。ここに残るのは俺だけでいい」

「ですが」

「いい。この先、俺が本気で魔法を撃ち合うことになったら、そばにいられると迷惑だ」


それが本心なのかはわからない。でも、ジェイクの言葉を聞いたアルバロ兵たちは旗を下げて離れていった。エラールひとりを残して。


「エラール……」

「ぼくはここを離れませんよ」

「ったく、仕方ねぇな」


 にっこり笑うエラールはここから動くつもりはないようだった。意外と頑固だもの。ジェイクもそれがわかっているのか、無理に避難させようとはしなかった。兄さんとアルフォンソは、アルバロ兵たちが引いていくのを黙って見届けた後、改めてジェイクたちと対峙した。


「どういうつもりだ、アルバロ王子」

「別に。無駄に部下を巻き込みたくねぇのがひとつ、もうひとつは……」


 ジェイクのダークブルーの瞳が私を見つめる。


「惚れた女を巡って喧嘩すんなら、一対一がいいだろ?」

「っ、ジェイク!」


 私は思わず叫んでいた。顔が熱い……そんな場合じゃないとわかっているのに、赤面するのは自分の意思じゃ止められなかった。兄さんが咎めるように私を見ている。そこへ、アルフォンソの冷たい声が降ってきて、私はハッと顔を上げた。


「喧嘩……、喧嘩か。お前はまだ、彼女を僕から奪えるつもりでいるんだな。だがそれは勘違いだ。そもそも彼女は物じゃない」

「チッ! ンなこたわかって言ってんだよ、情緒を解さねぇなぁ。それはともかく、保護者にゃ悪いがヴァレンティナは渡さねぇ。人質とか戦争とかを置いといても、俺と彼女は運命の伴侶だ、俺の側にいるべきだ」


 ジェイクは不敵に笑って剣先をアルフォンソに突きつける。私自身もそうできたらと思っていたことを、ジェイクも同じように考えていてくれたなんて……。それだけで嬉しい。そう思っていると、私の肩に置かれた手に力が入った。


「渡さない、と言っている! ヴァレンティナは僕の婚約者だぞ、今すぐ連れて帰る。何が運命の伴侶だ、馬鹿馬鹿しい。勘違いもいい加減にしろ、見苦しいぞ? ヴァレンティナを幸せにできるのは僕だけだ!」

「はっ、ほざけ! テメェみてぇに人間やめちまったような奴が、ヴァレンティナを幸せにしてやれるワケねぇ!」

「う、うるさい! 黙れ!」


 アルフォンソが急に馬の手綱を引いて、私は驚いて悲鳴を上げてしまった。アルフォンソの腕の中で私は振り落とされないよう必死に彼のサーコートを掴んで耐えた。


「その身体、おおかた悪魔と取引したんだろう? 寿命を捧げたか、魂を売ったか……。そんななりでよくも信仰に厚いヴァレンティナの前に現れられたな、義勇兵!」

「え……」

「黙れ黙れ! 消えろ、アルバロ!」


 アルフォンソの槍にまた魔力の炎が宿る。それはまるで子どもの八つ当たりのよう。私はあふれる感情を制御できなくてただただ首を横に振った。


「どうして、そんな……。その姿は、魔力は、悪魔のものなの? どうして! どうしてそんなもの受け入れたの!」

「君を助けたかったからだ!」


 アルフォンソの胸を叩いた腕を逆に取り上げられて私は強く抱き寄せられた。槍が地面を叩く音が響く。アルフォンソの顔が近づいてきて、拒否する前に唇を奪われていた。


「んっ……!」


 強引なキスは、血の味がした……。


「愛してる、ヴァレンティナ……。ずっと君だけを見てきたんだ。君を取り戻すのに、無力な人間のままではいられなかった。たとえ悪魔に魂を売り渡しても、また君に会いたかった……」

「愛してるだなんてそんな……! だってそんなこと、アルフォンソ、あなた一度も……」

「言えなかったよ! だって君はいつだって完璧で、横に立つのが本当に僕でいいのか、確信なんて持てなかった! いつか誰かがやってきて、僕の代わりになると思ってたんだ……だからどうしても、僕からは切り出せなかった。それに、君も何も言わなかったしね」

「それは……」


 私の中をあの日々が通り抜けていった。そう、私もアルフォンソに並び立ちたくて努力をしていた。それでも本当に彼と一緒にいていいのか自信が持てなくて、何も言えないまま、彼の背中を目で追い、横顔を眺めていた。まさかアルフォンソがこんな風に私のことを思ってくれていたなんて。


「死を目の前にして、僕は変わった。君のことを愛している、失いたくない、取り戻したい……そう思った。そのためなら何を犠牲にしても構わない。僕はそう、生まれ変わったんだ。力がなくちゃ君を守れないなら、力を手に入れる……君を取り返して、ルシオからアルバロ兵を全員追い払ってやる!」

「アルフォンソ!」


 アルフォンソの全身から、魔法の炎が吹き出した。

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