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対峙

「やめて、アルフォンソ! 私はもう、誰にも傷ついてほしくない!」


 アルフォンソとジェイクは互いに武器を構え、睨み合っている。いつ戦いが始まってもおかしくない。止めなくちゃ。


「ジェイク! アルフォンソ!」

「ヴァレンティナ様、危険です!」


 エラールが私の肩を摑んで引き留めてくる。その間にふたりは、私たちから間合いを取って戦い始めていた。恵まれた体格をしたジェイクは、馬上のアルフォンソに対しても引けを取らない。槍を操るアルフォンソも、なぜか戦士のような身のこなしでジェイクに肉薄していく。


「チッ、戦士でもないクセになかなかやるじゃねぇか」

「しつこい男だな……! いい加減、当たれよっ!」

「ぐっ! クソ、そんな力任せの攻撃なんざ、誰がマトモに食らうかってんだ!」


 武器のぶつかり合う重い音がするたび、私の心臓は跳ねた。ジェイクとアルフォンソ、どちらかが大怪我をしてしまうのじゃないかと思うと見ていられない! でも目を閉じると嫌な想像が頭の中に写り込んできて、私は悲鳴を上げた。


「もうやめて! どうしてふたりが争わなくちゃいけないの!? それなら、私がここにいる意味は何なの!」


 叫んだと同時、アルフォンソの槍から魔法の炎が吹き上がり、ジェイクを薙ぎ払った。


「ぐあっ!」

「〜〜〜〜〜っ!」


 軽々と宙を舞うジェイクを、私の目はずっと追いかけていた。喉から空気が抜けていく感覚。手を伸ばす私を、エラールが背中から無理やり引き留める。


「ヴァレンティナ様!」

「離して! ジェイク! アルフォンソ!」


 私の魔法が支援系ばかりでなければ、ジェイクを助けられたのに! 私は、無力だ……。


 いつの間にか馬に乗ったアルフォンソが私の目の前までやってきていた。アルフォンソは槍を手にしたまま私の腕を取り、器用に馬上まで私を引っ張り上げた。


「アルフォンソ……」

「ようやく、迎えに来れたよ、ヴァレンティナ。もう大丈夫。今すぐこいつらを皆殺しにして、君をルシオに連れ戻す……!」


 そう言うとアルフォンソは槍を持つ手を高く掲げた。まさか、さっきみたいに火炎魔法でアルバロ兵たちを薙ぎ払うつもりなの? エラールの顔が頭をよぎる。


「ダメ! アルフォンソ!」

「くらえ、『地獄の業火(インフェルノ)』よ!」

「いやぁぁ〜〜っ!」


 熱風が私の耳をかすめていく。アルフォンソの槍の先から生まれた炎の渦が、アルバロ兵士たちに襲いかかる。このままじゃ、全員炎に飲み込まれて焼かれちゃう!


「させるかよォ! 『風の刃エアリアル・スラッシュ』!」


 そのときゴウッと音を立てて、ジェイクの放った風魔法がアルフォンソの火炎魔法を空高く巻上げた。『地獄の業火(インフェルノ)』は空気を孕んで大きく膨れ上がったけど、誰も傷つけることなくそのまま空へ飛び散った。


「助かった……」


 兵たちの間から安堵の声が漏れる。エラールを見ると、彼は尻餅をついた格好のまま、空を見上げていた。


「テメェ! こんな場所で火炎の範囲魔法使うなんざ、何考えてやがる!」

「はぁ? お前たちは皮鎧の下級兵士じゃなくて騎兵も含んだ上級兵士だろ? 金属鎧相手に火炎魔法は定石じゃないか。クク…、自分の身を守るはずの鎧に焼かれて死んでいくのは滑稽だよなぁ!」

「クソ野郎が……!」


 剣を構えたジェイクが、見たこともない表情でアルフォンソを睨みつけていた。息苦しい……彼の覇気に飲み込まれてしまいそう。


 でも、それよりもアルフォンソのことが気になる。彼はこんなひとじゃなかった! どうしてしまったの? 私の知らない間に何があったの? 彼は見た目だけじゃなく、心まで変わってしまった。


「アルフォンソ、あなた……」

「ヴァレンティナ、さぁ、掴まっていて。こいつらをチマチマ殺していくのは面倒だ、早くルシオに戻ろう。……ヴァレンティナ?」

「嫌……、私、あなたとは行かない」

「何を……言っているんだヴァレンティナ……」


 アルフォンソは呆然とした声で私の名を呼んだ。彼の目に燃える魔法の炎が揺らぐ。まるで彼の心に呼応しているかのように。私は私の腕を掴んでいるアルフォンソの手を押し返した。


「私は戦争を止めたいの! 兄さんが生きているなら、まだ間に合うかもしれない。ジェイクならきっと、交渉してくれるはず。そのために自身の身の危険さえ厭わないひとよ」

「目を覚ますんだ、ヴァレンティナ! そんなのは偽善だ!」

「でも……!」

「戦争を止めたいだって? そんなの、こっちだって同じ気持ちだ! だが、仕掛けてきたのは向こう側で、僕たちの国は、街は、破壊された! いったいどれだけの人数が屋根のない暮らしを強いられていると思う?」


 アルフォンソの言葉を、アルバロ兵たちは黙って聞いていた。アルフォンソは私の肩に手を置いて、前の彼に戻ったかのように理性的に話を続けた。


「僕たちは人殺しをするために進軍したわけじゃない、家族を、大切なひとを守るために武器を手に取ったんだ。僕はカントにいる君を守るために戦おうと思った」

「アル……!」

「外国人に君が拐われたっていう報せを受けて、僕やルカがどれほど心配したか、わかるかい? 君のお父さんがどれほど胸を痛めたか! 卑劣なアルバロ人め……! こんなやり方で何が停戦だ! ただの脅しだ、こんなもの!」


 アルフォンソが地面に槍を突き立てると、そこを中心に火柱が上がった。もう何度目になるかわからない、強い覇気の奔流に私の身体が勝手に震える。


 眼の前にいるアルフォンソの怒りが、悲しみが、覇気を通じて伝わってくるように思えた。今まで見てきた彼の凄まじいまでの怒りは、私を思ってのことだったのかもしれない。


「それでも、私は……」


 私の視線は自然とジェイクに流れていた。ルシオ公国に潜入するために、木こりに変装したみすぼらしい服のまま、鎧も紋章もつける間もなく迎撃するしかなかったジェイク。今もアルフォンソに責められ、剣を握る手に青筋を立てながらも言い返さずにじっと耐えている。


 粗野に見えて本当は、とても優しくて思いやりのあるひと。彼はキス以上のことを私にしなかった。私の心が落ち着くまで待ってくれようとした。命を落とすかもしれないのに、ルシオまで行ってきてくれた。そして、アルフォンソに攻撃されても、大怪我をさせないように反撃を控えめにしている。私のために……。


「ジェイク……」

「ヴァレンティナ……!」


 ジェイクが遠くから、帰ってこいと言うように私に向かって手を伸ばした。

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