アルフォンソ
轟音はおそらく魔法による攻撃だった。いきなり襲撃を受けたキャンプ地のアルバロ軍は、迷わずジェイクの下に集まってきた。
「ジェンキンス様!」
「エラール。よくやった」
特にエラールは、軍旗を持ってすぐさま駆けつけてきた。篝火を増やし、武装を固めて次々に集まってくる兵士たち。その間にも、アルフォンソの声が響いていた。
「ヴァレンティナ! 返事をしてくれ、ヴァレンティナ!」
必死で私を呼んでいる、アルフォンソの声……。思わず一歩踏み出した私を、ジェイクの腕が押し留めた。
「行くな」
「でも……。アルフォンソが私を探してる。ジェイク、お願い、彼と話をさせて」
「…………」
「自分の立場はわきまえてるわ。だから、お願い」
じっと、黙ったジェイクの顔を見上げる。しばらく悩むように視線を落としていた彼は、やがて静かにうなずいてくれた。
「ありがとう、ジェイク!」
「ただし、俺も行く。そこは譲れねぇ」
私はうなずいて、ジェイクの差し出す腕を取った。怒声や轟音はいまだ止まず、いったい何が起こっているのか少し怖い。声がしたのだから、きっとそこにアルフォンソはいるはずだけど……。私は彼が無事ていてくれることを強く願った。
喧騒の真ん中へ急ぐ私の耳に、いるはずのない、でも間違えるはずのない声が届いた。
「ヴァレンティナ! どこにいるんだ、ヴァレンティナ!」
「その声はまさか……兄さん!?」
「ヴァレンティナ!」
アルバロ兵士を槍で薙ぎ払って、馬で頭一つ突き抜けてきたのは、死んだはずの兄さんだった。今もまた、兜を被らず、私と同じ翠色の髪を揺らして。私の隣でジェイクも息を飲んでいた。
「どうして? 死んだはずじゃなかったの?」
「私が生きていては不都合だったかい?」
兄さんはそう言って笑うと、私を隠すように立ち塞がったジェイクを冷たい目で見下ろして言葉を続けた。
「すべてはアルバロを騙すためのフェイクだったのさ。ここを襲撃するための。ヴァレンティナが拐われたという情報を受けた時からずっと、アルバロ側の協力者に探ってもらっていた、エンデ王女の突撃は予想外だったが、上手く利用させてもらったよ。……後で謝っておいてくれ、ひどく泣かせてしまったからね」
付け加えられた最後のひと言だけ、少し心苦しげなのが印象的だった。そうしている間にも、たくさんのアルバロ兵が武器を手に私たちを囲んでいた。対して少数精鋭のルシオ公国軍は背を守り合うように小さく固まって、睨みをきかせている。私は声を張り上げた。
「兄さん! アルフォンソも来ているんでしょう? 彼はどこ!」
「……アルフォンソは来ているよ。それよりも、ヴァレンナ。まずは無事で良かった」
兄さんが私に向かって馬上から手を伸ばす。同時にアルバロの兵たちの間に緊張が走った。
「待って兄さん、話し合いを……」
「ヴァレンティナ! どこにいるんだ!」
私の言葉を遮るように、遠くからアルフォンソの叫ぶ声がした。そして、アルバロ兵たちの驚いたような声と悲鳴も聞こえた。
「アルフォンソ? アルフォンソ!」
「ヴァレンティナ!」
波を割るように強引に、兵士たちを蹴散らして馬の首を進めてきたアルフォンソの姿に、私は息を飲んだ。だって、そこにはまるで別人のようになってしまった彼がいたから。
陽光を受けた麦藁のような金の髪はくすんだ黄金に、晴れ渡る空のような青い瞳は……魔法の炎に包まれ血の色に。血色の悪い肌には血管が浮かび上がり、あんなに優しい顔をしていたあのアルフォンソが、憤怒の表情で辺りを睨みつけていた。
「アルフォンソ、なの……? どうして……」
私を見つけたアルフォンソは、怒りのオーラを消して微笑む。
「良かった、無事だったんだね、ヴァレンティナ。さぁ、こっちへ」
「…………」
でも私は、伸ばされた手を取ることができなかった。変わってしまったアルフォンソの姿に、混乱していた。魔力の流れさえ違う、これはいったい、どういうことなの……?
「……びっくりさせてしまったね。これについては後でゆっくり話そう、今はここを離れるのが先だ。さぁ、ヴァレンティナ」
「させるかよ、化け物野郎! テメェにヴァレンティナは渡さねぇ」
「ジェイク!」
腰から抱き寄せられて、私は思わず彼の胸を押し返していた。そんな場合じゃないのに、顔が熱い。頬が赤くなっているのを感じる。でもその熱は一瞬にして冷めた。まるで刃のように鋭いアルフォンソの怒気によって。
「汚い手でヴァレンティナに触るな、下衆が! 誘拐しておいて、さらに彼女を苦しめるつもりか!」
「何だと!?」
「あっ……」
ジェイクは私を近くの兵士に押しやると、馬に跨がったアルフォンソの下まで歩いていく。剣も抜かないままで。
「ヴァレンティナはもう必要以上に苦しめられた、いい加減に返してもらう。彼女は一般人だぞ、それをこんな風に利用したんだ、もう充分だろう!」
「もちろん返すさ。だが、今じゃねぇしテメェにじゃねぇ。引っ込んでろよ、一般人。こんなやり方で俺と渡り合えると思うな!」
「……ふざけるな! 拉致された被害者を取り戻すのにそんな理屈が関係あるか!」
「こっちは前線に近い場所をさまよっていた外国人を保護しただけだぞ? それに俺とヴァレンティナは愛し合ってる、彼女が帰らないと言えば、無理に引き離すことはできないぜ」
「嘘だ!」
アルフォンソの叫びと共に、雷鳴が響き渡り、直ぐ側の地面を抉った。兵士たちがざわめきながら引いていく。
「……ヴァレンティナを侮辱するな。今すぐ焼き殺されたいか」
「やれるもんならやってみろ、化け物め!」
アルフォンソが馬上で槍を構え、ジェイクが今度こそ剣を抜いた。
「やめて、無茶よ! ジェイク、あなた、鎧も着ていないのに!」
私が叫ぶと、アルフォンソの目を燃やす炎がさらに強くなった気がした。偵察に行ったときそのままの、木こりの服を着ただけのジェイクは、私を庇うように片手を広げて愛剣を構えた。




