4死人は墜落しました
※前回まで一部の箇所で主人公の名前に間違いがありました。申し訳ありません。現時点ですべて修正済です。
気が付いたら、俺は自宅の家で寝ていた。
記憶はないが、気絶から覚めた後、無意識に自宅へ帰って眠りについたらしい。
目が覚めた後、「あれは夢なんだ」と思ったが、脇腹の激痛が事実だと訴える。おそらくヒビくらいは入っている。
手も足も出なかった。いくら勇者とはいえ、この1年俺だって頑張ったのに何もできなかった。本気を出させることもできず、遊び半分の一撃で無様に崩れ落ちた。
そしてエレナ。もうわかる。心から愛した女性はもう二度と戻らない存在になった。
畜生・・・畜生・・・無様に倒れた俺をあざ笑う勇者の顔、唾を吐いたエレナの侮蔑の表情がぐるぐる頭を回る・・畜生・・・畜生・・・!
「あぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!」
俺は慟哭した・・・痛い・・・心が痛い・・・
「ああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!」
俺はひたすら慟哭した。
翌日、エレナのおじさんがやってきた。どうやら2人は昨日あれからすぐにいちゃつきながら王都に戻って行ったらしい。娘の突然の変貌におじさんも困惑して、何か俺に謝っていたようだが、今の俺の頭には入ってこなかった。
その日から俺はひたすらに冒険者の任務をひたすら受けた。内容は覚えていない。
こなしても特に記憶に残らない。ただただこなす。知人も受付嬢もその異常な活動に心配の声を上げていたようだが、俺は耳を貸さなかった。
とにかく今は忘れたかったのだ。勇者に手も足も出なかった屈辱を、エレナを失った悲しみを。自分の無力さを。
ある日、俺は死んだ目で何気なしに依頼状の一つを手に取った。
「・・・死の山の薬草収集か・・・これにするか」
死の山
町から北に行ったところにある山。ここは貴重な薬草が豊富な良質な山だが、稀に発生する霧が立ち込めた時は決して入ってはならないと伝えられている。
何故なら、その霧の中では何故か本来いないはずの高位のモンスターや、時には伝説の幻獣などすら闊歩し始めるからである。
一見危険ではあるが、その魔物達は一切山から出ることなく、霧が晴れると消える。この山の特殊性が見つかって以来、その法則はいまだ破られていないし、被害が出たことも皆無である。
とはいえ、山中が危険なことは確かなので、近隣の町からは経験を積んだC以上の冒険者以外や一部許可が下りた者以外は入山を禁止する条例が出ているという、極めて特別なエリアなのである。
「はぁはぁ・・・痛っ・・・くそ・・・はぁはぁ!なんだってこんなことに」
その死の山の中。うっすらと白い靄がかかり、陽の光を遮るうっそうと茂る森のせいで夕方前なのに夕暮れの様な暗さ。その薄ら暗い山を俺は必死で駆け抜ける。
俺の背後からは俺が逆立ちしても勝てない凶悪なモンスター、首なし騎士デュラハンが追ってきているからだ。
「どうしてこんなことに・・・なったんだ!?畜生!」
俺は悪態つきながら、ここまでの経緯を思い返す。
死の山の依頼を受けた俺は
(ここは危険な場所です。少しでも霧の予兆を感じたら即逃げてください!)
と受付のお姉さんが何度も言っていたにもかかわらず、投げやりになっていた俺は耳を貸さず、聞き流していた。俺は死の山を舐めていた。たかが、山の中腹にある薬草を摘むだけと油断していたのだ。
途中、一応何か空気が嫌な感じに湿り気を帯びているとは感じていた。だが、これくらいならと思って、少し無理したら・・・・気が付くと、あっという間にうっすらと薄い白霧に覆われ・・・A級モンスター「デュラハン」と遭遇した。
最初は何の冗談かと思った。下山しようとしたら、前触れなく目の前の木陰からひょっこりでかい鎌を持った首なし黒鎧が現れたのだ。本来、呪詛が濃い遺跡か何かにいるモンスター。当然、こんな山をひょこひょこ歩いている相手ではない。
無言でたがいに向かいあう俺とデュラハン。距離にして5m。首はないが、明らかに向こうはこちらに注目しているのがわかった。
デュラハン。戦士としても一流だが凶悪な呪いも使う高位アンデッドである。俺が勝てる相手ではない。
「は・・・ははは。さようなら!」
当然迷うことなく俺は逃亡。当然デュラハンは追いかけてくる。
こうして捕まれば即死の世界一危険な鬼ごっこが始まったのだ。
細かい枝が身体を傷つけ、緩んだ地面や石、根っこにつまずきながらも、無視して俺はただただ走る。振り向かずとも後ろからは“あれ”が確かに迫ってくるのがわかる。
先ほどチラ見したら、幸いにも向こうはそのでかい鎌が木々にひっかかり邪魔となって、速度が制限されている様子だ。だが身体能力は向こうが上。だから、その差は縮まらなくとも離れることもない。
とにかく、俺は逃げる。ただ逃げる。息を荒げながら、必死に逃亡する。
死んでもいいとは思っていたが、こんな場所で無意味に死にたくはない!道もわからぬまま、必死に走り込み・・・
いきなり木々に覆われた視界が開かれた。
「え?」
そこは崖だった。止まろうにも、走りで勢いがついた身体は止まらず、俺は思い切り空中に舞った。
「う、うわぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
あがいて、崖っぷちに手を伸ばすが届かない。何か掴めないかとあがくが、俺を落下から防ぐ術はどこにもない。どうすることもできず、俺は重力に従い、奈落に一直線に落ちて行く。
その時、脳裏に浮かんだのは嘲笑うあいつらの姿だ。
「畜生ぉぉぉぉぉぉぉお!」
結局。俺は負け犬のまま、何もできないまま誰にも知られずに死ぬのか・・・俺は死に様すらみじめなのかよ!
情けなさに涙しつつ絶叫し、俺は落下の浮遊感に緊張の糸が切れ・・・そこで意識が途切れた。




