エピローグ
前回のあらすじ:クズな勇者レオンは酷いことをした女性たちの怨みを買い、処刑されました(表向きは田舎にて半軟禁生活)。
深い森の中、少し開けた広場のような場所で、俺ら4人は鋼の毛皮を持つ凶悪なあのA級魔獣“鋼魔狼”と激戦を繰り広げていた。しかし、闘いの流れは俺らの方に傾いてきた。
「シャロン!今だ!」
ソウヤ君の仕掛けた罠と弓矢のコンボで鋼魔狼はその俊敏な動きを一時的に鈍らせた。
「はい!グレートファイアーボール!」
そこを見計らいシャロンちゃんが唱えた上位爆裂呪文による炎弾が凄まじい勢いで、鋼糸の毛皮を持つ鋼魔狼に炸裂し、凄まじい炎を上げる。凄まじい防御力を誇る鋼魔狼は倒れないものの、その破壊力と衝撃でダメージを与え、その動きを確実に止めた。
「シャルさん頼みます!」
シャロンちゃんの言葉に、俺シャルが超至近距離まで近づき、よろめく鋼魔狼に“零斬り”を発動。数多の刃を防ぐ防御力を持った鋼魔狼の“隙間”を通し、首を容易く断ち切った。
その日の夜
「「「「かんぱーい!」」」」
無事任務を遂げた俺とエレナ、シャロンちゃん、ソウヤ君の4人はなじみの食堂で乾杯した。今日の大戦果とA級魔獣討伐の功が認められ念願のA級冒険者になったお祝いだ
「しかし、何度見てもシャルさんの零斬り凄いですよねー。ゴーレムだろうが、ドラゴンだろうがすぱすぱ切り裂くんですもん。もう反則ですよ」
シャロンちゃんの義兄であるソウヤ君が目をキラキラさせて褒めてくれる。出会った時から俺に対する素直で純真な目はいまだにくすぐったい。
「いやぁ、でも至近距離じゃないと使えないから。やっぱりみんながいないとどうにもならんよ」
これは謙遜じゃない。かつて射線上にいる勇者とその奥義と“ナニカ”を一度に切り裂いた“零斬り”はあの日以降発動せず、剣の間合いでしか発動しなくなったのだ。理由は不明である。
「もう!義兄さん!確かにシャルさんもすごいですけど、私も凄かったでしょう!あの爆発呪文!あの速さで詠唱して動く目標にあてるのって凄いんだから!ちょっと褒めてよ!」
そこにぷくーと可愛らしく頬を膨らませて話に割り込んできたのはシャロンちゃん。銀髪ロングの可憐な美少女。かつて勇者のハーレムメンバーの一人にして、エレナと特に親しくしていた少女だ。
「えぇぇ、お前褒めるとすぐ調子に乗るからなー。少しくらい凹んでくれた方が俺としては安心かなー」
「むぅぅぅ!義兄さんの意地悪!」
ソウヤ君の意地悪そうな言葉と頬っぺたプニプニに不機嫌そうに唸るが、言う程怒っていない。というよりいちゃついているようにしか見えない。時折見せる甘い空気は兄妹ではなく恋人のそれである。
「シャル本当にお疲れ様。今日はあまり役に立てなくてごめんね」
酒が入り、少し頬を染めたエレナが俺の傍に近づくとぴったりと身を寄せた。柔らかな感覚といい匂いにドキドキする。
「お、おいおい、そんなこと言うなよ。エレナの回復があると思うから、こっちも安心できるんだぜ。いてくれなくちゃ困るぜ」
何とか冷静を装い、よしよしと頭を撫でると、「これして欲しかったの♪えへへー♪」というように幸せそうに目を細めてうっとりするエレナ。
あの“再会”以来、何か吹っ切れたのか、エレナの甘え方が大胆になった。昔と違い、人前でも構わずぴっとりくっついたり、ふにゃふにゃな態度で甘えたり、とにかく甘い大好きオーラを発する。俺は嬉しいのだが・・・時折周囲から「ちっ」という舌打ちの乱舞が聞こえるのが怖い。
とにかくこのダブルバカップルで構成されたこのパーティーは組んでもう1年半になる。
俺は駆け足で走り抜けた当時のことを少し思い出してみた。
勇者を倒し、エレナと再び結ばれた後、俺たちは今更ながら勇者とハーレムメンバーの逆恨みの危険性を恐れ、今まで世話になったギルドに別れの挨拶をして、別の地に行くことにした。
元いたギルドからは俺の活躍を見た冒険者から喝采を受け、ギルド長も受付のお姉さんも顔なじみの冒険者達からも祝福された。勇者達のことについては「俺らが守ってやるから!」と心強くも優しい言葉を受けたが、迷惑かけるかもしれないのと、今までの環境を一変したい考えもあって固辞。
みんなの優しさに涙しながら、俺らは勇者のホームである王都から大分離れた北の領土にて、その地の冒険者となって新生活をはじめた。
慣れない環境の新天地による一からの生活は大変で、エレナも勇者に囚われた時の悪夢にうなされ苦しんで、時折情緒不安定になり、決して順調とはいかなかったが、師匠に叩き込まれたサバイバル?経験が活きたのか、なんとか順応し、うまく暮らせるようになった。
その間の時間は長くはないが、エレナとのささいな蟠りを解消し、エレナの心を癒し、お互いの絆と愛情を深めるには充分すぎるほどだった。
そして、その間にかつて世話になったギルドから「勇者が俺に負けたことにショックを受け、田舎で隠遁生活をするようになった。女性達も散り散りに去った」と連絡がもらっていた。その情報に胸をなでおろす俺とエレナ。ただ、今の生活もだいぶ慣れたことから、まだこの地にいることにした。
そんなある日、一人の少女がいきなりエレナに突撃してきた。その子こそかつてのエレナの仲間。つまり勇者レオンのハーレムメンバーの一人であった“賢者”シャロンちゃんとその義兄であるソウヤ君である。これは俺らを探してとかではない、偶然に出会ったのだ。
そして、改めて話を聞くと、シャロンちゃんとソウヤ君も俺らと同じ境遇だった。ソウヤ君を慕うシャロンちゃん、いや他のメンバーもいつの間にか勇者のスキルか呪いかで、心奪われ想い人を疎み、避け、ひどい言葉を投げかけ、最悪の別れ方で縁を切らされ、慰み者にされていた。
その件に関しては言葉少な目なエレナからも話を聞いていたが、改めて別の当事者から詳しく話を聞くと更にクズっぷりが際立ち、不愉快さが増した。
ただ不幸中の幸い、といっていいのだろうか。エレナとシャロンちゃんは慰み者になったが、あのクズ勇者の子供を孕んではいなかった。だが、もしかすると他のメンバーの中には勇者の子を孕んだ人もいるかもしれないらしい。その彼女等とはもう散り散りに別れたそうなので、真実は分からない。
見知らぬとはいえ、同じ犠牲者として幸せに暮らしてほしいと祈るほかない。
もし、俺との対決が後少しでも遅れ、2人が望まぬままあの勇者の子を、いやもっと犠牲者が増えていたかと思うとぞっとする。一応これもまた、おれが“もっている”というやつなのだろうか。
そして、勇者が倒れた後、シャロンちゃんはエレナ同様元の自分に目覚め、ソウヤ君の元に戻り謝罪、紆余曲折・・・と一言でいうほど生温くはないそうだが・・・を経て仲直り、いや今は昔以上の関係になって、今は2人で冒険者になって生計を立てていたんだそうな。そこで俺らと出会ったのだ。
エレナとシャロンちゃんは親友同士、そしてソウヤ君は人当たりがいい好青年であっという間に意気投合。せっかくだし、試しに一緒に仕事しないって声をかけたところ、これが想像以上の結果だった。
近接戦闘専門の剣士の俺、回復魔法のスペシャリストのエレナ、遠距離攻撃専門の天才魔法使いシャロンちゃん、気配察知をはじめ探索・戦闘補助で優秀なレンジャーのソウヤ君。互いの長所が見事にはまり、最高の結果を生んだ。
俺らはすぐに正式にパーティーを組み、ついにこの年では異例の一流と言われるAランクパーティーにまであと一歩と上り詰めたのだ。
と、昔を懐かしんでいる内に打ち上げパーティーは進む。知り合いたちに、囲まれお祝いされテンションが上がり一通り騒いだ後、疲れが出たソウヤ君とシャロンちゃんと俺たちは自分たちの部屋に戻り、エレナと2人きりで静かに飲んでいたら、
「ところでさ。シャル・・・何か考えてるでしょう」
唐突にエレナが質問してきた。
「何か?」
「そう。なんか最近、何か考え事してるもの」
じーっと見つめて「話してほしいなー。頼ってほしいなー」と目で語るエレナ。
「ああ、考えるってわけじゃないけど、個人的なことさ。師匠にこの剣を返して、お礼を言いたい。それだけ」
俺は何百体ものモンスターを退治して今なお刃こぼれ一つしない自慢の相棒である黒剣を見る。くれてやると言われ、もらい、今や俺の立派な相棒となった剣。もう気づいているがこの剣はとんでもない逸品だ。
試しに腕は確かと言われる武器屋に持っていったら、主人に腰抜かすほど驚かれ、金貨1000枚で譲ってくれと血走った眼で言われたほどだ。
だけどこれは未熟な俺が持つにはふさわしくない。俺はこの剣を借りたものだと思っている。だから返したいのだ。そしてお礼を言いたい。あの人がいなければ今の俺とエレナの関係は存在しないのだから。
「師匠って例のアルデリアさん?」
「ああ、俺を鍛え、この名剣をくれ、零斬りを教えてくれて、勇者を倒し、エレナやシャロンちゃんの呪縛を解き放ってくれた間接的な恩人ともいうべき人さ。でも、あの人のいるところはすごく遠い。というより行く術が思い当たらない」
師匠はあの世界に入り込めること自体が奇跡のようなものと言っていた。そして穴が開くのも数年単位だと。だから、また同じ方法をとってもまずあの世界には行けないだろう。だけど、この世界にはもしかして行き来できる技術があるんではないかと思うのだ。でもそれは雲をつかむようなことで・・・
「そう、じゃぁ探しましょう」
エレナはあっさり言い放った。軽いなー。
「あっさり言うなー。俺今大変だって話したんだけど」
「私もお礼言いたいから。その人がいなければ。私達シャルやソウヤ君を嫌い続けたまま、あの男に媚びるだけの人形になって、おぞましい人生過ごしていたんでしょ。だから会いたい。貴女のおかげで幸せになりました。ありがとうございますってお礼言いたいの。きっとシャロンちゃんもそういうよ」
その表情は思いのほか真剣であった。そうだよな。もし、師匠に会っていなければ、俺らは一体どうなっていたことやら。考えるだけでもおぞましい。
「でも、これエレナが思っている以上に大変・・・」
「いいよ、シャルと一緒なら大変でも大丈夫」
純粋な目でニコリと笑うエレナに俺は思わずつられて笑う。
「そうだね。これからもよろしく」
「はい。よろしくお願いします」
俺はエレナと笑顔で杯を交わし、酒を飲む。静かだが満ち足りた空気が漂う幸せな一時。
俺らはかつて一度危機を迎えたが、今それを乗り越え、ここまでくることができた。だが、その過程は思い返しても出来すぎているくらいだ。
もしや、勇者がクズすぎたために神様がバランスを保つため、抗う俺に幸運がくれたのでは?とも思える。が、考えても答えはわからない。
師匠ならば、わかるだろうか。はは、会う目的、楽しみが一つ増えたな。待っていてください師匠。いつか必ず俺の最愛の人と共にお礼に伺います。
その目標が叶うのは、もうしばらく未来のこととなる。
次回はシャロン視点での番外編となります。
それが今回の作品の最終回となります。




