【番外編4】ヴァーリックの相談事(Sideエアニー)
※コミカライズのコミックシーモア先行配信記念。22話「ヴァーリックの提案」と23話「イアマのプライド」の間にあったお話です。
「エアニーに相談したいことがあるんだ」
ある日のこと、エアニーはヴァーリックからそんなふうに声をかけられた。時刻は夕方。週末な上、もうすぐ終業時間ということで、執務室はどことなく和やかな雰囲気が漂っている。
「もちろんです。ぼくでよければなんなりとご相談ください」
表面上は平静を装っているが、エアニーの心の中はお祭り状態だ。敬愛するヴァーリックに自分を頼ってもらえることがあまりにも誇らしく、嬉しくて、エアニーは大大大興奮してしまう。
(現在進行中の政策の件だろうか? それとも隣国との交渉の件?)
もしかしたら、オティリエの処遇の件だろうか? まだ城に来て数日、アインホルン侯爵へは必要な書類を送りつけたし、内容に問題がないことを確認して処理を済ませたものの、あとから気づいて追加したい書類などがあったのかもしれない。今はちょうどオティリエが席を外しているし、相談がしやすい状況になっている。
とはいえ、どんな内容にせよ、エアニーがするべきことはただ一つ。ヴァーリックに寄り添い、彼の願いを叶えることだ。
「ありがとう、助かるよ。それで、もしよかったら、仕事終わりに少し時間をもらえると嬉しいんだけど」
「仕事終わりに……? はい、承知しました」
てっきり今相談をされると思っていたのだが、ヴァーリックはそう言って仕事に戻ってしまう。
(珍しいな)
というより、こんなことははじめてだ。一体どんな相談をされるのだろうと、エアニーはソワソワしてしまう。
仕事が終わったあと、エアニーはヴァーリックの私室へと向かった。そのまま執務室で相談をすることもできたはずだというのに、どうやら絶対に人に聞かれたくない内容らしい。
「わざわざ部屋まで来てもらって悪かったね」
「いえ、とんでもないことでございます」
ヴァーリックの望みならば、なんでも喜んで叶えます!――とは口にしなかったものの、エアニーは真顔のまま瞳を輝かせる。
侍女にお茶を淹れてもらってから人払いをし、二人はソファに向かい合って座った。しばらく無言でお茶を飲んでいたが、ややして
「相談っていうのはね」
と、ヴァーリックが神妙な面持ちで口を開く。
(いよいよだ。一体どんなご相談をいただけるのだろう……)
エアニーは手に汗を握り、ゴクリとつばを飲んだ。
「明日のオティリエとのデート、どんな服を着ていったらいいと思う?」
「……え?」
オティリエさんとのデート、とつぶやきながらエアニーはぱちくりと目を瞬かせる。
ヴァーリックがオティリエを誘ったときにその場にいたので、当然エアニーも出かける経緯等を把握している。けれど、まさかヴァーリックからそんなことを相談されると思っておらず、エアニーは心から驚いてしまった。
「驚いただろう? こんなことを相談されて」
ヴァーリックが言う。見れば、ヴァーリックは恥ずかしそうに目を逸らしながら真っ赤に頬を染めていた。
(かっ……!)
しまった。可愛い、だなんて男性に対して思うべきではないだろう。けれど、エアニーには他に言葉が見つからないし、密かに悶絶してしまう。
「正直、驚かなかったと言ったら嘘になります」
己を必死に落ち着かせたあと、エアニーはヴァーリックに正直な感想を伝えた。
「そうだよね。僕自身、とても驚いているんだ」
と、ヴァーリックは照れくさそうに笑う。
エアニーはんんっと咳払いをしてから「具体的にはどういうことをお考えですか?」と尋ねた。
「ほら、普段着ている服じゃ目立つし、お忍び用の服にしなきゃいけないんだけど、オティリエがどんな服装が好きかわからなくて。それから、できれば色合いや雰囲気はできれば少し寄せたいなぁって思ってるんだよね」
「なるほど。そのほうがグッとデート感が出ますからね」
エアニーが言うと、ヴァーリックは恥ずかしそうに「うん」とうなずく。エアニーはまた、心のなかで悶絶した。
「服だけじゃなくて、明日行く場所も――王都のどこに行くか迷っているんだよね。オティリエに少しでも楽しんでほしいし喜んでほしい。それから……カッコいいと思われたい。不慣れな感じとか、迷っているところとか、悩んでいるところを見せたくなくて、それでエアニーに相談しようと思ったんだ」
「そうでしたか」
(ああ、なんて――)
――なんていじらしいのだろう! 普段の凛とした印象とのギャップが大きい分、余計にそう感じてしまう。
(それにしても)
ヴァーリックとエアニーは子供の頃からの付き合いだが、こんなふうに等身大の感情、心の内を聞かせてもらったのははじめてだった。
ヴァーリックはいつだって理知的で、年齢よりもずっと大人びていたし、他人に対して迷いや憂いを見せることはなかった。相談を持ちかけられるときはいつも、ヴァーリックのなかに答えがあって、それを後押ししてほしいというときばかりだったのである。
けれど、ヴァーリックはまだ十七歳。年齢相応に悩んだり、迷ったりして当然だ。
(本当になんということだ……! こんなふうにぼくを頼っていただける日が来るなんて!)
なにが一番嬉しいって、こんなヴァーリックを知っているのは、エアニーだけだということだ。
きっと、ヴァーリックはオティリエの前では迷いなど微塵も感じさせず、スマートで完璧なエスコートをするのだろう。そのために、エアニーへの相談を終えたあとも、ヴァーリックは一晩中オティリエのことを考え続け、できうる限りの準備をするに違いない。ヴァーリックはそういう人だ。
「……オティリエさんなら、ヴァーリック様がどんな服を着ていても、どんな場所に連れて行っても喜ぶと思いますよ」
短い付き合いだが、オティリエはエアニーとよく似ている。ヴァーリックを心の底から尊敬しているし、信頼している。オティリエならきっと、ヴァーリックの本音を――迷いや悩みを知ったとしても、喜んで受け入れてくれるだろう。
「うん、そうだと思う。だからこそ、オティリエが一番喜んでくれる方法を――どうするのがベストかしっかり検討をしたいんだよね」
ヴァーリックはそう言って、小さくため息をついた。けれど、その表情はとても嬉しそうだし、楽しそうだ。
エアニーは胸に手を当て、ゆっくりと頭を下げる。
「もちろん、喜んでお手伝いさせていただきますよ」
「本当に? よかった。そうしてくれると心強いよ」
ヴァーリックはそう言って屈託のない笑みを浮かべた。
(ああ、まさかヴァーリック様のこんな笑顔が見れるようになるなんて)
これまでヴァーリックは仕事一辺倒だった。夜会にもほとんど出席しなかったし、社交も仕事を円滑にするために行っているだけのこと。視察に行っても当然羽目を外すことはなく、いつも王太子として国のため、民のために生き、仕事をしてきた。楽しむ、というのは二の次三の次四の次ぐらいの概念で、母親である王妃が密かに心配していたほどである。
けれど、ここ数日の間にヴァーリックは変わった。
これまでどおり仕事を最優先にはしているが、どこか肩の力が抜けているし、毎日とても楽しそうだ。それから、オティリエを喜ばせるためだけに、エアニーに相談を持ちかけてくれる。
(ありがとう、オティリエさん。オティリエさんのおかげで、ぼくにもヴァーリック様の心の声が聞こえるようになったみたいです)
これから先も、ヴァーリックはこんなふうに自分へ本音を聞かせてくれるだろうか? 頼りにしてもらえるだろうか? ……そうだったらいいな、とエアニーは心から思う。
ヴァーリックには見えぬようこっそり唇を綻ばせつつ、エアニーはそっと目を細めるのだった。




