第87話 知らない妹
守護兵団の隊長たち、オリバーとトマーシュはノナの事情聴取をしたがったが、ノナは彼らを無視した。
それどころか俺に対して現世について質問攻め。
めっちゃ困る。
フィーナ、モニカ、エミリーみたいな身内のトラブル三人娘と違い、ノナは「パンドラ」幹部(推定)だ。
フィーナに絡む調子でいって機嫌を損ねてしまえば「パンドラ」への手がかりを失うこととなる。
エドガーはレイチェルの斬り捨てた負傷者の治療を始め、後処理に俺たちが邪魔になったので、最寄りの守護兵団の拠点に移動することとなった。
下手に転移を使うとどこに飛ばされるかわからない状況なので、ぞろぞろと歩く。
そしてノナは俺と手を繋ぎ、ぶんぶんと振る。
「もっと向こうのこと、教えて。お兄ちゃん」
「お兄ちゃん!?」
俺がその発言に疑問を覚えるのより先に、フィーナが反応した。
ツッコミはそのままフィーナにやってもらおうかなあ。
俺も何が何だかわからないし。
「イツキが言っていたの。大好きな年上の男の人をそう呼ぶって」
「大好きな男の人!?」
フィーナ、その調子で頼む。
イツキってのはあの双子のやつね。意味はあってるけどかなり誤解を生んでいないか。
それに大好きってなんでだよ。「アバドン」で軽く話しただけだろ。
「私にも兄はいますけどねえ、そういうのは家族愛というジャンルで……異性に向けた好きとは違うんですー! 血も繋がってないし! ご理解!?」
「あら。あなたは血縁がなければ家族だと認めないということ?」
「そ……そういう話では……」
ロリっ子に論破されるなよ。長命種のエルフよ。
「じゃあ、ケントはわたしのお兄ちゃんね」
「それなら私だって……! ケントお兄様ー!」
「あなたはケントより一回り……いえ何回りか年上だもの。この場合、おばあさまがちょうどいいのかしら」
何か怪しい動きを見せたフィーナをすかさずモニカが取り押さえ、エミリーが警告として杖を向ける。
このエルフには大人の余裕というのが皆無だ。それに完敗するなよ。
拠点に着くとレイチェルは兵士から剣をカツアゲし、次々とベルトに差していく。
「かさばるけどしょうがないわね」
「丸腰の部下はどうするんだよ」
「スキルとかで……? 頑張ってもらって……?」
その姿を見た隊長の一人、オリバーが小さく舌打ちした。
お前、部下に嫌われてるぜ。
会議室には俺とノナ、フィーナ、オリバー、トマーシュ、レイチェルが代表して参加した。
残りは外。狭いから。
ルーカスも「リスクジャンキー」の代表として誘ったが「アリウスと決着をつける」とストリートファイトに興じるらしい。
「まず、君とノナという少女はどういった関係なんだ」
「そうですよー! どこでそんな希少価値要素モリモリの幼女を引っかけたんですかー!」
俺が聞きたいんだよ。でもラブコメにあるいきなりヒロインが押しかけてくる系の話って、こんなに面倒くさいんだ。
しかも相手は悪の組織の幹部(推定)だぞ。
「エルピスに聞いたの。ケントがトドロキ・ケンジのひ孫だって」
互いに顔を見合わせるオリバーとトマーシュ。レイチェルは状況が飲み込めずポカンとしている。
「大魔女ノーラ……わたしのご先祖はその『冒険王』と一緒に旅をしていたって。ノーラはケンジのことが好きだったけど、王族に求婚されるケンジの姿を見て身を引いたんだって」
「その……一介のひ孫であるわたくしとその大魔女様の子孫と何の関係が?」
「ロマンチックじゃない? とても」
だ、ダメだ……話が通じているようで通じていない。
価値観とか、根本的な物の考え方が違うぞ……!
「だから、互いの子孫であるわたしたちが結ばれたら……それってとっても素敵なことじゃない?」
「夢小説でやってくれ。『ノーラとケンジのイフエンド』だかそんな感じで……」
「なあに、それ」
たった一人の少女に翻弄される大人たちを代表して、ついにフィーナが椅子から立ち上がった。
「順番に質問しましょう! 自由に発言させていたらいつまで経っても話が進みませんから! じゃあオリバーさんから!」
「俺か? 基本的にはレイチェル総隊長の判断に従うつもりではあるが」
「こちらからも同じく。総隊長からは何かないのですか」
オリバーとトマーシュ。二人の守護兵団の隊長たちが上司に意見を求めた。
「アタシ? アンタたちがいつもみたいに決めてくれると思ってたんだけどー」
今度はトマーシュが小さく舌打ちをした。
まあレイチェルが悪いんだけど、ここまで部下から露骨に嫌がられてる上司ってかわいそうなポジションだな。
本人は気付いてないけど。
「ちょっと待ってくれ。かなり話を戻すけど、エルピスはどうして俺の出自を知ってるんだ? 俺ですら最近知ったんだぞ?」
「ん。それはエルピスの先祖も『冒険王』の仲間だったから。前にエルピスと一回会ってるでしょう? それから気になって調べたんですって」
はあ? どうなってんの。ひいじいさんの仲間の血筋は。
悪の組織の幹部を二人も排出してるやんけ。終わってるな。
「どうしてケントのひいおじいさん……ケンジさんの仲間の子孫が『パンドラ』なんて悪の組織を率いているんです?」
フィーナが難しい顔をして言った。俺もチャンスとばかりに畳みかける。
「そうだよ。もう少し誇りみたいなのはないのか? よりによってスキルの強奪なんて……」
「でも、スキルの譲渡は元々ダキスタリアで始まったものだけど」
ああ? どうなってんの。えっと宝玉にスキルを移すんだっけ。
それが「パンドラ」のやってるスキル強奪の大本? じゃあこの国が諸悪の根源じゃねえか。
「そうなんですか?」
最初からレイチェルは相手にせず、俺はオリバーとトマーシュに聞いた。
「その娘の言うことを全て鵜呑みにするのも考え物だが、確かにスキルを受け渡す技術はダキスタリアで開発された。だがそれは本人の了承があってこそのもので、スキルごと心臓を抜くようなものではない」
「そのスキル強奪の仕組みを創り出したのがエルピスだもの。彼の先祖はスキルを扱う高位の神官だったの」
武闘派モニカとその上司の司祭といい、この世界の聖職者って真っ当なのがいないのか?
「『パンドラ』も昔から秘密組織だったけど、エルピスの台頭まではスキルを資産として管理して国を発展させる……いい組織だったの」
「本当に? 本当にいい組織?」
「当時はね」
衝撃の真実にレイチェルもフィーナすら口をあんぐりと開けている。
だが俺にはようやく敵の姿が見え始めたと思った。そんな気がした。




