第84話 双子
吹き飛ばされたフェルナンドは何者が張った結界に激突するが、何とか立ち上がった。
「困りましたねえ。あなたの毒呪剣……規格外すぎて模倣できません」
EX狩刃は毒剣としての特性に加え、堕印奴隷の呪いを得て新たな姿となっていた。
守護精霊としての姿も、黒ではなく深紅のビキニアーマーになっている。コスプレっぽい。
「選べ。このままもう一度【毒血呪】を喰らうか、目的を話すか」
「生憎、エルピスに仇なす舌は持ち合わせておりませんのでねえ」
「そうかよ!」
俺は出力を落とした【毒血呪】を放つ。
その瞬間、結界が外部から粉々に割られ何者かが飛び込んでくる。
勇者の鎧で強化された目が、それが学生服を着た男で、手をかざして毒呪の光線を無力化したことを捉えた。
「レイチェル! 新手だ!」
「指示すんなってーの! 堕印奴隷! やれるわね!」
堕印奴隷はレイチェルを正式に使い手として認めた様子。
レイチェルの横に病的に色白な、目を前髪で覆った守護精霊が立つ。
「その制服……転移者の真似事か!?」
「ああ? 俺は転移者だぜ」
学ランの少年はぶっきらぼうに言った。
かつての「セーラ服の外道」ヘレナみたいなコスプレ転移者かぶれかと思ったら、「パンドラ」に転移者だと?
「納得いってないみたいだな。ま、わかるけどさ」
フィーナたちと外で戦っていたのはこの男らしい。
今、俺の仲間とリスクジャンキーは新たな結界に閉じ込められている。
その背後にはかつての監獄「アバドン」の管理者であるノナがいた。
白い髪、赤い目、白い肌、赤いカチューシャ……姿はあの時そのまま。今は退屈そうに閉じ込めたフィーナたちを見ている。
俺を「パンドラ」に勧誘した少女。
「にしてもフェルナンド……あんたさあ、意外と弱いんだな。これが『四天王最弱』ってやつか?」
「四天王? まあ覇者の鎧のレプリカにリソースを割いているのでねえ。これ以上はなんとも」
「まだ時間稼ぎが足りてないみたいだ。俺がやるからさっさとやってくれ」
学ランが前に飛び出すと、フェルナンドはマントに身を包みどこかへ転移する。
俺たちを削るのが目的じゃなかったのか?
まあ、あの野郎の話を真に受けるのもナシか。
今の問題は【毒血呪】を無効化した奴にどう対処するかだ。
「レイチェル! 同時に撃つぞ!」
「だーかーらっ! 指示すんな!」
そう言いながらもレイチェルは【血呪】を、俺は【毒血呪】をそれぞれ放つ。
学ランの男は右手をかざしながら突進。手に触れる猛毒と呪いを打ち消しながら突っ込んでくる。
わかりやすく無効化能力か? なら!
毒と呪いを受け切り、EX狩刃の剣先に迫る男に俺はEX狩刃ごと鎧の籠手を発射した。
ピンクの像を爆散させたロケットパンチだ。無効化したとて動きは封じられるはず。
だが学ランの男は難なく両手で猛毒の刃を掴み取り、籠手ごと放り捨てた。
(何!?)
レイチェルの連射式【血呪】を右手で全て捌き、左フックが俺の胴を狙う。
(やっぱり無効化!? 待て、どうして剣を素手で掴める?)
俺は鎧を受けるという選択を一瞬で後悔することになる。
俺の脇腹が爆発したかのような衝撃に襲われる。それは「衝撃付与」スキルの一撃が比にならないほどの威力。
勇者の鎧の人工精霊が警告を発し、自己修復を開始した。同時に俺は籠手とEX狩刃を引き寄せる。
吹き飛ばされる俺を尻目に、敵はレイチェルに転身。
レイチェルの華麗な剣捌きを今度は全て左手で受け止めながら、爆裂する拳をレイチェルに浴びせようとする。
咄嗟にレイチェルは足元に【血呪】を撃ち込み跳躍。間一髪で回避した。
「魔力無効と物理無効ってところか……?」
毒と呪いを魔力として打ち出す攻撃を全て打ち消した右手と、真剣を掴み取り斬撃を受け止める左手。
そう結論を出さざるを得なかった。
「ま、半分……いや七割正解ってとこかな。左手の『物理無効』は当たり。右手の『魔力無効』は……近いけど、少し違う」
「お前は誰だ? 転移者……多分日本人だろ? 何が目的で『パンドラ』にいる?」
「質問攻めだな。ま、いいか。俺はイツキ、日本人だ。兄貴を助けるために『パンドラ』にいる』
そういって学ランの男、イツキは俺とレイチェルを同時に警戒しながら拳を構える。
「兄貴っていうのは一緒に転移してきたのか? 『パンドラ』に捕まってるなら、俺も協力する。あんな奴らなんか……」
「兄貴はいるぜ。俺ん中にな」
「なんだって?」
レイチェルが瞬時に距離を詰め、堕印奴隷で斬りかかる。
流石に「剣聖」スキルの持ち主だけあって、身のこなしは俺じゃ比較にならないほどだ。
そして呪いを帯びた剣を両手で防ぎ切るイツキ。
左手は物理無効。右手は魔力無効。だがこれは七割正解らしい。
七割正解? つまり魔力をどうにかできる力ではあるわけだ。
魔力消費の負担が大きくなってきたので、俺も駆け寄ってEX狩刃を叩き込もうとする。
するとイツキはレイチェルの剣を防ぐために重ねた手のひらをわずかに押した。
吹き飛ばされるようにレイチェルが地面を転がっていく。
そして俺に背を向けながら、振り下ろされるEX狩刃を白刃取りし、力を込めて背負い投げのように俺を地面に叩きつけた。
「魔力を……奪ってるな……?」
「ご名答。ま、今さら気付いたところでな」
EX狩刃を捕まれ、投げられる際に確かに感じた。
魔力を奪われる感覚と、それをイツキが身にまとったことを。
「基本的に転移者が与えられるスキルは一つっきりだ。だけど俺は『魔力奪取』と『物理無効』の二つを持ってる。『パンドラ』にもらったんじゃないぜ……何でかな?」
「……お前の中に『いる』っていう兄貴のだろ。二重人格か何かか?」
明らかにイツキは時間を稼ぐ態勢に入っている。フェルナンドが転移した先で何かしていることに関係があるんだろう。
だがこの圧倒的実力差を持つ相手を前に、俺は問われるがまま答えるしかなかった。
「ほぼ正解だな。ま、兄貴は本当に中にいるんだけどな。聞いたことあるだろ? 双子の片方がもう一方を吸収しちゃうやつ」
「じゃあ、魔力と物理両方に耐性があるのは兄弟だからか?」
俺も反撃の機を伺う。籠手の中に毒液を充填させて、弾けさせる。
これなら片手で毒液を対処しきれないはずだ。
だが俺が攻撃に移る寸前、フェルナンドが転移し戻ってきた。
その手には青い手のひら大の宝玉。
「イツキ氏、目的を達成しました。速やかな撤退を進言しますがねえ」
「わかった。ま、最後に名乗っておくか。『パンドラ四星』の『双征児』イツキとタツキだ。じゃあな『健康剣豪』」
学ランの男は俺にそう告げ、転移していった。
フェルナンドも消え、ノナも俺をしきりに気にしている様子だったが、消えた。




