第81話 フィーナ覚醒?
レイチェルの放つ斬撃を避け、飛び、急接近する影がある。
目の前に迫るのはタナカ。「神速」スキルの転移者。
いやいや、曲がりなりにも自警団の一員だろ。アイツ。
こんな暴動に参加するなんて馬鹿な真似を……まあ、馬鹿だったわ。
しかし馬鹿とは言っても真っ直ぐな馬鹿だ。悪い奴ではない。頭は悪いが。
と、思っていたらタナカが真っ直ぐ俺に突っ込んできた。真っ直ぐな馬鹿ってそういう意味じゃないから。
「今戦える剣の方はいますか!?」
手持ちの三本の霊剣EX狩刃、堕印奴隷、辰切丸に問いかける俺。
「……正直に言う! まだ毒の制御に自信がない!」
「相手の精神状態次第では呪い殺しちゃうかも」
「ぶった切ろうぜご主人!」
ダメじゃねえか。雁首揃えて。
そうこうしているうちにタナカは目の前。剣を抜いている暇はないし、抜けても殺してしまいそうだ。
なので拳を、そっと添えた。
一直線に突っ込んできたタナカはそのままマックススピードで拳を顔に受け、地面に頭を打ち付けながら滑っていった。
スピードに頭の回転が追いついていないんじゃないのか。
あと、死んでないよな?
心配ご無用とばかりに跳ね起きるタナカ。それも白目を剥き、盛大に鼻血を流しながら。
アイツには悪いが、本格的に「ゾンビ化」スキルの影響を受けた可能性も視野に入れないといかんな。
噛まれる前に、モニカに浄化してもらわなくては。
いや、噛んで増えるタイプのゾンビって聖職者の魔法で浄化できるのか?
「『暴走者』は極端な興奮状態にあります! 本気で打ち倒したら死にかねませんよ!」
レイチェルが斬り伏せた「暴走者」を次から次へと治療していく治療士エドガーからの忠告。
先に言ってよ。右拳を添えただけでよかったけど、殴り返してたら死んでたかもじゃんか。
「どうしよう……」
「どうしましょうねえ」
俺とフィーナが同時にぼやく。
モニカが「暴走者」を殴打し、エミリーが「命令魔法」で次々と暴徒を吹き飛ばす。
そんな中、決定打に欠けるフィーナと殺傷能力がありすぎな俺は手出しできなくなってしまった。
「なーにやってんのー! 手足の腱でも斬っちゃいなさいよー! エドガーが治すから!」
「俺の手持ちの霊剣だと手足が吹き飛んで済めば良いような状況でして……」
暴れるタナカを羽交い絞めにしている俺を咎めるレイチェル。
フィーナはおろおろとタナカにゼロ距離【麻痺】をかけているが、効果は薄そうだ。
「あー! あんまコロコロと持ち主を変えたくないんだけどなあ! エルフの姉ちゃん、俺を使え!」
急に叫び出したのは軍服の守護精霊姿で現れた辰切丸。
辰切丸は鞘から飛び出しフィーナの手に収まる。君、自由だね。
「刺せと!?」
止めを刺せという意味だと思ったフィーナが、手のひらに吸い付く辰切丸を振り回して捨てようとする。
シンプルに危ないんだよ。
「違うって、俺をそいつに向けて魔法をかけてみろ!」
「え。ええ~……【麻痺】ぅ……」
「ぎゃっ!」
タナカが気絶した。うっそ~? 竜を斬る以上の機能はないと思ってたんですけど。
「ど、ど、ど、どういうことですか!? 霊剣で魔法の出力が上がるなんて話聞いたことないんですけどお!?」
「簡単だぜ! 竜の守りを貫くには斬撃の威力を増幅させる必要があるだろ? だからそれを姉ちゃんの補助魔法にも応用しただけだ!」
「ああ、魔術の法則が崩れる……」
膝から崩れ落ちそうになるフィーナを咄嗟に支える俺。金関係以外でこのエルフがここまでダメージを受けているのは珍しい。
「さっきから! そこ! なーに! してんのー! アタシにばっか敵が向かってくるんですけどおー!」
「これ以上負傷者を増やさないためにも、ご協力お願いします!」
レイチェルとエドガーの叫び声。じゃあフィーナさん、ドカンとやっちゃいましょうか。
「でっかいの頼むわ」
「【拡大】!! 【麻痺】!!」
「ギャー!」
何重もの叫び声。
フィーナの詠唱と共に、「暴走者」と迎撃に当たった部隊全員が麻痺し、その場に倒れるのだった。
俺は「健康体」スキルで無事。とりあえず、負傷者の治療ができそうなモニカ、エドガー、アリウスを叩き起こして治療に専念してもらうこととする。
あの~。フィーナさんが急に凄まじい戦力アップをしたんですけど。なんか挟まないの? イベントとか。
「で? まだ腕が痺れてるんだけど……何これ?」
「いや、うちのフィーナの補助魔法は一流なので……」
「そんなことじゃないでしょー!? そもそもこの暴動がなんだって聞いてんのー!」
レイチェルは不満げだが、意外と怒ってないのか? まあ守護兵団総隊長とか言ってたし、怒ってないなら何より。
「それと事態が解決したら衆長にチクってやるんだからー!」
そうか。そうだね。後で繋がるからと暴徒の手足を斬り落とす奴なんかがそう寛大なわけがない。
アリウスみたいに。
アリウスはジーク殺しについて俺に問いただしたいことがあるようだったが、「リスクジャンキー」の面々が察して遠ざけている。
でもジークがあそこで死ななければ、もっと多くの犠牲を出していたに違いない。
その点に置いて俺が譲る気はなかった。
「状況を整理しましょう。いいですね?」
立っているのもやっとの様子で、エドガーがレイチェルに同意を求める。
「何か思いついたのね? 言ってみて」
「今回の『暴走者』は全員転移者でした。治療の過程で見知った顔を何人も見たので間違いありません。そして『暴走者』たちはついこの間、失踪から帰ってきたばかりの方々なんですよ」
エドガーの言葉を聞いて、俺の頭にピンときたものがあった。
「『アバドン』か……」
「おそらく。転移時に出来た縁からの干渉によって暴走させられたのでしょう」
「エドガーったら! もっとわかりやすく言いなさいよー!」
拳を振り回して不満を訴えるレイチェルに応えるように、突然現れた深紅の鎧の男が返した。
「クク……つまりまたしても我々『パンドラ』の仕業ということですよ。おわかりいただけましたか、レディー?」
その男は「アバドン」で出会った「パンドラ」幹部、「四星」のフェルナンドだった。




