第76話 ドワーフのドーリ
「え? ここドワーフの隠れ里じゃないの? こんな山奥まで来たのにガセ?」
「いや、元隠れ里だから半分は合ってるんだけど……ていうかオイラに驚かないの?」
ドーリと名乗ったドワーフの自称幽霊は「幽霊が言いそうなセリフトップスリー」に入りそうなことを言った。
ちなみに俺的一位は「俺のことが見えてるの?」です。
「いやあもっと珍妙なものを見てきたからなあ。空っぽのまま動く鎧とか、尻から火を噴く象とかな。今さら幽霊じゃインパクト不足かな」
「そういうものか? まあ過剰に驚かれても傷付くけどスムーズに受け入れられるのも何だか複雑だなあ」
幽霊のドワーフ。まあ変わってはいるけどそんなことよりもここが「元」隠れ里という言葉が気になる。
「元隠れ里ってどういう意味だ? もうここにはドワーフはいないってこと?」
「そういうこった。ここの地脈から魔力を得てるオイラ以外はな。死んでるけど」
フィーナー。地脈って何だっけ。解説してー。
「なるほど? 本来自然消滅するはずの幽霊であったあなたが、どういうわけかこの地に根差す魔力である地脈に結び付いてしまったと。そして地脈がある限り消えることもなければ離れることもできない、と」
「おーエルフの姉ちゃん、あったまいー!」
そうそう。そういえばそんなんだった。
でも待てよ。幽霊だとしてもEX狩刃の状態を見てもらって知り合いを紹介してもらうくらいできるんじゃないのか?
そう思った俺はEX狩刃を抜く。毒液が垂れてドーリの座る岩を少し溶かす。
「なあドーリ、お前はこれを見てどう思う?」
「どう思うも何も……ひっでえなあこりゃあ。もうちょっと寄せてくれ。見ただけじゃ断定できんけどすごい強力な毒か呪い……で汚染されてる。これじゃあ元の性能は発揮できんぜ」
ドーリの見立ては正しい。EX狩刃は人間じゃ即死級の毒沼に五十年も放置されて性能が変質してしまった霊剣だ。それに……。
「しかもその上で新しい汚染をコントロールする機能が破壊されてら。よくもまあこんな念入りに壊したもんだ……っておいおい『刃命』EX狩刃!? こりゃあ悪い冗談だろ?」
やはり頭の悪い漢字命名武器って前に聞いた通りドワーフが作ってたのか。どこから漢字と武器の元ネタを仕入れてきたのかは知らないけど。
そしてその中でも特にEX狩刃は特別だったということらしい。
ドーリは続けて言う。
「EX狩刃はオイラのご先祖が参加したプロジェクトだったんだぜ。対魔王決戦仕様の勇者専用聖剣として開発されたこの霊剣は特別にカンジだけじゃなくて『アウハベ』とかいう字を使うことになったんだ。『EX』……規格外って意味のな」
EX狩刃だけ格別に名前がおかしいのはそれが理由か。
今の人格のEX狩刃ならドヤ顔で威張り散らすはずの場面だが、ドーリに現実を突き付けられてショックなのか気配がない。
「それにしたってなんでドワーフは漢字をそこまでありがたがるんだよ。ドワーフ固有の文化とかはないのか?」
「カンジこそが新しいドワーフの文化になったんだろ? なんせ男の字だって言うからな!」
ああ漢の字ってことね……だから霊剣はどいつもこいつもヤンキーみたいな当て字の名前なのか。
「それでこのEX狩刃はドワーフなら直せるのか?」
「ムリムリ。やり手のドワーフでも無理だろうなあ。まず熱するだろ? 毒ガスが発生して死ぬだろ? 終わり! でもまあ、全く手がないわけじゃないぜ。直すのはドワーフじゃないけどな」
ドーリはもったいぶって結論を言おうとしない。そしてどこか嬉しそうだ。
「どういうことだ?」
「アンタの身体に俺が乗り移って俺が鍛え直す。理屈はわからんがアンタに毒は効かないんだもんな」
そんなシャーマンなこと俺にできるのか?
「オイラは生前霊剣を鍛造するのが夢だったんだ。けどEX狩刃を鍛え直す? そんなの霊剣鍛造なんか目じゃない偉業だ! なあ、俺にやらせてくれ!」
「一応聞くけど新しい隠れ里を教えてくれたりは?」
「絶対嫌だね!」
だそうです。俺が何言っても聞き入れそうにないなあ。
どうして俺の周りってこういうタイプが集まってくるんだろう。
「設備もまあ補修すればまだ使えるのもあるだろ。一生のお願い! 頼むって~!」
一生も何も死んどるやろがい。
とはいえ俺の身代わりになったEX狩刃のためにも俺だって体を張らねばなるまい。
「あーわかったよ。じゃあ俺の身体を使っていいからEX狩刃を戻してやってくれ」
「よっしゃあ! じゃあ岩竜の素材を取って来てくれ!」
なんて?
「岩竜だよ。ドラゴンの末裔の岩の塊みたいなやつら。あいつらのフンはすごい貴重な鉱石になるんだぜ!」
「そういうわけで今から岩竜の素材を取りに行くわけだけど、異論は?」
奇麗な石探しで盛り上がっていた三人娘にドーリと話した内容を報告する。
「ケント一人で行けばいいじゃないですかあ。堕印奴隷に『冒険王』の刀にEX狩刃までいるわけですから、まともに戦って勝てない魔物なんていないですよ」
「わたし足がいたーい!」
「ドーリさんはアンデッドだけど浄化してはいけないアンデッド……浄化してはいけないアンデッド……」
賛成意見が一つもない。
「でもケントがどうしてもって言うなら私がついていっても……」
「ここは俺の出番だ新ご主人! なんたって俺の名前は『辰切丸』! 初代ご主人が竜族を相手取るときに使った刀なんだぜ! ドラゴンすら斬った俺の刃は対竜なら超強い! ぜ!」
俺のひいじいちゃん、ドラゴンスレイヤーだったの?
まあ大陸を制覇したならドラゴンと遭遇するくらいあったかもしれないけど、ドラゴンってマジで強いんじゃないの。
まだ遭遇したことないし、先代勇者は相討ちになるし。
うちのひいじいちゃんマジでヤバすぎ。じゃあ岩食ってウン鉱石してる引きこもりっぽい岩竜なんか辰切丸で秒殺だろ。
「じゃあ一人でいいや。適当に野営の準備しといて。あと二人はモニカがドーリを浄化しないように見張っててくれ」
「そーーーですか。いってらっしゃいませー」
フィーナの雑な見送りで俺と三本の剣は出発する。ドーリ曰く岩竜は「見ればわかる」とのこと。じゃあ見るまでのことよ。
岩肌に設置された足場を頼りに谷底まで降りる。そしてさらに谷を降っていくとそこには、そこには……。
家ほどの大きさの無数のダンゴムシが岩を貪っていた。
これ竜? 見てもわかんねーよ。辰切丸効くわけ?
ドワーフは竜って言葉の意味を百回調べてこい。百回だぞ。




