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第72話 受け継がれるモノ

「どういうこと? わたしの『命令魔法』が偽物の魔術だって言いたいワケ?」


「偽物だなんて話はしてないですけど……」


「現に俺たちはその『命令魔法』に何度も助けられてる。本物かそうじゃないかなんて重要じゃないと思うぞ」


 自分で言いながら「重要に決まってるじゃない!」と詰め寄られる覚悟をしていたが、意外にもエミリーは冷静に椅子に腰かけ、話の続きを促す。


「わたしの『命令魔法』は新たな魔術というよりもスキルの方が近いって話なのね?」


「あくまで私の推論ですが……エルフの里で色々な魔術に触れてきた私も初めて見たものでしたし、今回のエミリーがおそらく転移者の一部としてカウントされたのはそういう理由だと思います」


「あっそう。ならよかったわ」


 え。天災……天才魔法少女を自称していたあのエミリーがこの事実をあっさりと受け入れるなんて予想外過ぎるぞ。しかも「よかった」ってどういうこと?


「え……天才魔法少女じゃなくていいわけ?」


「そうね。年々『命令魔法』の威力は増していくけど、もっと強くなろうとして色々魔道具を試しても意味がなかったの。だから納得っていうか。ほら、これはこの前買った蛇の抜け殻のお守り」


「近づけないでくださいね......!」


 フィーナが身をよじって椅子から落ちそうになる。


「だからこれからは天才スキル少女として名乗っていくことにするわ! 今まで魔法全体の法則がおかしいのか、わたしだけが特別なのか迷ってたんだけど後者だったのね! だから『命令魔法』に次ぐ新しい名前を一緒に考えましょうよ!」


「それはやめた方がいいと思います」


 急に真剣な表情になるフィーナ。普段はめちゃくちゃなフィーナでもこういう場面だと途端に正しいことしか言わなくなります。ここはテストに出ない。


「スキルと言っても技能が昇華した『剣豪』のようなスキルと転移者が元から持っている特殊なスキルの二種類があるのは知ってますよね。でも『命令魔法』はどう見ても転移者パターンなんです。私でも判断を下すのにここまでかかったんですから、特別な魔法とでもしておいた方が安全ですよ」


「安全って何に対してよ」


「いや『パンドラ』に対してだろ。俺の『健康体』ですらEX狩刃を扱うためのスキルとして一定の需要が生まれ出してるんだ。スキルとなるとあいつらに狙われる可能性が高くなる。俺も反対だ」


 でも仮に「命令魔法」に新しい名前を付けるとしたらどうしようかな。「言霊使い」……うーん和風かな。じゃあもう少し凝って「発現話法」とか「発現」と「発言」がかかっていて……。


「へえ。『健康体』なんかがねえ。じゃあわたしのレア中のレアスキルが狙われるなんて絶対避けないといけないわね」


 なんかって言うな。


 これまでみんなを助けてきた……と思われるいぶし銀のスキルだぞ。


「まあそういうことです。一族にしか伝わらない秘伝の魔法とでもしておいてください」


 途端に目が輝きだすエミリー。好きだよね。お年頃だもんね。俺は一子相伝の拳法とかに憧れたよ。あれは全然一子じゃなかったけど。


 話が逸れた。


「特Aランクの父とAランクの母の夫婦冒険者から生まれた秘伝の魔法の継承者! そして今はわたしも特Aランクパーティの一員として活躍中なわけでしょ? ふっふーん! わたしをモデルとした冒険物語が書かれる日も近いわ!」


「ふーん。エミリーの家系は冒険者エリートなんですねえ。しかも特Aランクなんて。私たちみたいな王族直属と違って特別な才能があって認められたタイプでしょうね。ん……待ってください。特別な才能?」


 何かが引っかかったようなフィーナ。特別な才能があることの何が問題なんだろうか。


 あ。俺もわかったかも。


「なあエミリー。お父さんの名前ってどういう名前だった?」


「ジョージだけど。急に何よ」


 ジョージかあ。ジョージだとちょっと判別できないなあ。


「ほら。これあんたなら読めるでしょ? 多分ジョージって書いてあると思うんだけど」


 エミリーがポケットから父親のと思われる巾着を出す。そこには「譲司」と刺繍がされていた。


 やっぱり。


 エミリー。お前転移者の娘やんけ。


「落ち着いて聞いてくれよ。俺も、リサさんも、タナカも、ひいじいちゃんもみんな日本っていう国の日本人なんだ。で、そのジョージって名前はまあ割りと日本以外にもいるんだけど『譲司』は日本人なんだわ。確実に」


「……何が言いたいのよ?」


「エミリー、お前は転移者の娘なんだと思う。特別なスキルがあるのは多分遺伝だなあ。何故か日本人が狙い撃ちで異世界転移して、スキルが遺伝するなんて現世の日本人ならぶったまげるぞ」


 エミリーは上を向いたり、斜め上を見たり、首を傾げたりして何かを思い出そうとしている。


「何だっけ……お父さんが言ってたこと。確か『お父さんはニートだったけど冒険者になってからはウハウハだぞー』みたいな。んー、ニートで合ってたかしら」


 ニートかよ。でも現代日本に適性がなかっただけでクァークリにはしっかりと適応できたみたいだし……まあ。


 世のニートよ。異世界でチャンスを掴まないか?


 それには何故か死にかける必要があるのと元の世界に帰ると死ぬという縛りがあるけど。


「特Aランクの冒険者と聞いてピンときたんです。転移者排除の『ヘレシー』が活発化するまでは特Aランク冒険者が転移者なんて話は珍しくなかったので。危険な依頼を任されることから死亡率も高かったらしくてあんまり話としては残ってないんですけど」


「そう……ね。お父さんも帰ってこなかったし」


 おい! フィーナのせいでエミリーが落ち込んだぞ! この魔女っ子、いやスキルっ子はお母さんも流行り病で早くに亡くしてるしそれなりに壮絶な人生を歩んできてるんだぞ!


「いやいや。エミリーのお父さんが亡くなったと言いたいわけじゃなくてですね……!」


「でもそれなら何年も娘をほったらかしにしてるろくでなしじゃない」


 おいおいおいおい。フィーナが何か言うとエミリーが落ち込んでいくぞ……!


「……えーい! 【忘却】(オブリビオン)!」


「……どういうこと? わたしの『命令魔法』が偽物の魔術だって言いたいワケ?」


 これ最初の方のセリフだな。もしかしてこのエルフ、エミリーの直近の記憶を消しやがったのか! 舌ペロすな!


 こうして俺とフィーナは地雷を踏まないように言葉を選びつつ、同じ内容を再度説明するハメになったのだった。

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