第69話 剣の死
切り結ぶ毒の霊剣と呪いの霊剣。
かつてガレセアの領主ルドルフが扱っていたときよりもEX狩刃を襲う呪いの浸食が早い。
EX狩刃自身が纏う毒すら呪われ、毒としての本質を失い変質していく。
こうなってはこれ以上EX狩刃と堕印奴隷を接触させておくのは得策ではないと俺は考える。
そして勇者の鎧の脚部に力を込め跳び退る。
「いい的じゃねえか! 【血呪】ゥ!」
着地を狙ったかのように堕印奴隷の切先を突き出し、赤い光線を放つジーク。それはかつて見たものより遥かに鋭く、速かった。
だが俺も無防備に後退していたわけではない。変質した毒液を床に捨て、新たにEX狩刃を濃縮した毒で覆う。その上でジークの放つ光線を受け止める。
EX狩刃・極。
奴が「刀剣蒐集者」により存分に性能を引き出している堕印奴隷の呪いに拮抗できる濃度の毒。
EX狩刃が受け止めた【血呪】は四方八方へと飛散し、天井を抉り、壁を削った。
「ハッ! やるようになったじゃねえか。なあ?」
完全に受け止めたはずの【血呪】だが両腕への強い違和感を覚える。EX狩刃の表面を流れる形で両手の籠手が呪われてしまったとしか思えない。装着しているだけで焼けるような感覚に襲われる。
「パージ!」
EX狩刃を片手ごとに持ち替えながら、呪われた両手の籠手をそれぞれジークに射出する。「健康体」スキルの影響でEX狩刃を素手で持つこと自体に問題はない。
だが掌に仕込んだ毒を打ち込む技は封じられてしまった。
「せっかくの決闘だってのにだんまりじゃ面白くないじゃねえか。それともしゃべる余裕もないってか? ええ!?」
実際その通りで、かつて戦った際とは段違いの剣の性能に俺は驚かされてばかりだ。
「お前は随分おしゃべりだな。少しは霊剣に相手をしてもらえよ、堕印奴隷を解放してな!」
「剣と話すなんざ正気とは思えないぜ。霊剣使いってのは変人の集まりか?」
そう言うとジークは堕印奴隷の切先から三発続けて【血呪】を放つ。先ほどの照射型ではなく、威力を濃縮した単発型だ。
それぞれEX狩刃・極の刀身で受け流すように【血呪弾】を弾いていく。
素手でEX狩刃を振るっている以上呪いの影響は避けられない。「健康体」スキルで即座に治癒されるが、一撃を受けるごとに痺れ、熱に苛まれる。
そしてその内の一発が天井に直撃し、大きな瓦礫が落下してくる。
その瓦礫が巻き起こす粉塵に紛れ、EX狩刃・極で瓦礫をジークの方向へ斬り飛ばしながら接近する。
「俺は伝説の元聖剣とやらと斬り合いたいんだがな」
ジークは的確に【血呪弾】で瓦礫の断片を撃ち落とす。俺の接近にも気付いているはずだ。
「戻れ!」
俺は先ほど撃ち出した二つの籠手を呼び戻す。呪われてはいたがまだ制御権は失っていないのは持ち主の俺が一番理解している。
突然背後から飛来する物体にジークは気を取られる。それが自身が呪った物体であることに気付いたジークは忌々しそうに舌打ちし、堕印奴隷で払い落とそうとする。
ジーク本人が呪いを制御しつつも毒や呪いへの耐性スキルがあるわけではない証拠だ。
そして左右の籠手は毒液を噴き出しながら落下する。
ジークの判断は速い。即座に照射型の【血呪】を解き放つ。ジークは呪われた毒液を浴びるが、毒としての機能を失ったその液体は無毒化されており、ジークは不快そうに自身が浴びた液体を指で擦るだけだ。
(毒を呪うってどんなデタラメなんだ!)
そう思いながらも俺の攻撃は止まらない。籠手に対処するために背後を向いたジークに回し蹴りを放つ。無論、脚部に格納した毒液を纏わせての一撃。
だがそれはのけぞるように大きく膝を曲げたジークによって見もせずに難なく回避されてしまう。
「剣で勝負しろってんだよ! 『健康剣豪』!」
俺の足が通り過ぎると同時にばねのように跳ね起きたジークは高く飛び上がると体を捻り、上空から【血呪弾】を連続で放つ。全てEX狩刃で受け流すが、その時点で既にジークは俺の間合いに踏み込んでいた。
「呪いが邪魔か? なら手加減してやるよ。何、負けた言い訳にはしないからよお!」
「そうかよ。俺は本気でかかる。毒で即死したら言い訳なんかしてられないな?」
堕印奴隷の纏った呪いの気配が一気に薄れるのを感じる。
二撃、三撃と斬り合っているうちに、EX狩刃を持つ籠手の加護のない腕がびりびりと痺れてくる。
長期戦は劣勢と考え、斬り合いながら刀身内部に毒を流し込もうとするも、防御のための呪いは残っているようで毒が浸透しない。
そんな中で、ジークの鋭い前蹴りがおれの腹部を直撃する。鎧の加護でダメージはそれほどでもなかったが、衝撃自体はすさまじく後方へ吹き飛ばされる。
「剣術以前に体捌きがなってねえ! こんな奴にEX狩刃はもったいないだろ!」
「お前に堕印奴隷ももったいないな! 霊剣をスキルで支配するしか能の無いお前には!」
距離を詰めながら【血呪弾】を打ち込んでくるジークに精一杯の反論をする。
なんとか全ての【血呪】を受け流すが、流れ弾を受けた最下層の部屋の天井や壁が崩れ始める。
次々と落下してくる瓦礫をジークは蛇のように回避し、剣や拳を交えた多彩な攻撃を仕掛けてくる。一方で俺は防御に徹しながらある秘策を思いつく。
そんな時、最下層のドアが突然開いた。
そこにいたのはここにいるはずのない人物。
フィーナだった。
「フィーナ! どうしてこんなところに!」
「事情は後です! 私がワープホールを開きます! 今すぐダキスタリアに帰りましょう!」
次の瞬間、ジークが不快そうにフィーナへ【血呪】を照射する。
「【防壁】!」
今まで多くの場面で俺たちを助けてきた防壁だったが、数秒もしないうちに亀裂が入りフィーナの表情が歪む。
「フィーナ!」
フィーナと光線の間に割って入るようにして俺はEX狩刃・極で【血呪】を受け止める。
「EX狩刃! できるか!?」
「……やってやらあ!」
光線を斬りながら一歩ずつ俺は前に進んでいく。だが毒液を凝縮したはずの刀身にひびが入り、次第に広がっていく。
「おもしれえ! やってみろよ! 『健康剣豪』よお!」
EX狩刃の間合いに入ったところで俺はEX狩刃を振り上げ、【血呪】をその身で受け止める。即座に人工精霊が警告を発し、鎧の各所が機能不全に陥る。
俺とEX狩刃に光線を出すような器用な真似はできないが、一度に力を解き放つことはできる。つまり凝縮した毒液を爆発的に拡散させるのだ。
「おおおおおおお!!」
一度に出せる毒の多くを【血呪】の防御に回していたため即死させることはできないが、ジークの右半身は毒で焼かれる。
それでもジークは笑みを浮かべたまま【血呪】を放ち続ける。
勇者の鎧もこれ以上持たない。
「フィーナ、逃げろ!」
死を覚悟したその瞬間。EX狩刃が俺の腕を操り自ら光線をその身で受け止め始めた。毒液を全て解き放ち、無防備な状態にも関わらず。
守護精霊の姿で俺を庇うように両手を広げる。
「やめろEX狩刃!! お前だってもう……!」
「あたしは所詮人殺しの道具だ。だから気にすんなって。ただ、そうだな。もっとあんたと話がしたかった……かな」
ジークの【血呪】を受け止めきったEX狩刃の気配はもうない。
俺はただ叫び、ジークを斬った。




