第66話 衝撃と支配
「わー!!」
俺の叫び声が牢内に反響する。
俺のご先祖が転移者で「冒険王」でフェブラウ、ギュノン、ダキスタリアの建国に携わった偉い人だったの!?
突然の新事実はにわかには受け入れがたいものだった。
「急にどうしたのよケントくん……! 監獄攻略の糸口がなくて焦るのはわかるけどさ。一応元教師として相談に乗ろうか?」
「俺の本名、轟健人。ひいじいちゃんの名前、轟健二。ひいじいちゃん、戦時中に行方不明。多分転移……これってさあ……!」
「アニキ、『冒険王』のひ孫ッスか!? マジッスか!?」
動揺のあまりなぜか片言になる俺。だがそこで「健康体」スキルが発動して正気に戻る。
「なあ、転移者の元の世界への帰還方法を知ってるか? 『Aランク以上の魔術士による転移魔術を重ね合わせる』んだ。難しいけど不可能な条件じゃない。でもパーティのエルフが言うには転移者が元の世界に戻った例は知らないって言うんだよ。おかしいとは思わないか?」
「急に冷静になったね」
「おかしいってなにがッスか?」
俺は持論を二人にぶつける。俺とリサとひいじいちゃんに共通する事実。
「帰還方法は用意されてるのに俺たちは元の世界に戻れないんだ。正確には戻れない状況にある。俺は病死直前。リサさんは交通事故による死の直前。ひいじいちゃん……トドロキ・ケンジは戦闘機の墜落直前だと思う。戻っても死ぬだけの状況で転移させられてるんだよ」
「俺は喧嘩でフクロにされて転移したッスね」
タナカの証言がより俺の推測を補強していく。
俺には転移者を元の世界に帰還させないという目的があるとしか思えない。
一体誰の意思で?
「ふぇふぇふぇ。ご明察じゃないかい。そうさ、転移者はどいつも『元の世界に戻ろうにも戻れない』事情を抱えてる連中さね」
突然牢のある円状の部屋に老婆の声が響く。周囲には誰もいない。こいつも「パンドラ」か!?
「名乗るのが遅れたねえ。あたしゃカミラってんだ」
この声。煙幕が張られる前に聞こえた声だ。
しかし俺の説を肯定する言葉に俺は絶句する。
異世界転移のシステム自体に「パンドラ」が一枚噛んでいる可能性が出てくるからだ。
「フェブラウとギュノンの戦争が上手くいかなかったから今度はダキスタリアで無差別スキル狩りか? 随分と節操がないんだな」
「ふぇふぇ。そう言いなさんな。こちとら少ない頭数で懸命にやってるのさ」
わからない。
ユーステスやガレセアの領主ルドルフのように後から取り込まれた人間はまだ理解できる。
じゃあ目先の利益だけでなく「パンドラ」……いや、エルピスに従う連中は一体何がしたいんだ?
「一つ聞かせろ。お前たちは全員エルピスの考え……神の創造に賛同しているのか?」
「ふぇっふぇ! 面白いことを言う小僧だ! 『パンドラ』の連中はエルピスの思想に心酔してるんじゃあない。あいつに心奪われてるのさ!」
「それがスキルや魔術によるものでもか」
あの得体の知れない、実力を測ることすらできない男。奴が手に入れたスキルで「パンドラ」構成員を操っていても不思議ではない。
いや、そうであって欲しかった。
「ふん! あたしゃ長年生きてきたけどね、あの男にはスキルでも魔術でもない抗いがたい魅力があるのさ。人によって感じ方の違いはあるけどねえ」
「何が言いてえ! ババア!」
俺がカミラの発言の真意を測れずにいると、タナカが何もない空間に向けて吠える。
「ふぇふぇ! せっかくあたしがあの男について話してたってのに無粋な犬だ。なら犬に相応しい末路をくれてやろうとするかね」
俺たちのいる独房の集まる部屋のドアが勢いよく開け放たれる。
そこに立っていたのは無数の闘士の鎧を引き連れたセーラー服姿の女。
それはジュリアン救出作戦でリュカと組み、「パンドラ」が利用する過激派組織「ヘレシー」拠点を守っていたヘレナだった。
かつて戦った際のスキルは「衝撃付与」だったが、「パンドラ」の性質を考えると違うスキルになっていたり、複数スキルを所持していてもおかしくない。
「久しぶりだな衝撃女。お前がリュカの本体を始末して『指揮』スキルを引き継いだのか?」
「何アンタ、クッソムカつく! そんなのあのキモ鎧とずっと組んできたご褒美でしょ!? ああ、アンタもキモ鎧だったわ」
「そうかよ。それにしても随分と鎧の采配にセンスがないな。こんな狭い空間にそれだけ鎧を詰め込んだら満足に動かせないだろ?」
ヘレナは室内に踏み込んだ鎧の群れに目を向け、舌打ちする。まだ「指揮」スキルの運用に慣れていない証拠だ。
「っさい! 死ね!」
床を削るように踏み込み、一直線に飛び込んでくるヘレナ。「衝撃付与」スキルは相変わらずのようだ。
同時にタナカと鎧たちの戦闘が始まる。リサを独房の中に匿い、牢に入れまいと鎧たち相手に徒手空拳で戦うタナカ。
意外と男気があるじゃないか。
俺は突っ込んでくるヘレナを弱毒化したEX狩刃で制圧しようとする。が、EX狩刃が抜けない。
「EX狩刃」
「……」
「あっは! バーカ! まだあたしのニュースキルが『指揮』だと思ってんの? 『指揮』は特別あたしと相性よくて『支配』にランクアップしたっての! 気付かなかった? アハハッ!」
(EX狩刃がヘレナのスキルの影響を受けているだと? 守護精霊ごと封じるとは『支配』というだけあるな……! そして……!)
その「支配」スキルを相手に戦う上で一つの問題が浮上する。勇者の鎧が支配されてしまわないかということだ。
悪い予想は的中した。
衝撃の付与されたヘレナの突きを両腕をクロスしてガードする。ビリビリと骨に響くような衝撃と、突きを当てられた部位の魔力が急速に現象していく感覚。
(魔力の循環に異常があります。魔力供給に継続的な問題が発生すると機能の維持ができなくなります)
鎧の人工精霊が警告を発する。
次々と繰り出される鎧を「支配」するヘレナの攻撃に対し、俺は可能な限り回避に徹するしかない。
しかし攻撃が当たり、魔力が通わなくなった部分はただの重しとなって次第に俺を追い詰める。
やはりこの「支配」スキルは……!
「だよねー! 鎧の機能だけってのがムカつくけど『支配』できちゃうよねー!」
そう、このスキルは俺の天敵だ!




