第65話 タナカ・ケンジ
「で、問題はあの人なんだけど……」
リサが指差した独房の寝台で誰かがスヤスヤと寝ている。随分な根性をしてるな。
「何が?」
「よく見てってば」
そこに寝ていたのはここに来る前に俺がぶちのめした守護兵団の兵士、タナカだった。
うーん。戦力は少しでも多い方がいいけど、こいつは戦力になるのか?
俺とまた揉めても嫌だしなあ。でもここに置いておいたらなんか寝覚めが悪いしなあ。
「一応助けようか。リサさんお願い」
「了解!」
リサが例によって床から木を生やし、ツタで開錠する。
「おーい起きろー」
さっき生やした木の枝を折り、それでタナカの頭を引っぱたくリサ。意外と乱暴。でも元教師って言ってたし。こういう先生いたよな。
「なんだよ……もう当直? ……どこ? 誰?」
「ここ監獄。私は紅林リサ。」
「はあ? 転移者? それに始末書は何枚も書いたけど独房入りするようなことはしてないだろ……ああ! あん時の鎧!」
バレちゃった。また喧嘩かあ? あんまり暴れるとノナに勘付かれるかもしれないし嫌なんだけど。
リサを押しのけて早足で俺に近付いてくるタナカ。
流石にEX狩刃で制圧するわけにはいかないので拳に力を入れる。
そしてタナカは目にもとまらぬ速さで……土下座をした。
「すいませんっしたあ!! あれほどの達人だとは思いもよらず、大変な失礼をしましたあ! もしよろしければアニキと呼ばせてください!」
うるせえなあこいつ。それに何? この変わり身は。スリのガキを殴ってた男だぞ。
「味方に引き入れるチャンスなんじゃないの?」
「でもなあ。うーん。そうだなあ。じゃあ今後は子どもは殴るな。アニキは……好きにしろよ」
「あざっす!」
深々とお辞儀をするタナカ。ちょいとヘンテコだよ。
タナカに簡単に状況を説明する俺とリサ。
転移者の失踪事件に巻き込まれたこと。転移者は独房に入れられること。なるべく転移者を助けてこの監獄「アバドン」を脱出すること。
「タナカ了解ッス!」
それにしてもなんで名前呼びが普通のこの世界でタナカ呼びなんだろう。守護兵団の転移者に名前被りでもいたのか?
三人で独房を見て回ったが俺たち以外の人間はいなかった。直前に飛ばされた守護兵団の転移者分隊はどこに行ったんだろうか。
「じゃあ他の部屋を探しますかー」
リサが円状の部屋の扉を開けて外に出ようとする。ちょっと迂闊じゃないか?
そしてリサが扉を開けたまま凍りつく。覇者の鎧……の量産品である闘士の鎧が目の前に立っていたからだ。
最初から配置されていたのか、俺たちの声に釣られてきたのかはわからないが、リサが危ない。
「とりゃあ!」
すかさず目にも止まらぬ跳び蹴りで鎧の兜を潰したのは……タナカだった。
意外と強くない?
「タナカ、お前何のスキルにしたんだ?」
「『神速』ッス! 陸上やってたんで! あと空手は転移者の同僚に習ったッス!」
そうなんだ。意外と強くない?
頭部を潰された闘士の鎧は幸い人間入りではなかったので死人を出さずに済んだ。
敵とはいえども容赦なく命を奪うようなことはしたくない。
つまりは鎧は無人だったが、グルースレーで始末されたリュカの「指揮」スキルほど精度は高くない。これなら転移者たちを助けながら監獄内部を移動することができそうだ。
通路を挟んだ向かいの扉に壊れた鎧がもたれかかっているので足でどけて部屋に入る。同じく独房が外縁上にある円状の部屋。だがどの牢を見ても誰もいない。
一度廊下に戻り周囲を見渡す。どこまでも続く廊下に一定の間隔で扉がある。
試しにいくつかの部屋に入ってみたが、どの部屋も無人だった。
「少し考えを整理しよう」
元の部屋に戻って開いている独房の寝台に三人座り、意見を交換し合う。
「何かの魔術かスキルによるものなのは確かだよね。でもあの白い女の子が魔術士なら魔術なのかな? 幻術とか?」
「そうッスね」
リサとタナカは魔術的な妨害をかけられていると推測している。
「でもあの鎧はこの部屋に入ろうとしていたぞ。そうだな、空っぽの部屋がダミーだとして、本当の部屋に出入りするための何かがあるはずなんだ。それと幻術の線はあると思う。この広い監獄に鎧が一体しかいないってのはおかしな話だからな」
「そうッスね!」
こいつ考えて物を言っているのか?
「そうそうタナカくん。やっぱり苗字呼びだとなんかよそよそしいから下の名前教えてよ。ケントくんもそう思うでしょ?」
タナカはタナカで別にいいと思うんだけど。まあどっちでもいいけどな。
「ダメらしいんすよ。俺の下の名前。俺の本名、田中賢治ってんですけど。昔の偉い転移者にケンジって人がいたらしくて不敬だからタナカで名乗れってオリバーさんに言われたッス」
危ねえー! ケントで助かった! 別にトドロキでも支障はないけどさあ。
あとめっちゃ下の名前が似てる!
「でも別に気にしてないッスよ! 逆にこの世界じゃタナカが物珍しい名前みたいになって新鮮ッス!」
よかったね。それにしてもこいつ結構前向きというか、細かいことは気にしないというか、アホというか色々言い方はあるけど悪い奴じゃなさそうだな。
「ケンジってアレでしょ? 『冒険王』とかいうやつ!」
お〇場冒険王? 違うか。
一人だけ頭に疑問符が浮かんでいる俺に対し、リサが助け舟を出す。
「私も村でざっくり聞いただけなんだけど。大昔に未開の地も多かったクァークリを踏破した転移者がケンジさんだったんだって。当時はまだ荒れ地だったフェブラウ、ギュノン、ダキスタリアの北部三国の建国の手助けをして未だに敬われてるとかなんとか。以上、村のジミーおじいさん情報でした!」
とてもすごい人なんだってのはよく伝わってきた。大陸踏破って伊能忠敬よりすごいんじゃないか?
「あーえーと何ケンジさんだっけ? と……と……トドロキ・ケンジだ! そうだそうだ! 思い出したッス!」
はあ!? トドロキ・ケンジだあ!? 俺のひいじいさんじゃねーか! いや待て、流石に別人だろ。
確か死に方が面白すぎて他の情報がないんだけど、確か海軍のパイロットで訓練中に轟家の腹弱い遺伝子が炸裂して……腹痛で墜落して死んだんだっけ。
死体は残ってなくて座席にうんこだけ残ってたとか。
死体がない?
死に際に死体が、なくなる!?
もしかして……ご先祖様が異世界転移してるー!?




