第58話 破産
農具小屋の付近に打ち捨てられた手押し車を拝借し、千二百万ゼドルを輸送する俺たちは王都の中心部にある噴水のある広場までたどり着いた。
石造りの建物も一つ一つが今まで訪れた都市にあるものよりも立派な作りをしていて王都フェブラニアの繁栄ぶりが見て取れた。
「この噴水を中心に様々な施設がありますから、銀行にゼドルを預けたら訪れてみてください。王室御用達の魔道具店などが特に有名ですね。それでは私はここで」
一礼すると王女エリーゼの部下ジェラルドが去っていった。
ここまで来たら後は銀行に全速前進! これでもう金のために駆けずり回らずに済む!
そんな時、俺たちの背後から声がした。
「あら? そこにいるのは追放者のフィーナさんとお友達たちじゃないですか」
「げげえっクロエ! なんであなたがここに!? うげえっ!?」
「前からエルフの品位を損ねないでくださいといっているでしょうに」
そこにいたのはジュリアン救出作戦でエリーゼの参謀を務めていた薄緑色の髪をしたエルフ、クロエだった。そしてもう一人、やたら俺につっかかってきた斧使いのハゲ。
懐かし~。いたなこんな奴ら。
でもなんでクロエとハゲが王都なんかに? なんか古い強力な武器……「聖遺物」とやらを探して旅をするんじゃなかったのか?
「何ですかクロエ、王都に『聖遺物』なんかありませんよ! さっさと田舎巡りの仕事に戻ったらどうですか?」
「全く……回収した『聖遺物』の修繕に来たのですよ。少し頭を使ったらどうです? 目の前に高名なドワーフが経営している鍛冶屋がありますので。あなたこそ王都に何をしに来たのですか」
「ふっふーん! 大きな声では言えませんがグルースレーで大活躍をして千二百万、千二百万ゼドルの報奨金を銀行に預けに来たところですよー!」
かつてないドヤ顔で金額を誇るフィーナ。いや、借金返済で消えるよ?
「そうですか。私が手に入れた『霊槌・妙流仁琉』はゼドルで買えるようなものではありませんけど」
クロエが右手を突き出すとすかさずハゲが助手のように古びた小さいハンマーのような武器を手渡す。あの好戦的なハゲがこんな従順に……! クロエって性格キツイもんなあ。
「この妙流仁琉の大きさは変幻自在、そして投げると必ず手元に帰って……」
クロエが悦に入りながらその霊槌とやらの解説をしていると、突然ひょいとフィーナがそれを手にしてしまった。
「えーい!」
ガシャアアアン!
フィーナによって放り投げられた妙流仁琉はクロエの目的地である鍛冶屋の窓をぶち破った。
「……帰ってきませんよ?」
「そんなバカな!? ディラン! 行きますよ!」
ハゲのくせにカッコいい名前してんな。おい。そしてフィーナ、お前さん頭大丈夫か?
「今のうちにトンズラこきますよ! クロエはあの性格のせいで里に友達なんか全然いなかったんですから! ああいうのとは関わらないに限ります!」
お前こそ友達いなさそうだけど。
「【麻痺】!」
「うひぃ!」
クロエによる麻痺呪文がフィーナに直撃する。鬼の形相で駆け寄ってくるクロエ。
「壊れてるじゃないですか!」
「窓が?」
嫌な予感がして現実逃避気味な回答を返す俺。
「妙流仁琉がですよ!!」
あーあ。弁償コースですわ。
「修復に三百万ゼドルはかかるとのことです」
ハゲ改めディランが店主の言葉を伝える。マジかよ。
「一回投げただけで壊れるなんて元から壊れてたんじゃないですかあ?」
「お前は黙ってろ」
結局三百万ゼドルはそのまま手押し車に載せた金貨袋から払った。
だって勇者の鎧を外すとき、この一件でフィーナみたいにエルフの里出禁だったら嫌だし。
残り九百万ゼドル。借金の大半は返せるはずだからまだセーフだ!
「あれ~? モニカじゃーん! おひさー!」
「ポーリーン先輩! お久しぶりです!」
今度はなんだ。派手に着飾った女がモニカに絡んでいる。
銀行から出てきた謎の女。出てきたときは必死に何かを考えている様子だったが、モニカの顔を見た瞬間その表情が輝き出す。怪しい。
このポーリーンという女はモニカが王都の修道院で修行していた時代の先輩らしい。素行が悪く途中で辞めさせられたらしいけど。
「あたし今すっごい困ってて~。モニカの名前だけ貸してくれない? 絶対に迷惑はかけないから!」
「はい! わかりました!」
これ絶対にダメなやつだ。追っ払おうとするが、既に二人は握手してしまっていた。
一瞬二人の手が光を放つとポーリーンとやらはそそくさと立ち去る。
「フィーナ、今の光は……?」
「【契約】の術式ですねえ。内容内容……ええ!? 借金三百万ゼドルの肩代わり!?」
嘘だろ……!? こんなにあっさりと六百万ゼドルが溶けただとお!?
銀行から出てきたとき何か思い悩んでいたのはそういうことか!
うちのモニカをカモ扱いしやがってええ!
「その契約は破棄できないのか? 今すぐ追いかけてあの女をぶっ飛ばせばどうにかならないか!?」
「無理ですね。モニカは話を聞いた上で同意してますから。も~! 何やってんですかモニカ~!?」
お前もだよ! だがそれに対してモニカはにこやかに言ってのけた。
「でも困っている方を助けるのが聖職者の仕事ですから!」
俺たちも困ってるんだけど、わかる!?
残りの報奨金は半分。こりゃ当分は冒険者ギルドで仕事だなあ。
「めまいがしてきたわ。しばらく一人にさせて」
モニカに背負わされた借金を銀行で清算しようとすると、エミリーが普段からは考えられない覇気の無い声で言った。
エミリーがふらふらと魔道具店に入っていく。エミリーはクソ生意気だけど感覚はフィーナとモニカのアホアホコンビと比べると比較するのもかわいそうなほどまともな娘だ。
俺なりに心のケアとやらをしてやらないと。
アホアホコンビに残りの六百万ゼドルを預けるわけにはいかない。俺は金貨袋を抱えながら後を追って魔道具店に入店する。
エミリーは様々な魔術用の小道具が並んだ一角に佇んでいた。
その目は虚空を見つめている。
「一人にさせてって言ったでしょ!」
「報奨金のゼドルは半分になっちゃったけど……ほら、エミリーは冒険者ギルドで成り上がるつもりなんだろ? なら当然冒険者の仕事はすることになるし、借金返済は成り上がるついでするって考え方もありじゃないか……?」
「ないわよ!」
ですよね。
「でも……」
「うるっさい! さっさと『消えろ』! どっかいけ! バカケント!」
あ……もしかしてこれって……。
エミリーが意図せず発した「消えろ」という命令魔法に反応した魔道具店の商品が棚一つ分消えてしまった。
「ごべんなざい……」
店主に一通り怒られ、賠償金として三百万ゼドルを支払うことになった。高いけど王室御用達って言ってたもんなあ。
あれやこれやで残り三百万ゼドル……! これだけは絶対に守り通してみせる!
止めを刺したのは俺だった。
意気消沈した四人で宿泊した宿で二階の一室を当てがわれた俺は現実逃避のために寝た。
普段は持ち前のスキル「健康体」があって寝なくて済むのだけど。今回の一件で削られた俺のメンタルは「健康体」スキルでも癒し切れなかったらしい。
久々に俺は本気の熟睡をした。普段無意識にしていたEX狩刃の制御を忘れるほどの。
翌日の早朝、俺は床を突き破り一階の食堂に落下して目を覚ました。
制御を失ったEX狩刃の毒液で二階の床を溶かしてしまったのだ。一階の食堂も毒で使い物にならなくなった。
修繕費の見積は三百万ゼドル。
昨日銀行の手続きの時間を過ぎていて、最後の三百万ゼドルをまだ返済に充てていなかったのが幸いしなんとか弁償できた。
こうして俺たちは借金まみれに戻ったのだった。




