第52話 象さん爆散
わずか三人で攻城キメラたちの要と思われるピンクの象を倒すと宣言したヨハンナ。
頼むからこの女傑を止めてくれ、ガストン。
「俺は何をすればいい?」
俺の願いに反して率先して前に出ようとするガストン。ちょっと無骨だけど信用できるやつだと思ってたのに。
ヨハンナとガストンの顔を交互に見据えて俺は一歩後ずさりする。それを見たヨハンナは糸目をさらに細めて微笑む。
異世界転移した第二の人生、象に潰されて死ぬなんて嫌すぎる。
「ケントさんはガストンとあの象の注意を引いてくださ~い。これ以上は城門が持ちそうにありませんので~」
そう言えばこの世界にサメはいなかったのに象は存在するんだ。どういう生態系なんだろう。
俺がプチ現実逃避をしているとガストンに背中を思い切り叩かれた。鎧越しに強い衝撃を受けて後ずさった分前に押し出される。痛くないの?
「背中は預けたぜ、坊主!」
城門を攻める象目がけて両手に大斧を一本ずつ持ったガストンが突撃する。もう少し自分の命を大事にした方がいいと思う。
「ええと注意を引くって具体的にどうやって……」
「行きなさい」
ヨハンナの細目が見開かれた。俺はその鋭い眼光ににビビり散らし蛇に睨まれた蛙の如く縮みあがる。
「【加速】」
ヨハンナに加速呪文をかけられた俺は、彼女から逃げるように巨象の元へ駆け寄る。
「ったくどうすんだか、あんなデカブツ。聖剣時代のあたしならともかく毒剣で相手になると思ってるのかい?」
「もはや象よりヨハンナの方が怖いんだよおお!」
俺と並走するように現れ出るのは守護精霊姿のEX狩刃。黒いビキニアーマーが陽の光を反射して少しまぶしい。
そこで俺は小さな違和感を覚える。今日、昼が長くない?
グルースレー入りして、冒険者ギルドで喧嘩して、キメラを討伐して、鎧騒動があって、作戦会議にエルピスが乱入して、グルースレーが攻められて……イベントが多すぎるだろ。もうとっくに日が落ちていてもおかしくないはずだ。
「ヨハンナ! 何かおかし……ぶべっ!」
ヨハンナに異変を伝えようとした瞬間、振り回された象の鼻が直撃した。
咄嗟にEX狩刃が飛び出て斬りつけるが、岩でも叩いたかのような衝撃が右手を痺れさせた。毒も効いている様子はない。
鞭のように鋭く振るわれた鼻に横っ面を弾かれ、城壁にめり込む俺。
意識を失いかけるが「健康体」スキルで強制的に目覚めさせられる。
「おい、さっさと起きな! 次が来るよ!」
「起きてるよ!」
EX狩刃の声に答えると跳ね起きた。ピンクの象は城門から俺を次の標的に定めたらしい。
「おおおお!」
ガストンが象の足を斧で斬りつけるが象は意に介していない。
「どうした? 俺を気遣うなんて珍しいじゃないか」
象を少しでも城壁から離すように俺は駆ける。駆けながらEX狩刃に問う。
「うるさいな。このまま死なれてもつまらないってことだよ!」
EX狩刃はそれだけ言うと何か言いたげな表情をしつつ視線を逸らす。
なんかさっき「剣はお前一本でやっていく」みたいなこと言ってから様子がおかしいんだよなあ。性能に影響が出ないといいけど。
「試したいことがある! お前の力を貸してくれ!」
「……あ、ああ!」
やっぱおかしいんだよなあ。
走りながらEX狩刃を持つ手に力を込める。刀身は紫色の毒液を纏っている。EX狩刃から湧き出る無尽蔵の毒。
それを凝縮するイメージを強く意識しさらに柄を強く握る。外に溢れる毒を内側に向くように操り、双方をぶつけ合う。
「あんたのやりたいことはわかった! 回避に専念しな!」
俺の足元を狙って象の鼻が横薙ぎに振るわれる。毒のコントロールをEX狩刃に任せ、ジャンプし回避する。
空中でEX狩刃をチラ見する。その刀身を覆っていた紫色の毒液は濃縮され、光すら飲み込む黒より暗い暗黒色に変化していた。
「いけた! EX狩刃・極!」
「ネーミングセンスがないならやめとくれよ。ホントさあ!」
極限まで毒を濃縮したこの剣でならあの巨体を倒す武器に成り得るはずだ!
十分城壁から象を離したと判断した俺は、振り下ろされる鼻に対してEX狩刃・極を構えた。
「EX狩刃・極!」
「バオオオオオオ!」
象の鼻が斬り飛ばされた。
やれる! 俺とEX狩刃なら! こいつを!
するとパニック状態に陥った象が暴れ出し、尻から炎をジェット噴射して俺に突っ込んでくる。
やばい! 流石に斬れない! ケツに変な機能付いてるの忘れてた!
だが象は両前足をばたつかせているが先ほどの位置から動いていない。
「があああああああああ!」
ガストンが象の右後ろ足を巨木でも抱きかかえるかのように押さえ込んでいるのだ。
助かったけど流石に人間の枠を超えてるだろ。
「ドラゴンの火炎袋が仕込まれてますね~。ワイバーンならともかく、本物のドラゴンなんて随分前に見なくなりましたけど~」
ヨハンナの声。どうやら俺を起点にして転移してきた様子。
「ケツに?」
「尻にです」
もしかして、もしかしてだけど……一つだけ閃いた、かも。
「火炎袋の燃料は……?」
「ドラゴンは魔力を変換して炎のブレスを吐きますが~。そうですねえ~見る限り内部に別の燃料を蓄えた器官があるようです~。魔力の流れを見ればなんとなくわかりますよ~」
Aクラス魔術士ヨハンナの見解。
思いついたのは最悪な手段だが四の五の言っていられない。悔しいけど極限まで毒を凝縮してやっと鼻が斬れただけだ。多分強力な毒耐性があるんだろう。
「ガストン! あとどれくらい耐えられる!」
「舐めるな坊主! あと一日はこうやってられるぜ!」
軽口を叩ける余裕はあるみたいだけど、なるべく早く済ませないと!
俺は鎧の力で飛び上がり、漆黒のEX狩刃で象の牙を切断した。再び象の苦悶の鳴き声が響く。
「ケントさん、そんな、まさか~!」
「そのまさかだよ!」
初めて狼狽えるヨハンナの姿を見てどこか少し満足しながら象牙を抱えたまま俺は象の後方に回る。
「勇者の鎧の全魔力を一点に集中しろ!」
(危険です。機能が維持できません。機能が維持できません。危険です)
「いいからやれ!」
鎧の人工精霊に命令すると俺は象牙を構えた。勇者の鎧の機能が停止し、ずしりと俺の全身が重くなる。
いくぜ。
「ロケットパアアアアアンチ!!」
象牙を手にした右の籠手。それが鎧の魔力の全てを解き放ちながら勢いよく撃ち出された。
目標は……象キメラの肛門。
「バオオオオオオオオオオオ!!」
象のケツに深々と突き刺さった象牙は火炎袋を貫き、燃料タンクを貫き……火炎袋の内に秘められた炎と溢れた燃料が混じり合う。
次の瞬間、ピンク色の象が内側から大爆発した。




