第40話 そのキメラ、犬+猿+雉
グルースレーに入って早々に俺たちは依頼達成のための物資を整えることとなった。
「ホント何考えてるんだかこのバカリーダー! グルースレーの最高難易度の依頼なんてBランク上位者のさらに上澄み向けに決まってるでしょうが!」
「そうか? エミリーの実力はBランク上位に匹敵すると思うけどなあ……」
「それは……そうかもだけど……」
段々このチビッ子の扱いが理解できてきた。
実際のところまだ底知れない実力を持つエミリーと推定Aランクのフィーナ、どこで仕込まれたのか鈍器の戦いでは無類の強さを誇るモニカ。
そして勇者の鎧とEX狩刃でゴリ押しが効く俺。
先ほどはB10ランクとバカにされたがその辺のBランクパーティなんぞとは比較にならない実力があると思う。エリーゼ軍に組み込まれる際に他のBランクパーティを実際に見てきたからなおさらそう感じる。
流石に「リスクジャンキー」に勝てるとまでは自惚れてはいないが。
「それにしてもキメラって動物が混ざったアレだろ? 色々デカブツを倒してきてどうして今さらそんな魔物相手なんだ?」
「そんなことも知らないで依頼を受けたの? このバカケント!」
「ケントの言う通りキメラは魔物の混ぜ物ですけど、素材となった魔物次第で強さはピンキリですからねえ。よっぽどな魔物が素材にされたんじゃないですか?」
そうなんだ。なんかこう。見た目だけ強そうな、あんまり強くない魔物が素材になってるといいね。
森の前までという契約で馬車に乗り込む。代金はかからなかった。フィーナがユーステスの名前を勝手に使ったからだ。
「ユーステスが名前を使っていいって言った以上、宿代からおやつ代まであいつのツケにしてしまいましょう! そうしましょう!」
ギルドの大男ガストンの反応とは違い、ユーステスは比較的領民に受け入れられていた。ガレセアで冒険者をやっていたことは「修行の旅」として受け入れられているらしい。物は言いようだなあ。
「いやあ、あのボンボンのおかげで快適に森までやってこれましたねえ。馬車には追加料金を払ってこの周囲に待機してもらいました! ああ、もちろん現金は払ってませんよ! ツケです!」
いやあ他人の金で乗る馬車は快適だったなあ。この調子でバンバン節約していこう。少しは三十年ローンの足しにはなるだろ。
「しっかしなあ。キメラと『パンドラ』が潜んでるかもしれない森に入り込むのってどうなの?」
「アンタが言い出したんでしょうが!?」
推定十二歳になじられるのもいい加減慣れてしまった。敗北を知りたい。
そして心配なのはモニカだ。俺たちの会話に口を挟むことなくメイスをブンブンと上下に振っている。
「頭さえ潰せば勝ち……頭さえ潰せば勝ち……」
聞かなかったことにする。何だその嫌な「目標をセンターに入れて……」みたいなやつは。
俺たちは森の入口から少し歩いたところで、なぎ倒された木々と緑がかった毛色の狼たちの死骸を発見する。
「グリーンウルフの群れですねえ。案外この近くにいるかもしれませんよ」
「ハハハそんな都合よく話が……」
突然俺の顔の真横に犬の頭が並ぶ。柴犬かなあ。転移者が持ち込んだのだろうか、それにしては随分と頭の位置が高いけど……ってそうじゃなくて!
「出たぞ!」
パーティが散開し、犬頭を取り囲む。そこに現れたのは想像を超えた異形だった。
柴犬の頭。ゴリラを思わせる巨体の猿の体。その巨体故、飾りにしかなっていない雉の翼。
桃太郎?
いや、材料次第とは聞いていたけどやっぱりライオン頭の蛇しっぽのやつを想像してたわ。これ作ったのって転移者? しかも日本の。
「ダメです! ワンちゃんの頭は潰せません!」
「じゃあ猿の部分を攻撃しろ!」
「わかりました!」
いいんかい。最初にモニカを常識人枠だと思ってた俺、間違っていたかもしれんなあ。
「切り裂け!」
すかさずエミリーの命令魔法が炸裂するが、傷が浅い。まさか「魔法耐性」を付与されているのか? まあ作られた存在ならあるかもしれない。
「【麻痺】!」
フィーナの【麻痺】も効いている様子はない。じゃあ「状態異常耐性」もか?
「じゃあEX狩刃でとっととカタを付けてやる!」
EX狩刃の毒で早々に沈黙させるべく、迫りくる巨猿の拳を毒で侵そうと毒に比重を置いて斬りつけるが剣は弾かれそのまま殴り飛ばされる。
別にそれでいい。毒があいつの腕から全身を蝕んで……ない。
あいつ「毒無効」まで持ってるのか!?
「キメラの強さは素材の強さじゃなかったのか!?」
「知りませんよ! でもこれだけスキルを詰め込まれているとなると『パンドラ』と関係のあるキメラかもしれません!」
話している間に繰り出された第二撃をEX狩刃で切り落とそうとする。キメラが悲鳴を上げて飛び退く。だが切り落とすはずだった一撃はキメラの骨で止められてしまった。
「『斬撃耐性』です!」
成す術なし! 攻撃特化の俺とエミリーは歯が立たず、状態異常補助のフィーナの魔法も効いていない。
すると雉の翼から投げナイフのような勢いで羽根が射出される。追尾してくるがこれは難なく撃ち落とすことができた。
「『斬撃付与』と低ランクの『魔弾』です!」
何故かフィーナが的確にキメラのスキルを解説する。普段のダメっぷりのギャップで急に頼もしくなってきた。
キメラは深手を負わせた俺を敵と見なしたようで、羽根を射出しつつ次々と拳を撃ち込んでくる。エミリーも攻撃の手を休めていないが、完全にキメラの敵意は俺に向いている。
そして犬頭の巨猿は拳を地面に叩きつけた。勇者の鎧アイが飛散する石や土に反応し、俺は敵の姿を見失う。
キメラは気付くと上空にいた。
「見せかけじゃなかったのか! あの雉パーツは!」
「『飛翔』スキル! 無茶な動きにも対応できます! 注意してください!」
突然急降下したキメラの犬頭が俺の兜に喰らいつく。ギチギチと牙が音を鳴らす。
(三種類の毒を検出しました。浄化します)
鎧の自動精霊の音声がする。こいつ、いくつスキルを持ってるんだ!? それにしても三種類とは殺意高いな!
キメラの拘束から逃れようとするが、両腕を猿の腕で押えられ頭部も犬の口内しか見えない。どうする!?
「ぶっ! 潰れろ!」
エミリー渾身の命令魔法。這いつくばるキメラ。なるほど「衝撃耐性」は持ってなかったのか。
なら答えは一つだ!
「モニカ! 頼む! 実験に利用された犬を救ってやると思うんだ!」
「……はい!」
モニカは木を横っ飛びに蹴り空高く舞い上がると、上空から毒液を口から垂れ流すキメラの頭を叩き潰した。
どこで習ったのその動き。
「ワンちゃんさん。安らかに……」
手を合わせるモニカ。そして俺は先ほどから感じていた視線の元へと向き直る。
「見てたんだろ? 出て来いよ」
それは俺にとっても意外な人物。
森の中でも隠し切れぬ巨体の持ち主。ガストンだった。




