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第38話 ラリラリエルフと押し問答

 とにかく長かった森を抜けると突然目の前に騎馬の軍団が展開していた。


「何奴!」


 一斉に剣を抜き、槍を構える騎馬の兵士たち。いやいや、こっちの台詞だろ。


 フィーナに【拡大麻痺】エキスパンション・パラライズ発動のタイミングを指示しようとするが、目の焦点が合っていない。ダメだ。また例のキノコ食いやがった。まだ持ってたのか。暇さえあればキメるな。


 仕方なく俺が単独で馬車を守ろうと飛び降りようとするとそれよりも先にユーステスが馬車から出てきた。


「誰だ? こんな数を寄越してきたのは。ここから街まで大した距離じゃないだろう」


「お言葉ながら! お父上フレデリック様のご命令にて! しかし、今はそれどころでは!」


「あらあら~お勤めご苦労様だわ~。でも取り越し苦労よ。上の方々は馬車泥棒ではありませんもの~」


 はあ? 俺たち馬車泥棒だと思われてたの? まあ、そう見えるのも仕方ない、かも。


 馬車さえ。馬車さえ壊されなければなあ。


「降りて来い白騎士、馬を貸してやる。そのエルフも下ろせ、みっともない」


「あ、はい……」


 フィーナを引きずり下ろすついでに「健康体」スキルで素面に戻す。


「若。その者たちは何者なのです?」


「恩人だ。だから連れてきてやった」


 ユーステス! お前、本当に良い奴になったなあ。劇場版のガキ大将か?


「そしてそのラリっているエルフは一体?」


 はあ? さっき治してやったばっかだろうが。すみません。グルースレーは薬物の矯正施設ってありますか?


「あのなあ! 年頃の娘が人前でラリるんじゃありません!」


「ケントよりもずっと年上ですも~ん! まあエルフ的には年頃の範疇ではありますけど~! それにしてもケントは親みたいにうるさいですねえ! 親でもないのに私のキノコのキメ方に文句を言わないでください!」


 何て言い分だ。キメ方もクソも次から次へとキノコを食ってるだけじゃねえか。終わってやがる。


「あのなあ。俺は『健康剣豪大冒険団』のリーダーとして心配してるんじゃなくて……」


「じゃあケントにとって私はどういう存在ですか?」


 え? ラリってない。さっきまでのアレはラリったふり? 急に選択肢を間違えちゃいけない系の質問を投げかけられてるんですけど。


 ヨハンナが糸目をさらに細めて「あら~」と言っているのが聞こえる。いや、そんなことに意識を割いている場合じゃない。すぐに最適解をフィーナに返さなければ。


 仲間……はダメだな。大切な仲間とかでも微妙。いや、悪くないんだけどもこの場合の答えとも違う気がする。漫画で見た。


 じゃあ……直球で返すか? 詐欺師、追放者、おちゃらけエルフ……もっとダメだ!


 なら仲間からひねって家族……俺が他の三人の面倒を見るパターンが多いから間違ってないけど、そもそもこういう質問をされるってことは、その……男女の何かを想起させる言葉を期待しているのか!?


 いや、フィーナは美人だけどそういうのじゃないし!


 違う違う! 多少相手がシラケたとしても無難なのでいいんだって……いや、仲間? 俺とフィーナは、そう……


「フィーナは共犯者だ。それも俺とフィーナのどっちが倒れても成り立たない、運命共同体のな」


「……及第点です。もっとスムーズにそれくらい言える男にならないとモテないですよ。別にモテてくれなくってもかまわないですけど。いや、モテるな!」


 フィーナの機嫌を損ねることだけは避けられた。だけどなんでフィーナはラリったふりまでしてこんな質問をしたんだろう。妙なやつだな。


「モニカにだけ先を越されて黙っている私じゃありませんよ……!」


 小声でフィーナが何か呟いている。何の話?


「ねえどうして俺はモテちゃいけないの?」


「うるさいですねえ。そんなだからモテな……いや、童貞なんですよ!」


 ひどすぎる。


 これは言い訳だけど、春休みに入院して退院したら既にみんなグループで固まってたり、友達が出来たと思ったら長期入院で疎遠になったりで友達もそんなにいなかったくらいだから彼女なんて夢のまた夢だったんだよ! 聞こえるかこの思いが! 聞こえんでいいけど!


「なあ、もう出発していいか? 正直見てられない」


「はい……」


 ユーステスに催促され、俺とフィーナは騎兵の一人が降りた馬に乗る。その一人も別の馬に相乗りし出発する。




 グルースレーの門にようやく到着する。長い、厳しい旅だった……


 そして肝心のグルースレーはというと数十メートルの高さはあるかと思える巨大な城壁に囲まれた巨大な都市だった。確かに対ギュノン帝国の要衝と呼ばれてもおかしくない「城塞都市」だ。ギュノン帝国がどんな国か知らないけど。


 あとこの世界の主要な国の一つに「ダキスタリア共同体」というのがあるらしい。転移者も能力次第で積極的に登用し、国民も持っているスキル次第でいくらでも成り上がれるとか。


 ってことは「ヘレシー」とか「パンドラ」はなんでそっちを狙わないんだろう。同時進行で狙ってるのか? よく知らないけど。


「お前たちはグルースレーの冒険者ギルド出張所へ迎え。ここでは通常の登録証が身分証として通用しない。事情を知っている部下を付けてやるから最初はそこに行ってグルースレーの冒険者として登録しろ」


「ランクがリセットされるなんてことないでしょうねえ!?」


 エミリーがモニカの手からすり抜けユーステスに飛び掛かる。欲の多いフィーナと違って純粋な成り上がり欲が強いよなあ、この小娘は。


「そういう意味じゃない。この都市で冒険者をするということはいざという時には領主の配下となってギュノンと戦うことを意味する。そのための登録だと思ってくれ」


 ええ~。俺はお前が助けに来てくれた時の「グルースレーは今きな臭い」って台詞を忘れてないぞ。戦う理由のない敵兵を斬るのは嫌だ。だから戦争はやめてくれ。あの「パンドラ」となら戦うから。


「俺とヨハンナは父上に挨拶してくる。街で困ったら俺の名前を出してくれていい。それじゃあな」


「ありがとうユーステス! 助かった! 本当に!」


 ユーステスはヨハンナと部下を引き連れ去っていく。かつて俺に因縁を吹っかけてきたあのユーステスとは到底思えない。立場が人を変えるんだろうか。


 案内の兵士に連れられ冒険者ギルドの出張所に向かう。石造りの街にはそこかしこに露店が出ており、飲食店が店を開けている。人々はそこで値切ったり、昼から飲んだりと様々だ。のどかなだけのガレセアなどよりよほど栄えている様子。


 これだけでも活気を感じるのにもっと大きな市もあるそうだ。


「ではここが出張所になりますので、私はここで……」


 それだけ言うとそそくさと去っていくユーステスの部下。まるでここを避けているような気がする。


 嫌な予感を感じながら俺が出張所のドアを開けると、いきなり酒の入ったままの木のコップが兜にぶつけられた。


「何すんだよ!」


 出張所内は笑いで包まれている。何これ? いじめ?


 グルースレーでのエリーゼからの任務は前途多難に思えた。

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