第31話 健康剣豪、敵の脱衣に全力を出す
クレイグの剣とリュカの剣がぶつかり合い激しい金属音を立てる。
「意味わからないけどなんか生意気。そんなに殺されたいの?」
次の瞬間には勢いよく駆け出したヘレナのドロップキックが俺の胸に直撃する。
動きは素人そのもの。着地も失敗し痛がっている。
しかし想像以上の衝撃が俺を襲う。蹴とばされたというより胸で爆発が起きたかと思う衝撃。エミリーの吹っ飛ばし魔法よりも何倍も威力がある。
広い洞窟の地面を鎧で削りながら咳き込む俺。
「王族軍に晒してやるよ……『パンドラ』の実態とお前の、ありのままの姿を!」
「はあ? キモ。死ね!」
(よく見ると踏み込んだ地面が大きく抉れてる……だから何だってんだ!)
吹き飛ばされた俺を目がけてヘレナが次の攻撃に繋げる踏み込みを行うのが見えた。地面が激しい土煙を立てる。
(以前戦ったルドルフの鉄拳スキル? それにしては衝撃がダイレクトに響くような……)
ヘレナの動きは素早い。かつて見たジークのそれを思わせるほどに。
「EX狩刃!」
「はいよ! 殺すなってことだな!」
「そういうことだ!」
毒を抑えた自動迎撃で対応できるか試してみることにする。急加速したヘレナが俺の懐に飛び込む。
俺はヘレナの腕を切断するつもりで繰り出される拳に対抗しようとする。アリウスが健在なら接合は可能だ。強引な手だがこの際仕方ない。
だが突然俺の胸目がけて拳を突き出す彼女が宙を舞った。その起点はパンチのために踏み込んだ足。俺は目を疑う。人を殴る姿勢からそんな動きが物理的に可能なのか。
くるりと宙返りをして俺の肩の上でバランスを取るように立つ物理法則インチキ女は、そちらを向いた俺に笑顔で応えた後で思い切り頭部に蹴りをかます。
またしても無様に吹き飛ばされる俺とひらりと着地するヘレナ。脳震盪は「健康体」スキルで治るが、叩き込まれた衝撃はすぐに頭からは抜けない。
「くらえー! ヘレナキーック!」
爆発めいた土煙と共にヘレナが飛翔する。そして洞窟の天井を蹴ると、推進力を得たかのような斜め四十五度の蹴りで突っ込んでくる。
「このバッタ女!」
横に転がってどうにか避けるが、地面を抉る一撃と一時的な揺れには驚かされた。
「鎧の損傷はどうなってる!? 頭部と胸部だ!」
(損傷なし。損傷なし)
鎧に呼びかけると補助精霊の返答。あれだけの一撃を受けても鎧にダメージはないらしい。俺は一つの仮説を立てる。
その間にまたしても急接近したヘレナの掌底を腕をクロスして受け止める。やはり鎧越しにではなく「腕に直接」響く感触がする。今度は吹き飛ばされずに後ずさる程度で済んだ。
「……『衝撃』だ。だからどうしたって気もするけどな」
「へえ。やっとわかった? 勘の悪い男ねえ」
ヘレナがにこやかに答える。そこに能力を看破されたという焦りはない。悔しいが今圧倒的有利なのはあいつだからだ。
「そ。あたしのスキルは『衝撃付与』で合ってるよ。まあ色々と応用が効くんだ。こうやって踏み込みに衝撃を付与して……」
(毎回踏み込む衝撃で地面を抉っている。それによる土煙が攻撃の起点を見えなくしているのか? ……いや、見えるようにしてやるんだ! お前の素っ裸をなあ!)
「鎧越しに生身に衝撃を叩き込めるってわけ。ね? 楽に死ねないでしょ?」
鋭い膝蹴りが腹部に直撃する。内臓を直接打つような一撃。俺の吐き気を感知した鎧が顔を露出させる。俺は片膝を突き、胃の内容物を吐き出す。
「こいつ……絶対に剥いてや……る……」
「いったー……膝すりむいちゃった。あ! あざになってるー!」
ヘレナは鎧に叩き込んだ膝をしきりに気にしている。
俺に反撃の手などないと思っているかのように。
反撃の手なら、ある。リスキーではあるが。
これでフェブラウ全土に恥を晒せ、タコ!
EX狩刃を地面に突き立てる。
「あれー? ついに立ち上がる気力もなくなっちゃった感じー? よわっ。ジークの言うことも当てにならないね」
「おい。この辺りは地脈が豊富だと言ったよな?」
「だから何? 今さら大魔法でも使う気? 詠唱中にボコすだけだけど」
いつだかランドタートルを殺したときと同じ手口。危険ではある。だが相手はランドタートルなんか相手にならないクズで、どうしようもない外道だ。
「俺を中心に地脈を全部毒で侵す。そうしたらお前が踏み込んで抉った地面はどうなるかな」
「させない!」
「おっせーんだよ! もうやってるからな! バーカ!」
ヘレナが踏み込む際に抉った地面から地脈を通じて毒液が噴き出す。俺を止めようにも俺の周辺が毒を放出している中心地なので近寄る術がない。近接戦専門の脳筋女には対処のできない行動だった。
周囲を毒液に囲まれ勢いよく跳躍するヘレナ。ジャンプだけは達者だな。だがそこからも毒液があふれ出てくる。
「ったく! たまには普通の剣として使ってもらいたいもんだが?」
EX狩刃の小言。だがヘレナは確実に壁際に追い込まれている。
「クッソ!」
「どういうことですか。ヘレナさん。全く抑えられていないじゃないですか」
毒液が自身の近くまで接近しているのを見て「タマ狩り対象」のリュカが不満そうに言うのが聞こえる。
「うーるーさーいー! さっきまでは調子よかったの!」
ヘレナは精一杯の負け惜しみを言うが、現状は洞窟の壁面に張り付いている状態。ざまあねえぜ。壁まで毒が到達したらどうなるのかは俺にもわからない。
毒液の散布はそこまでにして、次に俺はクレイグを「健康体」スキルの毒無効共有で助けるために合流を果たそうとした。
するとクレイグとリュカの会話が聞こえてくる。俺の放った猛毒で勝負が中断したようだ。
「しかしクレイグさん。あなたは平気なのですか? この状況」
「平気だな。この鎧には耐毒の加護がある。それに俺には生まれつき『頑強』のスキルがある。呪いの類には対抗できないが、猛毒程度なら平気だ」
鎧越しでも感情が伝わるようにリュカはわざとらしく首をかしげる。
「何故そこまでして毒の対策を?」
「毒だけじゃない。ほとんどの状態異常と精神攻撃への耐性の加護を施した一級品の鎧だ。壁役だが苦しいのは嫌だからな。それだけだ」
「そうですか。なら僕はここまでです。互いの鎧の性能をもっと比較したかったですが、あなたの勝ちのようですね」
リュカは足元に毒液が広がるとそこに沈むように溶けていく。だが苦痛の声を発することはない。勝手に死ぬな。タマを狩ってからだ。
合流を果たした俺はその様子を見てクレイグに問いかける。
「本気のEX狩刃の毒は触っただけでゲロまき散らして死ぬくらいの猛毒なのに、どうしてこいつは平気なんだ」
するとクレイグは鎧が完全に溶けてしまう前にリュカの兜をもぎ取る。
鎧の中身は空だった。確かに声や所作は人間のものであったはずなのに。
「タマがねえじゃねえか」
「タマ? だが覇者の鎧を玩具扱いするとは底の知れない組織だ。後はあの娘を捕縛できればよかったのだが」
洞窟の壁を見るとそれまで壁に張り付いていたヘレナがいなくなっていた。あの状況からワープホールを開くとはゴキブリみたいなしぶとさだ。さっさと服だけでも溶かしてやればよかった。
「『パンドラ』の二人はどっかに消えた! そっちは!?」
クロエに聞こえるのを期待して俺は叫んだ。
(こちらも片が付きました。病人に紛れた『パンドラ』の掃討が終わったところです。なお全員無事ですので)
敵を撃退し、仲間の無事を確認したら急にひっくり返りそうな疲れに襲われる。まあ「健康体」スキルですぐ治るんだけど。
「……戻ろう」
クレイグは目の前に出現したクロエのワープホールを見て俺に言った。




