第27話 「究極騎士」アクセル
「そこ! 深入りし過ぎるな!」
クロエからの叱責が耳元で聞こえる。魔術的なものなのだろうが、追われてるんだからしょうがない。
アクセルと名乗った騎兵に完全に背後を取られ次々と両手に手にした剣で斬りかかられる。全てEX狩刃に弾き飛ばされるか腐食して使い物にならなくなるにも関わらずだ。バカか、何か目的があるか。
「剣一辺倒と見せかけてえ! ドーン!」
後者だった。突如として急加速した敵の馬に激突され俺はバランスを崩す。精々「乗馬」スキルに相当する「特典」しか所持していない俺は体勢を立て直す術もなく馬ごと転倒してしまう。
すれ違いざまの急回転や急加速からして通常の騎兵ではない。アリウスの言っていた「レアスキル」の保持者だろう。
「これで俺とお前、邪魔するものはなんもないからなあ!」
周囲を見回すと完全に孤立していることに気付く。だがそれは相手とて同じだ。まず馬を潰してから本体を無力化するしかない。まずは足の切断! EX狩刃なら容易いはずだ。
「いくぜいくぜいくぜえええ!」
アクセルの手のひらから先ほどの曲剣とは異なる大剣が生み出される。突進してくるアクセル。その剣をEX狩刃で破壊しようとすると、直撃の寸前に馬が急ブレーキをかけ、前足で思い切り蹴られる。
吹き飛ばされる衝撃に備えるが、微動だにしない。直撃のダメージはあったが、衝突の際のエネルギーがなくなってしまったかのように俺は静止したままだ。
状況は理解できないが、俺は最初の目標通り馬を潰そうと足を切り落とそうとする。
「反発ゥ!」
何が起きたかわからないまま俺は吹き飛ばされ、荒野を転がる。
(時間差で攻撃を発動するスキル? いや、あの馬の動きと湧き出てくる剣。複数スキル持ちか!?」
「吸着ゥ!」
今度は体勢も整わないままアクセルの元へ吸い寄せられてしまう。
「喰らえよおお!」
大剣の重い一撃が胸部に直撃し、鎧の人工精霊の警告音声が聞こえだす。やはり直撃した感覚だけがあり、俺自身は微動だにしない。
(胸部に損傷あり。以降は該当箇所への直撃を避けてください)
「気味が悪いスキルだなあ! 騎士のくせに相手をいたぶるのが楽しいか!?」
「楽っしいいい、ねええ! 反発ゥ! 反発ゥ!」
弾き飛ばされ転がりながら俺は絶叫する。
「似非騎士野郎! 馬に乗ってる以外騎士要素がねえじゃねーか!」
「ああ!? てめえに騎士道の何がわかるっつーんだよお!? 一対一なら騎士道だろうが!? ジークの兄貴も言ってたぜ! ええ!?」
どうやらこいつに騎士要素で煽るのは有効らしい。圧倒的優位であるのに冷静さを欠いているように見える。
(危険です。危険です。危険です。危険です……)
怒り狂ったアクセルの隙を突いて、俺は鎧に宿った人工精霊の声を無視して「とあること」に集中する。
「もう終わりにしてやる『健康剣豪』ォ! うぜえから! 逝っちまいなあ! 吸! 着!」
俺は再びアクセルの元に吹き飛ばされる。待ち構えるのは横殴りの大剣。
「EX狩刃! 受け止めてくれ!」
「そんくらい自分でやんな! ったく!」
EX狩刃に身体の操作を一瞬だけ明け渡し、大剣を受け止める。そして即座にEX狩刃から猛毒を流し込む。大剣が崩れる。
「剣なんかいくらでも作り直せ……なんだぁ!?」
アクセルがようやく異変に気付いたようだ。今回俺は特別に毒の周りを速くしている。既にやつの右腕は死んだはずだ。
「すぐにその腕を切り落とさないと死ぬぞ。忠告はしたからな」
「クッソがあああ!」
鎧ごとアクセルの右腕が落ちる。切断面は即座に金属面で覆われ塞がれる。
異常な挙動を示す金属の馬。無尽蔵の刀剣生成。吸着と反発。鎧の操作。どう考えても金属操作だ。アクセルが俺の手足を封じるとかそういう手段にたどり着かなくて助かった。バカっぽいし。
俺の方はいつぞやの二番煎じだ。ルドルフの呪いを浴びて勇者の鎧を破壊したように、今度は鎧全体を毒で満たしたのだ。それこそ鎧の浄化機能が追いつかないほどに。
EX狩刃を通じて俺が全身にまとった毒を叩き込まれたアクセルは一瞬斬り合っただけで右腕が腐り果てただろう。これでようやく「パンドラ」一人撃破だ。
「覚えてろお! 毒野郎! 何が『健康剣豪』だ! バーカ!」
「毒剣使いでも健康でいられるから『健康剣豪』なんだろうが。バーカ」
「クソオオオ!」
ワープホールを発生させ転移していくアクセル。俺の馬が毒の巻き添えになっていないか不安だったが、追突の怪我もない様子で少し離れたところで無事に俺の帰りを待っている。そういえばこの世界の馬って魔力強化がされてるんだった。
だが勇者の鎧の浄化機能がEX狩刃の毒を消し去るまで乗馬はできない。馬に追従するようにジェスチャーをすると走って元いた戦場に戻ろうとした。
俺が浄化が終わり、走って戻った頃には戦いは終わっていた。
アリウスと「リスクジャンキー」が「パンドラ」の多くを撃退してしまったらしい。
「我らが『健康剣豪』ケントさん! 最前線で大暴れして何人の『パンドラ』をやっつけたんです?」
「あんなに前に出るなんて私なら死んでしまいます……」
フィーナとモニカが目をキラキラさせながら聞いてくる。ううーん言いにくい。
「……とり」
「ひとりィ!? あの鎌使いはばっさばっさと『パンドラ』を切り刻んでいたというのに!」
フィーナが絶叫する。モニカの愛想笑い。エミリーは気分が悪いようで、モニカが背中をさすってあげている。
無理もない。荒野に無数の腕の無い『パンドラ』の構成員が正座させられ、彼らの目の前に揃えたように両腕が置いてある。
「始めなさい、アリウス」
「尋問を始める。僕は聖騎士アリウス。君たちの天敵だ。正直に話したら腕をくっつけてあげるよ。あまり時間が経つと戻せなくなるからね」
エリーゼの指示で「尋問」が始められていた。
いくら敵相手といってもあんまりだ。
「悪趣味だよなあ、姫さんも。でもこいつら程度がその『パンドラ』さんとやらの一軍とは到底思えんね。そのくらいお粗末な連中だった」
話しかけてくるのは「リスクジャンキー」のルーカス。あまりの光景に返事をする気も起きない。
両腕を失った痛みでバランスを崩し、横倒しに倒れた「パンドラ」の一人は叫び出す。
「俺たちはスキルで病気を治したくて『パンドラ』に入ったばかりの新兵だ! ろくな戦闘スキルも持っちゃいない!」
アリウスがその男の片腕を接合しながら問うた。
「じゃあ今回の襲撃のリーダーは誰だい?」
「アクセルとかいう本部から来た騎士だ! 助けてくれ! 俺たちは所詮時間稼ぎなんだよ!」
「そいつなら俺が倒した。片腕が腐って逃げて行った」
アリウスとエリーゼは驚いた顔で俺を見る。ルーカスは口笛を鳴らす。
「ケントー! 信じてましたよー!」
フィーナがいつの間にか近寄ってきて俺の鎧をペタペタと触る。
「ケント……?」
俺はアリウスとエリーゼのやり方も、新兵を切り捨てた「パンドラ」のやり口も気に食わなかった。
その病気を治したくて組織に入ったという男とかつての病弱だった自分を重ねていたのかもしれない。
「なんでもないよ」
平静を取り繕って俺はフィーナに言った。




