第23話 魔物出没地帯ザオバ
派遣されてきた領主代行の監督者エイデンの厚意によってザオバ行きの馬車が手配された。受付嬢による街から追っ払うような情報提供とは違い純粋な厚意だと思う。うん。
御者は心底嫌そうだが領主の命令には逆らえないようで馬車を走らせる。何故ならこれから訪れるザオバ周辺は「魔物出没地帯」とも呼ばれる危険な場所だからだ。
だが、各冒険者ギルドの出張所である程度のところまで上り詰めた冒険者はここを目指すらしい。生きるも死ぬも実力次第とか。
本音を言うと行きたくねえなあ。せっかく手に入れた「健康体」なのに無茶な冒険で死ぬのもなあ。でもフィーナの成り上がり計画がBランクで納得しない以上、勇者の鎧問題は解決しないしなあ。ええ加減にせえよ。
ちなみに元の世界に帰るのは諦めつつある。戻ったら病気で死ぬらしいので。こういうのってスキルを持ち帰って元の世界の生活を満喫できるんじゃないのかよ。おい。
荒れた街道による揺れでフィーナとエミリーは酔ってしまいぐったりとしている。モニカはぐっすりと熟睡しているので、馬車の揺れに合わせて揺れるモノを腕組みしながら観察する。俺は「健康体」だから平気。
次第に日が暮れてきた。俺の世界であれば宿屋にでも泊まるんだろうが、この世界はゴリ押しの強行軍だ。馬は魔法で強化しやすい品種に改良され、御者も体力強化と夜目が利くような魔法を習得しているらしい。
だって魔物がいつ襲ってくるかわからない辺鄙な場所に宿屋なんて作ったらどうなるかわからないし。だから一般的にこういう危険地帯行きの馬車を雇うのはかなり高額になるらしい。この世界の御者って腕も立つかなりのプロフェッショナルらしいから。それでもこの仕事を続けるのは危険に見合った報酬があるのだろう。
休憩を挟みつつ三日ぶっ通しでたどり着いたザオバの町。
道中俺は休憩中に鎧の機能により内部に垂れ流した浄化「水」を放出していたが、女子連中は【浄化】でその辺とか身体の匂い問題をどうにかしていたらしい。便利だね。
「やっと……着きましたあ……」
「つっかれたあ! これだから馬車って嫌なのよ」
「よく眠りました」
三者三様の反応。御者は次の客を探している。元気過ぎるだろ。
そしてザオバの町は……全体的に寂れている印象。家、草っぱら、家。国軍の軍隊。以上! って感じ。
だがそんな田舎村のそこかしこに武装した国軍の兵士が配置されている。田舎のガレセアの衛兵より装備が充実しているように思える。こっちはクソ田舎だけど。たまに軍服の士官? とすれ違うけど顔つきが衛兵とも冒険者とも違う。本当に軍人なんだ。
すれ違った士官をじろじろと見たフィーナが唐突に言った。
「嘘つきですね」
「ああ、やっと自覚ができたのね」
「違いますう! 今通ったエリート面の紋章をのぞき見たんですよ! そうしたら騎士から王妃だか側室だったか……に成り上がった先代騎士団長エミリアさんが現役時代に使っていた紋章に酷似していました。つまりはこれ、国軍じゃなくて王族の軍です」
フィーナが俺にだけ聞こえるように小声で言う。
国軍と王族の軍って何か違うの? だって国軍って指揮系統のトップだって王様だろ? それにしてもすれ違う人物を逐一チェックしてるとはこのエルフ、抜けてるのか用心深いのかよくわからん。
「ピンときてませんね。国軍を動かすには正規の手続きが必要なんですよ。私も詳しくは知りませんが、将軍を任命したり、将軍が軍を編成したり……想像つきますよね? でも王族の軍は? 王族の紋章こそあれど、そのトップが自由に動かすことのできる私兵なんです」
「急に賢くなるな。びっくりするから。じゃあ何か? 王族がクーデターを起こすために戦力を集めてるとでも?」
フィーナは小指を口の前に立てて俺を黙らせる。マジでクーデターなの? 俺がここで戦果を上げてフィーナの成り上がり願望を満たして……いやダメだろ。
「可能性はゼロじゃありませんけど。でもそんなリスクの高いことしますかね? 有象無象の冒険者を戦力の当てにするなんて。とにかく、警戒するに越したことはないですよ」
ええー。到着早々嫌な話を聞いた。新戦力による補強で強化された「白騎士冒険団」がパパっと高ランク魔物を討伐して褒賞をもらえるんじゃないの?
そうやって考えを巡らせながら歩いているといつの間にか冒険者ギルドの出張所にたどり着いていた。出張所周辺の歩道にいくつもの机が並べられ冒険者たちが昼間から飲んでいる。
出張所の周囲にも飲食店がいくつも開店していた。なるほど。危険な魔物が出没する危険な町という部分を逆手に取って稼いでいるのか。いざという時は冒険者たちが守ってくれるしな。
あれ? 余計なことを考えていたらいつの間にかフィーナとモニカがいない。エミリーは俺の後ろにぴったりとくっ付いている。普段はクソ生意気だけどかわいいね。でも危なっかしい二大巨頭がいなくなったぞ。フィーナは既に見知らぬ冒険者たちとサイコロで賭けに興じている。流石の適応力。
すると腕を掴まれ酒場に連れ込まれそうになるモニカの姿があった。いきなり揉め事は避けたかったけどなあ!
しかし次の瞬間。モニカを掴んでいた腕が宙を舞った。俺じゃない。
赤いマントが特徴的な鎧を着込んだ黒髪の男。その男が身の丈程もある大鎌で暴漢の腕を切断していた。刃に刻まれた「刃命」は「春炳」と刻まれている。「ハルヘイ」?
「何者だ、テメエ……!」
泣き叫ぶ男の仲間が剣を抜き鎧の男に向ける。その切先は震えている。
「僕は聖騎士アリウス。命が惜しければ剣をしまえ。君、腕を取り戻したければ今後淑女に乱暴はしないことだ。わかったか?」
片腕を失った男は必死に頷いている。するとアリウスと名乗った男が切断された腕を拾い上げ、切断面に添えると瞬く間にくっついた。
モニカがこちらに駆け込んでくる。モニカと男たちを隔てるように俺が間に入る。
「はわわ……知らない人に付いていってはいけないと普段子どもたちに言っているのに……」
「酔っぱらったおじさんも触ってくるなら悪・即・打リストに加えていい。俺が許す」
「白い鎧の君。パーティメンバーの面倒くらい自分で見ることだ。この町ならなおさらね」
そう言い残すといつのまにかアリウスは姿を消してしまった。
礼も言えないままモニカの恩人は去ってしまったので、フィーナを回収し国軍が出しているという依頼を受けることにした。何かの異常で至る所に発生した魔物のうち一頭を狩るらしい。
気になるところが二つ。討伐時間を競うということと、ランクや人間の制限がないということ。高ランクの実力者を集めてるんじゃなかったの?
実際に依頼に挑戦してみると何のことはない、B級下位の魔物だった。国軍の依頼の意図がますます読めない。この程度なら駐留している軍で一掃できるんじゃないか?
そして出張所に戻ると俺たちの討伐時間は二位だった。中々のタイムだったと思うが。
ボードの一位に刻まれていたのはパーティ名ではない。先ほどモニカを助けた「アリウス」単独の名前だった。




